【短編小説】あの日あの時僕らが見た夢の続きはたまねぎの皮と共に茶になって飲まれた
1,596文字/目安3分
「俺たち、もう終わりだよな」
すべてを諦め受け入れたような顔でこいつは言った。こいつとは付き合いが長い。本当に終わりだと思って言っているのが分かる。
「そうか……」
俺は聞き入れるしかないんだと悟った。
終わりなんて、そんなことを言われたのは初めてだ。
初めてという言葉を意識したら、途端に嬉しくなった。
男は最初になりたがるとはよく言ったもので、目の前でどうしようもなくなっているこいつとは裏腹に、今すぐ飛び上がりたい。
手をガッツと言わんばかりに握っちゃいそう。
「悔しいけどさ。けど、よくやったよな、俺たち」
それも初めて!
緩みそうになる頬を、声をあげそうになる口を、俺は必死になって抑える。
「そんな震えて。泣きたくなるのも分かるよ。俺だってそうしたい。でもさ、ここは一緒に笑おうぜ」
それそれ! もう初めてづくし!
こいつと一緒にいて本当によかった。心からそう思う。やっぱり、最初に言った「終わりだよな」が一番いい。原点にして頂点。
「まぁ、お互い元気出そうぜ」
そいつは俺の肩を強めに二回叩くと、おもむろにポケットからたまねぎを取り出した。
「なにそれ」
「たまねぎ」
「そりゃ見れば分かるけども」
ご丁寧に皮が剥かれ、真っ白になったそいつは、つやつやと艶かしく光を反射させている。
「こいつが何かに見えてこないか?」
そう言って徐々に近づけてくるのをじーっと見る。確かに何かに見えてこないでもない。
目を細めたり開いたり、少し考えて答えた。
「たまねぎだな」
「その通り」
「それをどうするって?」
そいつは伏し目に首をゆっくり横に振ると、剥き出しのたまねぎを天に掲げた。
例えるならばそれは満月。気分が沈んだ時はつい目線が足下にいってしまう。そういう時に、ふと、見上げると、空の何よりも明るいその光に目を奪われる。あぁ、人生捨てたもんじゃないんだと気づくあの瞬間。
月のクレーターはうさぎが餅をつく姿と表されるが、よく見るとたまねぎにもクレーターがあるじゃないか。その形は、そう、じゃがいも。
男はたまねぎを握る手にいっそう力を込める。この様子に思わず涙する。目に沁みる。痛い。痛い痛い痛い。心じゃなく、目が。早く下ろせ。
「もう、おろしてある」
取り出されるペットボトル。その中には丁寧にすりおろされたたまねぎが入っていた。
それを見て、俺たちは本当に終わったんだなと思った。本当に、よくやったよ。
俺は訊ねる。
「皮は、どうしたんだ」
「皮か……」
そいつはもったいぶるように、そして静かに、誰かを諭すように、あの日を思い出すように、そっと頬に触れるように、言った。
「そろそろだ」
いつの間にか用意された鍋。火にかけられている。ほのかに温かみが感じられた。カタカタと音を立てて蓋が動く。思わず見とれてしまいそうだ。
「開けていいよ」
優しい声でそいつは言う。
「いいのか?」
「もちろん」
俺は唾を飲み込んだ。鍋を見る。もう一度唾を飲み込む。鍋を見る。さらに唾を飲み込む。
そして蓋の取っ手に手を伸ばす。あまりの熱さに手を引っ込めそうになるのをぐっとこらえ、開け放つ。湯気が広がる。たまねぎが香る。
「これは……」
鍋の中で夕焼け空が広がっているような。赤く染められた雲がグツグツと音を立てている。その綺麗さは、俺には表現できない。
「たまねぎ茶だ」
「たまねぎ茶……」
「たまねぎの皮を煮出して作った茶だ」
「そうか」
「これを俺たち二人で飲もう」
そうして俺たちは、このできあがった黄昏の茶を丁寧にザルでこし、カップに注ぐ。
「それじゃあ、俺たちの終わりに、新たなスタートに乾杯」
一口すする。熱い。気をつけないと口の中を火傷してしまう。舌は手遅れだった。意外なことに、臭みはない。たまねぎ特有の香りがかすかに口に広がる。
「苦いな」
「苦い」
俺たちはいつまでも、俺たちの終わりを刻み込むように、その苦みを味わった。