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札バン研究所「月光グリーン『雪月花』全曲解析」②

こちら、札バン研究所

札幌を拠点とするバンド、略して札バン。

その音楽を研究する今回は、2003年結成、月光グリーン。

セカンド・アルバム『雪月花』に収録された全9曲の内、4~6曲目を解析する。


#4 いろはにホヘヘイ

これは、ベースからつくられた曲ではないか。

右手残像ベースという異名を持つハナの、超絶スラップ・プレイ。スラップは、右手の親指でベースの弦を叩くのを基本にしたパーカッシブな奏法だが、その時の動きがあまりにも早くて、残像にしか見えない、という意味だろう。

これと対極にある、エリック・クラプトンの「スローハンド」を思い出す。

クラプトンの場合は逆に、右手が殆ど動いていないように見えるのに、聴こえてくるフレーズは物凄く速い、あれは一体どうやって弾いているんだ、というところからついたあだ名だった。

ちなみに種を明かせば、右手は最初の一度だけピッキングして、後は左手の押弦だけで奏でていたのだ。これによって音と音がスムースに繋がり、ウーマントーンと呼ばれた甘い音色も手伝って、滑らかに聴こえるのである。

しかし、ハナは細かいフレーズをすべてバシバシと小気味よく叩いていく。スラップ奏法は、ロックバンドよりも、ファンクバンドのベーシストが多用する弾き方だが、グルーブはしっかりロック。疾走感に溢れるプレイなのは、さすがだ。

ボーカルも、ベースに煽られるような早口言葉。ところどころにハナとチュウの合いの手を挟んで、ラップ的でもあるが、しかしやはりグルーブはロックだ。

内容はポジティブ・メッセージ。

  何も無くとも未来はある ここからいろはを学べ ヘヘイ

しかし、道端に落ちていたお札を見たら、「いろはにホヘトヤ いろはにホヘヘイ」と書いてあったというストーリーは、ジャパニーズ・シュールで素晴らしい。お札(ふだ)ですよ。お札(さつ)ではなく。迷いがあって、神社にでも行ったんでしょうかね。ロックの歌詞でこの言葉が使われたのを、他に見たことがない。

ドラムのチューニングは高めで、カンカンと小気味よくスネアが響く。これが全体に軽みを生んで、ユーモラスな言葉の雰囲気にとても馴染んでいる。

後半では、3ピースバンドのお約束ではあるが、ギターとベースがブレイクを繰り返し、チュウがソロを繰り出すシーンも。定番ながら、白熱のインタープレイだ。

そしてアウトロ。ベースが徐々に高い音に昇って行くところも胸が熱くなる。

ちなみに、月光グリーンが正式にデビューする前、まだ神風グリーンと名乗っていた時代に自主制作されたアルバムにもこの曲は入っているので、厳密には再録となる。大きな違いはボーカルで、唯一メロディアスなパートを、神風時代は裏声で歌っていた。それがこのアルバムでは地声で張り上げている。

裏声のバージョンも独特な色気とニュアンスがあっていいと思うのだが、なぜ地声に変えたのか。

これについてはテツヤ本人に訊いたことがある。すると、「ライブで裏声で歌うと、バックの音圧に負けて、よく聴き取れないんですよ。それで地声に変えました」ということだった。

なるほど、ボーカリストが、バックの音圧に負けずに声を張り上げるのは、ロックバンドあるあるだ。いまはそれでもまだ機材が優秀だからよいが、70年代には、特にアマチュアバンドなど、PAが未熟だったため、殆ど歌が聴こえないなんてことはよくあった。

しかし、スタジオ盤だけでも、裏声を活かす選択肢もあったと思うが、やはりこのアルバムのコンセプトが、「ライブバンド宣言」だからなんだろう。


#5 しゃぼん玉

 ギターがコードをじゃらんと鳴らし、ゆったりしたテンポでスタート。

 4曲ぶっ飛ばしてきたから、ここらでひと休みのバラードか、と思うと、ひと節歌った後、またハイハットの速いカウントで、お馴染みとなった和風ペンタトニックのギターリフになる。そして一瞬、裏拍のみのレゲエっぽいリズムに転じたかと思うと、チュウの小気味よくハネたフィルインを挟んで8ビートのAメロへ。

Aメロのメロディーラインは、かなり音が跳躍している。キーEmで、「ソーレラ・レードシ」とG6コードの構成音。特に「ラ」から「レ」に音程が飛び上がるところは、休符を挟んでいることもあって、効果的だ。

