紛れもなく、京都はホームタウンだった。
2024/10/15
自宅にて
午前11時、くるりの『ブレーメン』をBGMに、バス停から徒歩で梅小路公園へ向かっていた。BPMは84くらい。聞いている曲はゆっくり進むのに、なぜか不思議といつもより心が弾み、足が早く前に出る気がする。
毎年晩夏に開催される音楽フェス、京都音楽博覧会2024(以下、音博)に参加するのだ。音博は僕の大好きなアーティスト、くるりによって催される野外音楽フェスで、例年様々なアーティストが舞台に立つ。
ここ数年音博が開催される日は天候に恵まれることがなく、完全に「音博=雨」のイメージがついてしまっていたのだが、珍しく今年は青空の下での開催だった。
到着すると、会場にはすでにたくさんのお客さんがいた。
すでにビールを片手に大笑いする人、親に着せられたであろう大きめのTシャツを着た子供たち、暑そうに働くアルバイトの大学生。全てが愛おしい。
「キタぜ、音博!!」
多分もう120は超えてるかな、心臓のBPMが一段と早くなる気がした。
音博の会場である梅小路公園は、京都駅から西に2kmほど行ったところにある。普段から隣接する水族館に行く家族やよさこいの練習をする大学生、ピクニックをする恋人たちなど、たくさんの人で賑わうこの公園も、音博の日となると色の違う賑わいを見せる。
この雰囲気の中に、当事者として自分が居られるのが嬉しい。
チケットと引き換えに手に入れたチクチクするリストバンドの入場証を手首に巻き付け、専用のレジャーシートを持って会場内に入る。
正午になり、くるりの開会宣言とともに音博が始まった。不思議な音楽を奏でる若いアーティストから、ナポリのサックス演奏者、我々の親世代の超有名アーティストまで最高の演奏と歌が会場を飲み込んだ。
夕暮れ、太陽が沈むくらいに最後のステージが始まった。
最後、トリを務めるのは、もちろん主催者のくるりだ。ステージにはくるりの二人に加えて、コーラスの女性、弦楽器を持った人たちが座っている。
何が始まるんだろう。BPMは150を超えているかもしれない。
流石にそれはないか。
演奏が始まった。小刻みなギターの音に特徴的なピアノの音が重なる。
少し長い前奏が、夕焼けの残り物みたいで幻想的な空と混ざる。
「雨降りの朝で、今日も会えないや、何となく…」
『ばらの花』という楽曲だ。
受験勉強を共にしたことで、個人的に思い入れのあったこの曲から始まるセットリストに「マジかよ、最高じゃねえか」と思った。
MCを挟むことなく二曲目に入った。
軽快なドラムとピアノ、そしてヴァイオリンをはじめとする滑らかな弦楽器が重ったとき、目頭が熱くなった。
朝、聞いていた曲、『ブレーメン』だ。
日はすっかり暮れ、空も暗くなっていたので、暗闇の中にステージだけが照らされていた。圧倒的なホーム感だった。視野に入る限りすべての人が総立ちでくるりの音楽を聴いていた。『ばらの花』では興奮していて気づけていなかったのだ。
「くるりが好きです」
直近のnoteで書いた、レッテルを貼られたあの日を思い出した。
自分が本当に好きなアーティストを言うだけで「天邪鬼」だと言われることに慣れようとしていた。「自分は一人だ」と思い、わかってもらうことを諦めていた。
でも、違った。
会場はみんなステージ上のアーティストを見ていて、それぞれの感じ方をしていた。
楽しそうに踊る人、歌詞を口ずさむ人、涙ぐむ人。
自分の住む街京都は、くるりファンには圧倒的なホームだった。よく考えたら当たり前だけど、自分は別に一人ではなかったし、あの日あの場所では好きなアーティストがくるりであることが「普通」だった。
なぜか、涙が堪えられなかった。
音楽を聴いて涙が出てきた経験は人生で初めてのことで、何だか恥ずかしかったので周りに悟られないよう、目を擦るふりをして涙を拭った。
「そのメロディーは、街の明かりを、大粒の雨に変えてゆく」
後ろの人たちには、「こいつは悲しい歌詞を聞いて泣いている、スーパー感受性豊かな大学生だと思われたかな」とも思った。
けれど気にしなかった。
その後も何度か涙がこぼれ落ちそうになったけれど、何とか堪えた。
今になっては、「思いっきり泣いてもよかったかもな」なんて思うけど。
感動冷めやらぬまま、アンコールでの最後の一曲が始まる。
岸田さんがギターを置き、マイクだけを片手に持った。
「oh, beautiful city, beautiful city, 」
「さよならさ、マンダリンの楼上」
くるりといえばこの曲。
『琥珀色の街、上海蟹の朝』で、くるりはステージを後にした。
最後の一曲までセットリストは最高で、夢のような時間はあっという間に過ぎた。終演後、終わってしまった喪失感で寂しくて仕方がなかったが、夢ではなかったのがせめてもの救いだった。
音楽は人生の至る所で自分を救ってくれる。
今回の音博も、大袈裟だが当たり前のように人生を救ってくれた。いや、決して大袈裟ではない。確かに人生を救ってくれた。これだから音楽ってやめられないな、と思う。
人生で最も最高だったと言っても全く過言ではないステージに想いを馳せながら、ほとんど放心状態で帰路についた。
イヤホンを耳に刺し、Spotifyからブレーメンを探して再生する。
あいも変わらず、軽快なドラムとピアノ、そしてヴァイオリンをはじめとする滑らかな弦楽器が重なる。
今思えば、帰り道で聞いたブレーメンのBPMは95くらいだったと思う。
『ブレーメン』/ くるり