局所性ジストニアとアレクサンダーテクニークに関する私のざっくりとしたまとめ
みなさま、大変ご無沙汰しております。
アイルランドに来てから2年半以上が経ちまして、3回目の夏です。私のティーチャートレーニングも残りあと半年ほどになりました。ここらで少し私の現状をまとめてみようかと思いまして、久しぶりに投稿します。
【はじめに】
アイルランドにトレーニングに来るにあたり大きく2つの目的があった。
1つは、アレクサンダーテクニークについて知り、人に伝えられるようになること。これはそのまま、アレクサンダーテクニークの教師になることとつながっている。
もう1つは、私、個人の問題であった局所性ジストニアを解決することである。楽器を演奏する際に表れる左手小指の局所性ジストニア、これは私がそもそもアレクサンダーテクニークの世界に足を踏み入れるきっかけとなった問題だ。アレクサンダーテクニークに集中的に取り組むことで解決のための端緒をつかみたいと思っていた。
改めて、2年半と少し経った現在の状況を見てみると、それなりに時間はかかっているが、私の局所性ジストニアはとても良い方向に向かっていると感じている。特に、最近になってようやくうまくいっている手応えをはっきりと感じられるようになった。これはこれまでにはなかった感覚で、「これか!」と明確に感じ取ることができた経験だった。
この文章では現状の整理をしながら、私が経験してきたこれまでの過程を振り返りつつ、最近読んだ本を元に局所性ジストニアとアレクサンダーテクニークについて、私なりにざっくりまとめてみようと思う。
【局所性ジストニアとは何か?】
局所性ジストニアまたはフォーカルジストニア Focal Dystoniaとはそもそもどんなものかを一般的な観点から整理する。
私が参考にしたのは、Ruth S.L. Chiles著『Focal Dystonia Cure: Powerful and Definitive Practices to Completely Heal Yourself』という本である(非常に興味深い本で、今だとキンドル unlimitedにも登録されているのでオススメです)。この本によれば、局所性ジストニアとは以下のような特徴を示す状態である。[1, p. 14]
体の特定の部分の筋肉・筋肉群に支障が出る(局所性)。
目・口・声帯・首・手・足など様々な部位の筋肉に起こりうる。
望んでいない不随意的な筋肉の収縮・過度の伸長・ねじれ・ひねりなどが起こる。
どれだけ集中し懸命に行っても、高度な正確さを必要とする運動や操作ができなくなる。
また同書によれば、音楽家のおよそ1%が何らかの局所性ジストニアを患っており、今日まで、真に有効な対処法・治療法は見つかっていないとされている。[1, p. 15]
【ざっくり私の局所性ジストニアヒストリー】
私が左手の小指に局所性ジストニア的な症状を感じたのは、2015年から2016年頃からだったと記憶している。まず、特定のキーを押した時に左手の小指が滑り落ちる、ということが起こるようになった。それからそのキーを押した時に指が震える、そもそもそのキーに触れられず空振りする、ということが起こり、最終的には上記のどれかがほぼ間違いなく起こるというところまでいった。幸か不幸か、クラリネットの場合、左手の小指を使う音の多くは右手の小指を使うキーでカバーできることが多く、問題のでているキーをうまく避けるようにして演奏を続けることができていた。しかし、当然避けられないケースも出てくる。そのたびに、負けがほぼ決まったギャンブルに近い気分になった。実際、多くの場合に、指がキーから離れ、音を間違えることになった。
そんなステージを何度も繰り返したのち、2018年の秋に初めてアレクサンダーテクニークのレッスンを受けた。2年弱ほどレッスンを受け、様々なメリットを感じたけれど、残念ながら、この局所性ジストニアに関しては決定打になるような解決が得られないままだった。その頃にはアレクサンダーテクニークそのものへの興味もかなり高まっており、アレクサンダーテクニークをより深めたいという気持ちと局所性ジストニアに関するアレクサンダーテクニーク的なセカンドオピニオンを得たいという気持ちでアイルランドに行く決断をした。
【私の取り組み】
アイルランドの学校に来てからのおよそ2年半の間、私がこの局所性ジストニアに関連して行っていたことを簡単にまとめると以下のようになる。
楽器なしの個人セッション
一般的なアレクサンダーテクニークのレッスン(テーブル and/or イス)