Bメロは一転して下降ライン。それも音階をそのまま下っていくだけのなだらかさ。音数も増えて語り掛けるような歌い口で、Aメロとの対比がしっかり出ている。テンポも倍テンである。

それなのに、楽曲において一番の聴かせ処であるサビのメロディーが、素朴とも思えるほどのシンプルさなのだ。

「ミレミレソーミレ ミレミミソ」ほぼ、ミとレを行ったり来たりするだけである。しかもこの後も、最後の音が「ソ」から「ミ」に下がるだけで、ほぼ同じメロディーの繰り返し。さらにその次は、まんま同じ繰り返しで、最後は最初と同じライン。

少なくとも、3回目の最後の音くらいは、2回目と同じ「ミ」ではなく、他の音でもよかったのでは、と思ってしまう。

しかし、イントロの和風リフで使われているのも、サビと同じ「ミ」と「レ」と「ソ」なのだ。よほどこの3音に執着があったんだろう。

メロディーとしても、魅力に乏しい。ボーカルは激しくシャウトしているし、コブシも回して微妙な音程を使い、単調さを補うように膨らませてはいる。しかし、メロディー自体は、Aメロのキャッチ―さに比較すると差が歴然だ。

 実は本人たちもそう思っていたのではないか、と推測されるのは、冒頭、弾き語り風に歌い始めるメロディーが、Aメロだからだ。この手のアレンジは通常「サビ出し」と呼ばれ、一番おいしいところを最初に持ってきて、リスナーをパッと捕まえる、というのが主旨なのに。

つかみの部分にサビでなくAメロを持ってきたことが、後者の方が魅力があると本人たちも考えていた証拠に思える。

ただ、単調なほどの繰り返しは、この後にも出てくる。「ミレミレミレミー ミレシシラ」またもや「ミ」と「レ」の嵐。これが4回繰り返される。その次も、最初だけフレーズが変わるが、その後はまたこの「ミレミレミレミー ミレシシラ」が3回。

ただ、今度はサビの1オクターブ下で囁くように歌われているので、ニュアンスはかなり違う。加えて、歌詞に仕掛けがあるため、繰り返しが効果を上げているのは指摘しておくべきだろう。

この曲は、しゃぼん玉をいくら吹いても、どうせすべてはじけて消えるだけじゃねぇか、という諦観と、それでもその「小さな結晶はオレに夢を与えてた」「いつかはオレだって つかみ上げてやる星一つ」という希望との間で揺れる心情を歌っている。

そして最後に、

  はじけて涙に変わる頃 オレは上を向いていた

  オレは上を向いていた オレは上を向けていた

 というポジティブな言葉で終わる。この箇所のメロディーが先の述べた単調な繰り返し部分である。

だが、「向いていた」が2回あって、3回目に「向けていた」に変わるのがポイントだ。何となく受動的に「向いていた」ものが、主体的・能動的に「向けていた」になる。この微妙でありながら、実は大きな心の変化は、メロディーが同じなのに、歌詞の一文字だけが異なることで、とても印象的になるのだ。


#6 生まれ変わったら

再び、ギターがコードをじゃら~ん。ただ、歌はなく、短いフレーズを織り交ぜながら、ゆっくりと弾いていくので、ああ、今度こそバラードか、と思うと、ミディアムテンポのバッキング。ポリスの「見つめていたい」風の8ビートから、モータウンサウンドを思わせる軽快な跳ねたビートになり、結局われわれの腰は動かざるを得ない。

楽しい、フォークロック的なナンバー。月光グリーンの重要なカラーのひとつである。ブルースハープも入っているから、やはりもともとアコギの弾き語りから出発したテツヤの、いわば原点的な曲なのだろう。ただ、アコギではなく、エレキを使っているのは、やはりライブを意識してのことか。

歌い方も明るく、歌詞も前向き。とはいえ、あくまで切なさを抱えた中でのポジティブであるところが、テツヤらしい。

事情があって離れ離れになった恋人に、

   生まれ変わってそうさ

   また会える事を望んでいるから

   めぐり合わせてくれるさ


   タイミングはきっと

   また予期せずに訪れるんだろう

   それまで待っているよ

と歌いかける。

コード的には、オーギュメントの響きが、ロックバンドには珍しく、とても新鮮に響く。


To be continued……

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