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子ヤギの放牧についての諸々(野球少年観察記5)


やばい。すごい。えぐい。って言われるけど、上手って言われたこと無いんだよね。俺…。
父親におまえは下手くそだと言われた後で、ニヤリとして小学6年生になった少年が言った。そりゃそうだろう。
周りは見えないし。
自分の手が2本しか無い事や足が2本しか無い事を生まれて11年以上たつのにまだイマイチわかってなさそうな彼なのですから。

多分、ちょっと前まで手が何本もあったんじゃ無いかな?ちょっと雰囲気あるようですから。修行中っぽいですし。
そっと後ろに立っていて、ヒョイと荷物持ってくれたりする様子、穏やかで優しい空気の纏い方、天上界から今生にちょっと遊びに来たその手のなにかでは無いかしら?
というのは、冗談ですが。
捜し物の上に何かがあれば、もう見つけられないし、目の前にゴミがあっても気がつかないし、いろんな物を倒して落として歩くのに横の物を縦にすることはできなくて、
あまりのどんくささに、先回りをし全部取り上げて母親である私がやってしまいそうになるんです。
 そして、うんと我慢をして、そんな鈍くさい彼には少なくとも自分のことだけはやってもらえるように、薄目で見守るのです。
正面から見てしまったら、あれもこれも手に持って、手が足りなくて困っている姿を見てしまうのです。
そのお手々にあるものを一度置きなさい。などと言わなければいけないのです。
置いた物を持って行きなさい。と言わなきゃいけないのです。
身に覚えがあるのです。
この子のあれは、私なのです。
折れずに育てば、多分人並み以上の空間認識能力を持つはずなのです。
折れずに育てばだけど。
生き物として、ちょっと心配すぎて、とりあえず運動をさせようと思い、父親が好きな野球を始めることを無言で同意して、3年です。
人よりも少し身体の成長の早かった彼は、そして、とても素直な子なので、毎日毎日地道に素振りをし、数日に一度は走り込み、その他少しのトレーニングを文句は言わずに渋々こなして…打席に立てば、長打を放ち、ピッチャーマウンドに上がれば空気を裂くような球を投げる子になりました。
コントロール悪いけど。

長い足、広い肩、集団から頭一つ大きな、おぼこいかわいい顔。基本、朗らかで。
彼の指導者…ブリティッシュ風味を感じさせる指導者のどぎついユーモアセンスは、素直で幼い子どもたちには難しすぎたりしないかと親はドキドキしてしまうのだけれど、表向き聞き流している様なのです。…あのブリティッシュユーモアを楽しめる様になるには圧倒的な自己の確立とか精神の自立が必要で…(聞き流しているのもまた怒りを誘うようだけれど)、中年になった私ですら少しハードルの高いものなので、つまり、とても知的と言うことで、もごもご。

彼の投球コントロールが悪いのを知っているチームメイトは、打席に立ってストライクゾーンに球が入ってきたとしてもなかなか打つことはできません。だって、コントロール悪いのを知っていて、当たれば痛いのもわかっているから、バットを強く振るどころじゃないのだもの。当たりそうになったら逃げなきゃいけないのですから。防衛本能大事。バッティングセンターで速球を見慣れているとかの相手チームの選手には、だから打たれます。コントロール悪いって知らないから、雑念無くボールに合わせてくるので。
あなたの過去はあなたの今を作っているでしょう?
この3年を振り返ればずいぶん遠くに来たし、それは誰もが認めるところなのです。
2打席連続ホームランを打つ子に、調子よければ完封までした事ある子に…だから「下手」はないのです。
下手な子に下手なんて言えないもの。実際。
って言うか、下手でも良いわけですよ。
少年野球なんだから。一生懸命やればね?
学童の健全育成が目的なんですからね?

仲間の中で、切磋琢磨して育ったのです。一人でできない事を仲間と頑張って一個一個やったのです。その経験がまっすぐ生きる糧になるでしょ?良いじゃ無い?それで。
その一生懸命をまっすぐを子どもたちが上手に表現できずにいるから、指導者のブリティッシュスタンドアップコメディが一席始まるわけだけども。難しいよね。思春期だしね。子どもだしね。

母は、「子ヤギくん上手ですね」ってチームメイトの保護者さんにいつも言われているんですけどね。

奥ゆかしさが欠落している私は「いつも練習してますよ」って言っちゃうんです。
事実だし。

マウント取るつもりではなくて、その一言がチームメイトの背中を押すかな?と思うから。

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