週に4回 20-25分 (通常の学校での活動)
学校の先生とのレッスン
楽器ありの個人セッション
3ヶ月に1~2回 (1学期に1-2度のペース)
1対1、もしくは、クラスのメンバーの前
学校の先生とのレッスン
家での個人練習
多くて週2回 (1、2週間全く楽器を触らない期間も度々あった)
練習時間は毎回1時間未満
練習というよりは実験に近い
この間、クラスメンバーの前(10名以下)で簡単に演奏することはあったが、公のステージで演奏する機会はなし。
上記のように、楽器なしでのセッションや取り組みが大半の時間を占めている。これはあくまでも私がそういう選択をした結果である。望めば楽器ありのセッションを毎週1回行うこともできた。その方がこの件は捗ったかもしれない。私の場合は、アレクサンダーテクニークの基本的なところを学ぶという点を優先したかったのもあり、上記のようなペースで楽器ありのセッションを入れ、その合間に各セッションで得た気づきを自分でゆっくりと実験してみるという進め方をした。
【私の経験したプロセス】
これまでの経験を振り返ると、現在の局所性ジストニアの改善までに大きく分けて4つの段階を経過してきたと言えるように思う。ここではそれらを簡単にまとめる。
全く何もわからない期
アレクサンダーテクニークのレッスンを受ける以前及び受け始めてすぐ、楽器ありのセッションを受ける前の頃
とにかく何が起こっているか、何が起こるかがわかっていない状態
どこから手をつけたら良いのかもわからない
〈うまくいかない〉が分かる期
レッスンを受け始め、楽器ありのセッションを行った1、2ヶ月後頃から
楽器を構えた時点で〈うまくいかない〉という感覚があり、実際に局所性ジストニア的な症状が出る
自分の指、体全体で何が起こっているか、どこが緊張しているかがわかるようになってくる
左手小指のところで感覚がプツっと途切れている感じがする
楽器ありのセッションでのアドバイスから楽器の持ち方を変えようと試し始める
練習のほとんどで左手小指を意図的に避けるようにした
「〈うまくいかない〉じゃない」が分かる期
最初の楽器ありセッションから半年後程度から
楽器を構えた時点で〈うまくいかない〉とは違う感覚を得るようになる
局所性ジストニア的な症状が出ず、指がうまく動くパターンがいくつかわかってくる
引き続き、どうしてもうまくいかないパターンもある
運指をゆっくりにすると多くの場合にうまくいくようになる
うまくいくパターンといかないパターンの整理がつくようになる
体の様々な場所で緊張をリリースした状態が感覚的に分かるようになる
立ち方・座り方・呼吸・各指の位置などにも意識が向くようになる
〈うまくいく〉が分かる期 ← 今ココ
最初の楽器ありセッションから2年後程度から(2023年5月頃から)
楽器を構えた時点で〈うまくいく〉という感覚を得るようになる
〈うまくいかない〉という場合ももちろん分かる
「こう構えればいいんだ」という明確な気づきがあった
曲中で左手小指を使う際にはまだためらいの気持ちがあるが、それでも〈うまくいく〉という時には局所性ジストニア的な症状は出ない
局所性ジストニア的な症状が出ている時と出ていない時の左手小指や体全体の緊張や力の入り方などの違いが分かるようになる
現在はこの〈うまくいく〉が分かる感覚での演奏に慣れるための時間と捉えており、これが馴染んできたところで、ステージなど刺激が多い場面でどうなるかを見ていくという次の段階に行けるかなと考えている。
【局所性ジストニアとアレクサンダーテクニーク】
私がここまで参考にしている書籍『Focal Dystonia Cure: Powerful and Definitive Practices to Completely Heal Yourself』の著者Ruth S.L. Chilesは、ブレインスポッティングと呼ばれる手法をベースにした療法を確立し、局所性ジストニアを解消するためのセッションと療法家のトレーニングを広く提供している方のようです(https://focaldystoniacure.com/)。
私はこの「ブレインスポッティング」については全くの素人なのであくまで著作を読んだ印象で語ることになりますが、記憶やトラウマ的な経験にアクセスする心理療法と受け取りました。
ここでは、私がほぼ無知ということもあり、手法には深入りせず、上記著作で述べられている局所性ジストニアのメカニズムとその手法の根底にある考えをまとめ、私が経験してきたアレクサンダーテクニークとの類似点・相違点についてまとめてみようと思います。
発生メカニズムの仮説
