日記2023年6月②

バス停の傍の植え込みに紫陽花が咲きはじめていて、おばあさんが眺めているうちにバスが行ってしまっていた。

日曜の公園で、近所の教会に通っているらしい学年のバラバラな子供たちが色鬼で遊んでいて、うちの子はそれをじっと観察していた。鬼が色の名前を叫ぶとみんなが色を探して走る様子がおもしろかったみたいで、子供たちが解散したあと私に向かって真似をしはじめて、「あか!」と指示して親を走らせていた。

そのあと子供が熱を出した。おでこが熱かった。月火水と高熱で、咳でえずいて吐くので大変だった。木曜には微熱になり、かかりつけの小児科のじじいがもう大丈夫でしょうと言い、実際に金曜には解熱して元気そうに、そして暇そうにしていたから安心して、土曜日には出かけたのだが、またその日の午後から発熱して出先で嘔吐し、夜中に高熱となった。日曜はまた咳で嘔吐した。月曜日にやっと解熱し、再度小児科でじじいがもう大丈夫と言ったけれど、火曜日はまだへばっていて幼稚園に行けず、結局一週間以上休んだ。水曜日からなんとか登園してくれた。やっと。

親はマジで疲労困憊で限界だったのだが、経験がない人はいまひとつこの大変さがピンとこないことがある。私は精神科医になりたての頃、お子さんのいる女性から「子供が春休みに入って」と言われて「ああいいですね」と呑気な返事をしたことがある。女性は「でも子供がずっと家にいるんで大変なんです」とため息をついた。私は学校が長期休暇に入ると親は憂鬱だいうことを全く知らなかった。慌てて自分の認識の不足を反省して軌道修正したのを覚えている。実際毎日一日中子供が家に胃いるというのは憂鬱どころではない。マジで生活が破壊される。子供は大人よりもはるかに早いサイクルで回っていて、気が散るし、飽きるし、何かが食べたくなり、飲みたくなり、おしっこがしたくなり、うんちをする。三歳児はそれら全てに親の手を借りる。能力的にはできても、親の手を借りたがる。できるはずだと放っておくと飲み物をこぼしたり、おしっこは漏らすし、うんちもパンツにする。特に体調が悪い時にはトイレに行くのがしんどいので親が気をつけていてもそのままおしっこをしてしまう。パンツ、ズボン、シーツなどをこの一週間で何枚洗ったことか。日に何枚もパンツ、ズボン、シーツを替える。そして頻繁に飲み物を飲ませる。薬に泣いて抵抗する三歳児を説得してアイスに混ぜて食べさせる。すると直後に吐く。着替える。なんか飲ませる。その合間にちょっと元気になるので遊びに付き合う。親は仕事の半休を取って交代しながら看病した。医者というのは診断と治療はできても看病はひどく苦手である。現在を忍耐するということができない。この永遠かと思うような間延びした時間と、子供のペースで寸断されていく忙しい時間の混淆の苦痛はなかなか言葉にしにくく、このように後から振り返って大掴みにまとめるしかないけれど、あの退屈な忙しさは一体どうしたら伝わるだろう。病いの経験というのは常に事後的にしか接近し得ないように思う。

子供の風邪でお休みをするかもしれませんと職場の上司にメールをしたら上司が「先生(←私のこと)が主にお子さんを見てるんですもんね」と言った。気遣いの言葉なのは間違いないのだが、返答に困った。確かにうちは妻が常勤で週5勤務、私が院生で非常勤の掛け持ちなので私の方が家にいる時間が長いのだけれど、家事育児は夫婦ともに半々でやっている意識だった。しかしまあここは肯定したほうが得かなと思ったので「まあそうですね」と答えておいたけれど、たとえばこれは私が男性だから言われたのかなと思うと複雑な気持ちになったし、また、世間では場合によっては「私は家庭で家事育児の主体ではありません」と言わないと損をするような状況もあり得るのかと思うと少し悲しくなった。自分なりに自分の働き方が男性の中でマイナーものであることに折り合いをつけていると思っていたけれど、やはりわだかまりはあるものである。とはいえそれを度外視しても欠勤の連絡というのは非常にストレスがかかる。

論文を読んだ。治療抵抗性統合失調症と頭部MRI画像について。最近はマルチモーダルな測定で大規模な縦断研究がなされ、さらに機械学習で画像を解析するという方法が出てきたりしているけれど、ちょっと前までの研究は規模も小さく結果もばらつきがあって結局なんなんだろうなという感じのものが多い。かくいう私のやっている研究もそんな昔ながらの零細的な研究群の仲間入りをするはずで、そう思うと、そういうよくわからない研究たちに多少の愛着も湧いてくる。自分の研究の意義を捻り出すための参照点になってくれると思うとようやくそれらの論文にありがたみを感じるようになる。ほとんどの研究は次の誰かの研究のための研究なのである。

復学と研究の再開のためにようやく大学院の教官に会いにいくことができた。教官は私に、調子は大丈夫なんですか、とか、なんか頭がうまく働かないことがあるって言ってましたよね、とか、不安で動き出せないとかそういうのはあるんですか、とか、結構ズバズバと私の「症状」を訊いてきたので少々戸惑った。先ほども書いた通り、病いの中にあるときに患者はそれを語る言葉を持てないものである。患者は日々今を生きていて、何重にも過去や現在や未来が折り畳まれた立体的な現在を生きている。しかし、医者は患者を直線的な時間軸上の一点へと収束させる。医者は患者を一つの関数上の一点、一つの「情報」にしてしまう。患者はその時立体的な今の微睡から覚めて、冷や水を浴びたような気になる。しかしまあ、病者として生きるとはそういうものだとも思う。というか、そういうことも必要なのだろう。

教官と今後の研究の進め方を確認して、今やる作業を確認し、次回のアポをとって解散したあと、今度は大学院の学務に行った。あの、休学中の者なんですけど、9月から復学しようと思っていて、と言ったら「学期としてキリがいいのは10月ですけど9月の復学であってますか」と確かめられ、確認して、ああ、10月でした、と訂正した。復学用のフォームをもらい、ついでに卒業関連の提出物のスケジュールを確認させてもらった。簡単なことではあるのだが心理的なハードルの高かったことなので、ひとまずこうやってスタートを切ったことは褒めてもいいんじゃないかと思う。

ご褒美にScrivenerを購入した。書き物が捗るといい。実は今うつ病についての文章を書いている。

電車の先頭車両で子供に運転席を見せていたら、運転士さんがドアを開けて子供用の車両紹介カードをくれた。子供は急なことに驚いていたけれど嬉しそうだった。最近は親も電車が好きになってきた。

外出中に子供が抱っこを要求する頻度が上がっている。風邪で体力が落ちて疲れやすいのかもしれないし、なんか寂しいということもありそうで、なんだかよくわからないのだが、とにかくまたこれも親が大変である。三歳ともなると体重が15kgもある。一年半ぶりにベビーカーを引っ張り出した。うちの子は小さい頃から歩きたがる子で、むしろベビーカーが荷物になることが多かったので早々にしまってしまったのだけれど、今回久々に出してみたら結構乗り気で乗った。以前ベビーカーに乗せてたまに行っていた、子連れで入りやすいラーメン屋さんにこれまた一年半ぶりくらいで行った。うちの子供は食が細くて相変わらず全然食べなかったけれど、親は満足した。

色々と書くことはあるのだが、適度なところで放流する必要がある。

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