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[読了] 天皇はいわゆる神ではない(菅野覚明「神道の逆襲」講談社現代新書)

  • 菅野 覚明 (著)「神道の逆襲」 (講談社現代新書) [Amazon]

わたしは学校でしっかり勉強しなかったのか,明治以降のひとびとは天皇をいわゆる「ゴッド」だと思っていると思いこんでいました。しかし,実態はどうも全然違うよう。

日本の神は西洋の「ゴッド」とは別物だ

ある日のこと,読売新聞の社説(1916年5月19日)を読んで,びっくり。どういう内容かというと,日本の神は西洋の「ゴッド」とは別物だ。じゃあ,何だと書いているかと言えば,「人」だという。天皇は天照大神の子孫だが,天皇は人だ。人は人から生まれる。だから,天照大神も人だと書いてある。じゃあ,古事記や日本書紀に登場する八百万の神はなんだというと,全部「人」だ。痛快すぎる。じゃあ,どうして天皇をみんな尊敬するのかというと,日本の基礎を作ったひとの子孫だからという。

1916年といえば,第一次世界大戦まっただなか。米騒動も起き,大正デモクラシーもどんどんと深化していき,新しい考え方も生まれている時期です。そういう時期だから,上のような社説が成り立ったのでしょうか。

天皇は「ゴッド」ではない

1937年に文部省が発行した教科書「国体の本義」を読んでみましょう。満州事変が1931年,真珠湾攻撃が1941年ですから,「国体の本義」が出版された1937年といえば,ちょうど日本が軍国主義のただなかにあった時です。

その時代,国家は天皇をどのように捉えていたのか。先ほどは新聞の社説のなかにみられる一つの考えでしたが,こちらは当時の国家の考えが示されたものです。現代の言葉に直したものが次です。

要するに,天皇というのものは,ご先祖様である神々の思うままに日本を統治するために現れた現御神なのです。この現御神という言葉は、(キリスト教のゴッドのような)全知全能の絶対的な神ではありません。ご先祖様である神々が,天皇の姿となって現れ,天皇はご先祖様と一体であり,天皇は永遠に臣民と国土が発展していくエネルギーであり,最も尊く畏敬すべき存在なのです。日本の憲法の最初の条項には(現代の言葉遣いで書くと)「日本は、万世一系の天皇が統治する国である」と書いてあります。そして三番目の条項に「天皇は神聖であり、侵すことはできない」と書いてあります。このように天皇のこの特別な地位は憲法によって明記されています。したがって,天皇は,他の国の王様のように,国の都合で選ばれた存在ではありません。また,国民がその賢さや徳を評価して選んだ存在でもありません。

文部省「国体の本義」

1916年の読売新聞の社説と同様,天皇はいわゆる西洋でいう神ではないと明言しています。天照大神は尊い。天皇は,神々,天照大神の子孫であり,天照大神と天皇は一体であるから,天皇もまた尊いとあります。

日本の神がキリスト教でいう全知全能の「ゴッド」ではないにしても,神の子孫であり,かつ天照大神のいわば化身として存在するとするならば,それはふつうのひととはちがう存在であることはまちがいないことでしょう。それでは日本の「神」とは何なのでしょうか。

日本の「神」とは何か

日本人はあらゆるものを神様と見立てて,畏敬の対象としてきました。磐座なんかもそうですね。大きな岩があると,そこで祭祀なんかをしたといわれています。大きな岩をみると,たしかにすごいぞ!と思います。

自然だけではなく,ひとも祀る対象となりました。応神天皇から始まって,天皇の臣下であった吉備真備や和気清麿,地元に多額の寄付をした桂小五郎も神様になっています。どのひとも常人とは思えない働きをしています。畏敬の対象となるのは頷けます。

本居宣長「古事記伝」

日本の神様はそこここにいる。その感覚はよくわかります。ここで本居宣長の古事記伝での神の定義をみておきましょう。以下は,わたしが現代の言葉にしたものです。

「神とは一体何なのか」と問われたら,大昔の文書にある天地創造の神々であると言えるし,神社のごほんぞんも神と言えます。もっといえば,ひとだけでなく,鳥や獣,草や木,海や山など,いろんなものの中で,並外れた力や特徴をもつもの,畏敬の念を抱かせるものも,わたしたちは「神」と呼んできました。

本居宣長「古事記伝」

天照大神もやはりそんな並外れた力をもった「神」のうちのひとりだったのでしょう。日本の国土で,国づくりという大事業をなしとげた偉大な人物。それはそのとおりでしょう。しかし,歴代の天皇がの天照大神の化身であるというのは,現代の感覚でいうと,あまりに非科学的といわざるをえません。

天皇の人間宣言

以下は「新日本建設に関する詔書」の一部です。天皇自らの言葉です。

朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ

新日本建設に関する詔書

ここに,「天皇を現御神だというのはありもしない観念」だと箇所があります。天皇が天照大神の化身であるというのはありもしない観念だと天皇がはっきりと述べています。

天皇が人間宣言をしたからといって,天皇から権威が失われることはありませんでした。権威が失われるどころか,実際には,より国民に身近で尊敬される存在になり,権威は保たれたままだったのではないでしょうか。人間宣言によって,天皇制は現代社会に適応できたとように見えます。おそらく,人間宣言には天皇制のもつ非科学的な部分を消す効果があったのではないでしょうか。

比喩的な意味ではなく,歴代天皇が天照大神の化身であると述べることは,現代的な感覚では,なかなか受け入れられないでしょう。人間宣言は敗戦により強いられた宣言であったかもしれませんが,実質的には,人間宣言を行うことにより,天皇制にある非科学的な印象をぬぐいさり,天皇制が現代社会に適応し今後も存続できる道を切り拓いたという意義があったのではないかとわたしは思います。

このような判断ができたことも,また並外れた力のあらわれのひとつのようにも思えます。

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