「キスをする双子」(詩)
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それじゃあ、いくわね。
押すの?
だめ?
いや、でも舐めるの?と、彼は訊いた。
「舐めるのボタン」
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きのう、学校でね。
と娘の友だちが話し始めた。
算数のテストでフランスパンを使ったの。
つくえにパンを転がして、犬がどうたべるかっていう問題、
たべ切れないと、焼いてきちんとたべさせてあげて。
それがすごおく香ばしくって、わたしおなかがへっちゃった。
教えるってきっと、つまらないしごとね。
「犬のきもち」
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まっ赤なアラームのひびきとともに、
ベッドでは祖父がしんでいた。
くらい病室でどうにか文字を書きこむと、
ナースがやって来るまでのあいだ、
両手でつつみこみその顔の構造をしらべた。
「パニック・ガーデン」
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「ピッチャー、振りかぶって、
投げました。
スローカーブを投げました。もう一球です」
と、何度もぼくを見て彼は言った。
「オレンジ・ジェットの飛ぶ下で」
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その日の仲が良すぎると、
決まってあとで気づまりになった。
きっと長くはこのままじゃない。
悲しみは粉吹く朝四時があおくなるように、
どこともなくふたりの表面に触れた。
「さっきはごめんね」
「気にしないでよ」
と開け放った窓辺で双子は話す。
「たぶんわたしが、口ごたえしたから」
「ぼくがにんじんを捨てたからかも」
空に三日月、雲はきれいなあずき色。
部屋にはベッドにラジオしかなくて、
九時まではそれをかけていていい。
「お母さん泣いたね」
「ごはん出っぱなしだったよね」
「あしたはパンかな」
「ほうれん草じゃないといいけど」
夜は思いおもいの風に溶けこみ、
舌をなびかせてクロールですすむ。
「わたしのせいで怒られてごめんね」
と飽きないで話す。
「ぼくこそすぐに泣いちゃってごめん」
「わたしの方が、頭よくてごめんね」
「ぼくの方が足速くてごめん」
「いつかはふたりでお風呂もだめだね」
「そのうちにふたりでちゅうしてもだめだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「めんどうくさいね」
としずかにそれが交わされる。
「キスをする双子」
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ある朝、彼はエレベーターに乗った。
なかには六人の乗客がいた。
ボタンには閉まる、とあやしい、があり、
七人でそれを手分けして押した。
「あやしいのボタン」
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この先どうやって行くの?
走って、二十秒で。
右の道?
右の道。
やっぱりやめとく。
どうして?
だって、香り犬と歩いていく方がよさそう。
「道」
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二歳児が、ハンマーで、
窓ガラスとんとん。
表から、裏から。
砕けた先っぽ、危険なところへ、
はちはちにむくれたまなじりを押しつけ、
つっぷりとまあるい血を流す。
その両方の目は父を視ている。
ひとりで、さびしくて、赤くてつめたい。
かまって欲しい、だけじゃないかも。
「さざ波」