『Focal Dystonia Cure: Powerful and Definitive Practices to Completely Heal Yourself』によれば、局所性ジストニアの背景には「神経系がサバイバルモードのままになっている状態」がある[1, p. 22]。
神経系は、周囲から獲得した情報を元に、セーフモードもしくはサバイバルモードのどちらかの状態をとるそうです。このセーフモード・サバイバルモードという言葉がどれだけ学術的な言葉使いなのかは浅学にしてわからない。が、ざっくりとした私の理解によれば、自分が安全な場所にいると感じている時の状態がセーフモード、自分が危機的なヤバい状況にいると感じている状態がサバイバルモードである。局所性ジストニアは、このサバイバルモードが長期にわたってオンになり続けていることに原因があると本書では指摘している[1, p. 23]。
サバイバルモードがオンになっている場合、状況の細やかな差異の判断が難しく、自体を白か黒かで見てしまうようだ。極端に言えば、「生命に関わるか」か「そうでないか」という100%か0%2択で物事を判断してしまいがちになる。そのため、少しでも不快であったり、都合が悪いとそれだけで「命に関わる」状況にあると脳が判断してしまう。その結果、恐怖反射 fight-or-flight reactionやフリーズ freezeといった反射的な動作が起こりやすくなり、自らの体の状態や緊張はもちろんのこと、自らの精神状態や感情や情緒が分からなくなってしまう。さらには、そのような状態が「通常」だと見做すようになる。
この状態が常態化することによる局所性ジストニアの発生には次の3つの要因が重なっていると本書は指摘する [1, p. 31]。それは、
自らの内的な感覚からの断絶
大きな筋肉群の働きの優先化による繊細な動きを司る筋肉群の働きの抑制
サバイバルモードでの本能的な反射行動の活性化
である。
これにより、自分の意図とは異なる不随意的な運動が起こり、細かな動きの実行ができず、自分が今どんな状態か何を行っているかが分からないようになってしまうのである。
局所性ジストニア的メンタリティ
また、本書では局所性ジストニアで困っている人間が持ちがちな考え方として、以下のものをリストアップしている。それは、
「できるだけ早く物事をやり遂げなくてはいけない」と感じている
「自分はダメだ」「自分はまだまだだ」という気持ち
厳しい自己要求と自己批判や自分に対するいらだち
外からの評価で自らの価値を測ろうとする気持ち
これらのメンタリティが時に自分自身を追い詰め、局所性ジストニアを更に悪化させる悪循環を生み出してしまうこともある。私が思うに、考えるべきは、これらがいずれもメンタリティ ― つまり、あくまでも当人の頭の中で起こっていることだという点である。事実や現実の状況がどうあれ、それとは別に起こっていることだとも言える。そのような思考のクセが元々あるから局所性ジストニアにつながってしまったのか、局所性ジストニアがこのような考え方のクセを付けたのかは分からない。だが、このようなメンタリティから少し距離を取ることで、緩めることができることは、局所性ジストニアを解消するために重要なように思う。
提案されている対処法の分析
私が理解したところによれば、本書で説明されている手法は大雑把に分けると3つの段階に分けることができる。
第1段階は、自らの内的な感覚とのつながりを取り戻すためのステップである。平たく言えば、自分が今どんな状態かや、自分が今何を感じているか、何をしているか、を知るための自分をスキャンする能力を取り戻す、ということだ。
第2段階は、不必要に常態化してしまっているサバイバルモードのオン状態を解消し、このモードをオフにできるようになるためのステップ、である。
第3段階は、このサバイバルモードがオフになっている状態で局所性ジストニアの引き金になっている運動や動作ができるようになるためのステップ、となる。
本書の手法では、第1段階では「感覚の調和性回復エクササイズAttunement Repair Exercise」と呼ばれる方法を用い、第2段階以降では、当人のサバイバルモードをオンにし続ける原因となっているであろうこれまでの辛かった出来事や苦しかった出来事(本書では有害事象 Adverse eventと総称されている)に焦点を当て、その体験や記憶との調和を得るための手段として前述の「ブレインスポッティング」が用いられるようである。この手法は本書の著者であるRuth S.L. Chiles氏が独自に確立したもののようで、これまで数十年にわたり多くの成功を成し遂げているとのことである。詳細は本書や先に示した著者のウェブサイトを確認してほしい。
