僕が経済をつくる理由
アラームが鳴り響くワンルーム。小鳥のさえずりとは程遠いその声を聞き、意識を取り戻す。11月上旬、太陽はまだ夢の中だ。
時刻は朝5時。日課のジョギングを済ませ近所のマックに向かう。そして、着くと早々にコーヒー1杯を注文する。ちなみに、とりわけコーヒーが好物というわけではなく、飲食店を仕事場として利用する口実というわけだ。
その後、プロジェクトの製作にかかる。これに関しては、文章のみで内容を説明するほど粗野な表現はないと自覚している。もし、興味のある人は下のリンクを参照して頂けると有難い。
で最近は、「何でこれやってるんですか?」
という至極真っ当な質問を受ける機会が増えてきた。大抵の場合、何かを始めるに当たって明確な「きっかけ」がある事が少なくないだろう。しかし、僕の場合ちょっと違っているので、ややこしい。
そこで、一度その理由を整理しておこうと思った。というのが、今キーボードを叩いている理由だ。まぁ実際は、今後同じ話をする手間が少しでも省ければという下心もある。
大きな理由は以下4つ。
1、自分に正直に生きられる世界へ
2、お金と価値への問題意識
3、「クラウドファンディング」と「資本主義」の次
4、アート的欲求
1つずつ説明していくが、細かな経緯・背景・原体験の深い部分まで書くと長くなるので、今回はザックリまとめてみる。
1、自分に正直に生きられる世界へ
僕には、「自分に正直に生きられる世界」に近づけたいというエゴがある。多くの人が自分に正直な意思決定と行動ができる世界は今より楽しい場所になるかもしれないと勝手に思っている。
と言う綺麗事は誰でも吐けるので、僕は自分の作品や仕組みを通して物理的にアプローチしたい。その為には、「自分に正直に生きられる世界」という非常に抽象的な言葉をしっかり定義することが重要だ。
【定義】
・1日に占める手段的時間の割合が限りなく0に近い世界
手段的時間とは、ある目的を達成するために必要な時間である。と言ってもピンとこないと思うので、いくつか例を挙げてみる。ちなみに、この言葉は僕が勝手に使っている言葉なのでネット検索しても時間が無駄になるという事を先に伝えておきたい。
【手段的時間】
・生活費を稼ぐための労働時間
・目的地までの移動時間
・その他0になる程好ましい時間
手段的時間とは、あくまで目的を達成するために必要な時間であり、基本的に少ないほど好ましい時間と言える。自分の1日を例に考えるとイメージしやすいかもしれない。
【目的的時間】
・生きがいとしての労働時間
・趣味に没頭している時間
・その他100に近く程好ましい時間
手段的時間の反対にあるのが目的的時間だ。この時間は基本的に多いほど好ましい時間と言える。何が自分にとっての目的的時間なのかは人によって違っているだろう。
ここまでの話を要約すると以下のように、言ってもいいかもしれない。
手段的時間= have to
目的的時間=want
歴史的な流れとして人類全体における手段的時間は限りなく0に近づき続けると考えている。考えの一部のみだが、記事としてまとめているので、もし興味のある人は下の記事を参照してくれると嬉しい。
ちょっと話は逸れたが、自分に正直に生きられる世界に近づける為にはどうしたらいいか?という感性と視点が僕の中に存在しているという事だ。
でそれを実現する為のアプローチを自然と考えていた(いる)という訳だ。現状、多くの人がやりたい事に多くの時間をさけない大きな原因の一つとして「お金」があると思う。
そこで、資金調達にかかる時間を削減する方法や新たな資金調達の仕組みを考えていたというのが、一つ目の理由だ。
2、お金と価値への問題意識
僕は大学を卒業後すぐに起業したのだが、その選択に至ったのには一つの価値観が関係している。
お金 < 時間
お金を抜きにして、その時の自分は内定先に就職するより、起業したいと思った。誤解をうまないよう先に言っておくが、就職がダメで起業が良いと言いたい訳ではない。就職も起業も選択肢の一つに過ぎないので、チキン南蛮かハンバーグを選ぶのと同様だと思っている。
もう一つ付け加えると、僕は就職か起業かという枠で考えた事がない。あくまで、重視しているのは「時間」であり「自分の意思」だ。だからこの先、ここで働きたいと思ったら就職する事だって普通にあると思う。
