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[説話] 因果応報が幻想であること。皆殺しをするスサノオが教えてくれる真実。

素戔嗚はある女のところに出かけた。女に会うことができずに,帰ることになったが,日が暮れた。素戔嗚は古丹の戸を叩いて,泊めてくれないかと頼んだ。古丹は冷たく断った。その後,素戔嗚は蘇民の戸を叩いて,泊めてくれないかと頼んだ。蘇民は快く受け入れた。

素戔嗚が旅立つ際,蘇民に尋ねた。お前には子どもがいるのかと。蘇民がいると答えると,だったら,茅の輪をその子どもに身につけさせておけという。

その後,素戔嗚はあたりのひとびとを皆殺しにした。もちろん,素戔嗚の頼みをきかなった古丹も殺された。素戔嗚の頼みをきいた蘇民も殺された。助けなくても助けても,殺されてしまった。みんな殺されたが,ひとり茅の輪をつけた蘇民の娘だけが助かったという。

素戔嗚が,お前には子どもがいるのかと蘇民に尋ねたのだから,そのとき,蘇民は娘とは一緒に暮らしていなかったのだろう。おそらく,娘は結婚して別の家で暮らしていた。夫もいただろうし,子どももいたかもしれない。けれども,全員,素戔嗚に殺された。しかし,蘇民の娘だけが助かった。

冷え冷えとしたはなしだ。

因果応報がまったく期待できないはなし。しかし,この話を聞いて,なんともなく心が晴れるのはなぜだろう。

おそらく因果応報などは人間が作り出した錯覚であって,実際にはそんなものは存在しない。よい人間も悪い人間も死ぬときには死ぬ。

善人が集う天国などないだろうし,悪人を罰する地獄もない。悪いことをしたら,悪いことが返ってくることもないし,良いことをしたからといって良いことが返ってくるわけでもない。

わたしたちが期待しているものなど,なんにもない。

そういう考えにふれると,なぜだろう,心が軽くなる。

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