戦いごっこから気付いた「勝ち負けって何?」
おはようございます、ゆうです。
今日は息子との戦いごっこから出たセリフから、勝ち負けって何?という記事を投稿したいと思います。
戦いごっこ
息子と戦いごっこをする時は、イケヤで出会った熊のぬいぐるみと息子が戦います。
このぬいぐみの名前は「くまさん」。本当は抱きしめられるためのぬいぐるみは、うちに来たことでボコボコにされる戦い相手になってしまいました。
戦いごっこで息子が「勝った!」と言うので、くまさんが「勝ったと思うのか?私は負けたと思っていない。」「負けたというのは己の心が折れた時だけじゃ」という台詞をはきました。
父としては「この台詞決まった!」と思ってましたが、息子は(ポカ~ン)として、これでもかと連続攻撃を続けてきました。
勝敗について考えてみる
そもそも勝敗は誰がめるのでしょうか。スポーツなどルールが決まっているものであれば、それに準じて勝敗が白黒はっきりします。
では人生において勝ち組、負け組と誰が決めるのでしょうか。ある程度収入がある旦那さんと結婚出来たら勝ち組?タワマンに住めたら勝ち組?
それは自分自身で決めて良いし、そもそも勝敗にこだわりすぎないことも重要になります。
戦いごっこでも勝てなきゃつまらないのでしょうか。勝てても負けていても息子は楽しそうに戦いごっこを楽しんでいます。
勝っている時は、お腹からビームを出したり、チェンソーマンになったり。負けている時は布団という透明マントを羽織り逃げ始めます。
僕らもそうでありたいです。勝っても負けていてもその遊びや行動そのものを楽しむ。
大学生にはまったラウンドワンのメダルゲーム、大学生の時は負けたらがっかりしてラウンドワンを去っていたのを覚えています。
最近桃鉄のメダルゲームが導入されたので久しぶりに足を運んでみました。その時は勝ち負けなんてどうでもよくて、久しぶりのメダルゲームそのものを楽しんでいました。
趣味のバスケも全く同じです。現役の頃は自分がシュートを入れて試合に勝たなければ意味がないと、周りのチームメイトにパスをする機会が全くありませんでした。
今は趣味としてバスケそのものを楽しんでいるため、極端なことを言うとボールを触らなくてもコートを往復しているだけで楽しめることが出来ます。
勝敗に縛られすぎない
恐るべし、くまさんのぬいぐるみから記事を1つ書き上げることが出来ました。(成長しているなー。)
勝敗を楽しむということもスポーツにおいては重要です。しかし勝敗に縛られすぎると、人生において連敗が続くとその行動そのものを楽しめることが出来なくなります。
せっかく興味があって行動をしたものを楽しめなくなるのはもったいないことです。それは興味があって出会った仕事を楽しめなくなるのも一緒です。
人の作った勝敗に左右されないこと。そして勝敗に縛られすぎないこと。この2つを意識していただければと思い記事にしてみました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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