実際に起業してからは、自分を見失い、黒白グレーが主な色彩という時期があった。起業してからのことは、ザックリと下にまとめているので、興味のある方は下の記事を参照してほしい。
お金 < 時間
という価値観が根底にあるので、誰かと話す時もその人が「何円稼いでいるのか」という事より「何をしているのか」という事に俄然興味がいく。
そのため、「お金」の方に注目がいき「何をしているのか」という方があまり注目されない状況に出くわすと、もっと「やっている事自体」が評価されるように出来ないだろうかと思った。
またそんな感性を持っていたので、お金という指標にのらない価値の存在にも比較的敏感だったと言える。そのため、自分や社会にとって価値が高いと感じるものとお金の流れが必ずしも比例していないという事も感じていた。
しかし、世の中はおおよそ資本をベースに動いているので、お金がないと活動を続けることはできないし。価値を提供し続けることも難しい。
そこで、価値自体が評価され後発的にお金が流れてくる仕組みと場所をつくりたいと思ったというのが二つ目の理由だ。
3、「クラウドファンディング」と「資本主義」の次
僕は〇〇の次というテーマを決めて、その次の形を考える事を習慣にしている。もちろん、考えただけでは無意味なので、それを作品として物理的なものに残す事を前提として。
大学時代の自分の経験や日常的に感じた事から、クラウドファンディングの次を描きたいと思っていた。一時的ではなく継続的に支援ができる仕組みを可能にする方法はないだろうかと。
その少し後くらいには、資本主義の次を描きたいと考えていた。自分に正直に生きられる世界に近づけるには、最も根底のルールをつくる必要があると感じていたし。あと何より経済をつくるという事自体に対する純粋な好奇心だろう。
そんな二つのテーマに対する次を考えていたというのが三つ目の理由だ。
4、アート的欲求
ここまで書いてきた3つの理由に基づき1つの作品として表現したのが、価値主義市場。これが23歳春くらいの事だ。
ここまで経済をつくるに至った3つの理由を述べてきたが、究極的な理由はこの4つ目のアート的欲求だ。僕は、究極的には自分が描きたい世界を描きたいし、残したい作品を残したい、表現したいものを表現したい。と思っている。
自分に正直に生きられる世界に近づけたいというエゴも描きたい世界の一つであり、そのエゴの中に自分が存在している訳ではなかった。実は、この事に気づくまでには結構時間がかかった。
僕はビジネスパーソンや経営者ではない。あくまで、アーティストであり起業家だ。という事にようやく最近気づいた。これに気づけた事で混沌とした鉛のようなものが無くなり、驚くほどにスッキリした。
という事で、経済をつくりたいという欲求そのものが4つ目の理由だ。
※だ・である調で書いてみたら、なんだか高圧的な文章になってしまいました。読んでいて不快な思いをした方いたら、すいません。
ここまでザックリと僕が経済をつくる理由について書いてみました。もちろん、ここに書いた以外にも、細かな経緯や背景・意図はあるし、自分の考えの全てを書いたという訳ではないので、齟齬を生んでいる可能性もあるかもしれません。それでも、理由の部分については一度文章として書いておく必要があると思いました。
今回書いた内容を読んで特に共感して欲しいとは思いません。ただ、異質を前提とした世界において、もし同質な何かを感じて貰えたのであれば、それは非常に稀有なことだと思います。
このプロジェクトは僕一人では到底実現できるものではありません。多くの方々の協力を経て一緒に創り上げていくものだと思っています。現在、価値主義市場のオープンを目指し、コミュニティへの参加、スポンサー、人、パートナー企業などを募集していますので、興味のある方は気軽にご連絡頂けると幸いです。
長々と読んで頂きありがとうございました!
貴重な寿命を割いて頂きありがとうございます。間違って「サポートをする」を押した方は、その流れでサポートして頂けますと幸いです。新しいプロジェクトの製作活動費にあてさせてもらいます。ちなみに、「スキ」を押すとHipHopのパンチラインがランダムに表示されます。