アレクサンダーテクニークの観点からみると
さて、ここまで私の経験と私が最近読んだ書籍から局所性ジストニア発生の背景や解消のためのステップについて書いてきた。そして、私のこれまでの経験と経過と、「ブレインスポッティング」の方法が前提にしている局所性ジストニアの発生メカニズムと解消のためのステップを参考にするならば、アレクサンダーテクニークのレッスンもまた局所性ジストニアの解消のための助けになる実用的な手法であると言えると思っている。もちろん、心理療法がベースにある「ブレインスポッティング」の手法とは、アプローチの仕方は異なる。アレクサンダーテクニークのレッスンの場合にキーとなるのは「筋肉の緊張 Muscular tension」と「習慣・癖 Habit」である。
これは私が自分の経験の第1段階として書いた「何も分からない期」と重なるのだが、私は当初、自分がどれだけ自分の体の筋肉を緊張させているか、筋肉が緊張しているかが分からなかった。これは、Ruth S.L. Chilesの本では「自らの内的感覚との断絶」と呼ばれていた状態である。アレクサンダーテクニークのレッスンでは自分の「筋肉の緊張」に気が付き、それを自ら解きほぐす(リリースする)ことを学ぶ。それにより、リリースが進むごとに自らの筋肉の緊張により気がつけるようになっていく。少しずつ「自らの内的感覚」を取り戻していくのである。そうして、私が「何も分からない」状態から、「〈うまくいかない〉がわかる」状態へと変われたように、自分をスキャンし、モニターできるようになっていく。
また、「筋肉の緊張」のリリースは、いわゆるサバイバルモードをオフにするのにも役立つ。Ruth S.L. Chilesの方法では、心理にアプローチする方法でそれを達成しようとしているわけだが、アレクサンダーテクニークは「筋肉の緊張」という物理的な現象にまずは着目する。そして同時に、「筋肉の緊張」がなぜ起こっているのかという原因をレッスン内でのコミュニケーションによって一緒に探っていく。
アレクサンダーテクニークの創始者であるF. M. アレクサンダーは《人間は、それが身体的なものであれ、精神的または霊的なものであれ、あらゆる物事を筋肉の緊張に変換してしまう You translate everything, whether physical, mental or spiritual, into muscular tension》と言った[2]。つまり、原因は単に身体的なものに限られず、精神もしくは感情や情緒や過去の出来事にあるかもしれないのである。そして、「筋肉の緊張」が今も残っているということは、その原因となる行為や考え方や出来事に対する反応を今も継続的に「習慣的に」しているということを示唆しているのだ。その「習慣」に気が付き、「筋肉の緊張」を真にリリースすることは、いわゆるサバイバルモードの常態化・習慣化を止めるために有効である。
上記のようなプロセスを経ていきながら、楽器を使ったセッションを行うことで、アレクサンダーテクニークは、楽器を演奏する際に顕著に現れる「習慣」や「筋肉の緊張」に気が付き、それを変えていく手助けにもなる。
このような形でRuth S.L. Chilesの本で挙げられていた3つの段階を、アプローチの仕方やステップは違えど、アレクサンダーテクニークのレッスンでも経ることができ、局所性ジストニアの解消の助けになる、というのが今のところ私の考えであり、実感である。
以上、また何か進展や気づきがあれば、書こうと思います。
なにぶんざっくりとまとめたため、文章中で不明な点・さらに気になる点などがあれば遠慮なく指摘いただけると助かります。状況に応じて、適宜書き足したりします。
それでは。
素敵な1日をお過ごしください。
参考文献
[1] R. S. L. Chiles: "The Focal Dystonia Cure: Powerful and Definitive Practices to Completely Heal Yourself", Attuned Press (2022)
[2] F. M. Alexander: "Articles and Lectures", Mouritz (1995) p. 202
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