【短編小説】二人きり
642文字/目安1分
先輩が一番に出社するから、自分もそうする。
早起きは苦手。睡眠時間を削っているせいで、午後の業務に支障が出ている。なんなら少し寝ている。
特に話したりはしない。自分が「おはようございます」と言って、先輩が「おはよう」って言う。これだけ。
でも、他の人が来るまでの二十分くらい、先輩と二人きり。これがいいんだ。
長い髪を下ろした姿が見られるのはこの時間だけ。プライベートとはまた違う。スイッチが入り切る前ギリギリの絶妙なオフ感がたまらない。ついつい見てしまう。
髪型を変えたとか、ピアスを変えたとか、ネイルを変えたとか。そういうことにも一番に気づける。早起きの特権だ。
入社するまでは遅刻常習犯だったのに、先輩のおかけで寝坊がなくなった。
今日は普段よりもさらに早く会社に到着した。
やっぱり先輩は先に出社している。いつも通りの二人きり。
「おはようございます」
これまたいつも通りのあいさつ。でも先輩から「おはよう」は返ってこない。こちらに気づいていないようだ。
少しすると先輩は腕を上げて大きく伸びをした。その動きに合わせて髪が動く。ジャケットの下からシャツが見える。「んんっ」と、小さく声が聞こえた。
先輩と目が合う。やばい。何を言おう。
見ちゃいけないものを見たような。別に問題ないような。分からない。どうしよう。
何もできずに固まっていると、先輩は「ごめんごめん、おはよう」と言って、にこりと自分に笑いかけた。
あぁ、もう。いつもと違う。
今日は午前から業務に支障が出そうだ。
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