[ 読了 ] 「正しく生きるのは,なぜ正しい?」(柚月裕子「孤狼の血」 角川文庫)
「虎狼の血」シリーズ。小説を読んでみたり,Audible でも聞いてみたが,どれもおもしろい。
柚月裕子「孤狼の血」 (角川文庫)[Amazon]
Audible では朗読者はひとり。初老の男性から,若い女性までひとりで演じる。男性が女性を演じて,ちゃんと聞けるかなと思うけど,これが聞けるから驚く。
柚月 裕子 (著), 吉開 清人 (ナレーション)「[第1弾] 孤狼の血 Audible Logo Audible版 – 完全版」(KADOKAWA)[Amazon]
広島大学を出た日岡は広島県警の捜査二課に配属される。大上の下につくことになる。どうも大上は,はなから日岡に目をかけているよう。ことあるごとに広島大学出身の学士様に何がわかると叱り飛ばしながらも,様々な現場やひとに引き合わせて,日岡に刑事の仕事を仕込もうとしているようだ。
小料理屋を営む晶子。一連のこの作品のことを考えているときに,ふいに,お店のなかで,晶子,大上,日岡の3人が談笑しているシーンが頭のなかで再現された。あれ,このシーン,どっちの映画だっけ。あれ,でも,映画じゃあ,晶子さんは登場してなかったな。すぐ気づく。どうも小説やこの朗読から映像を勝手に頭のなかで作り上げているよう。
そういえば,小説も朗読も絵が浮かぶ。
そのせいか,大上は役所広司じゃないなとか,日岡も松坂桃李じゃないなと正直なところ思う(でも映画は映画でむちゃくちゃおもしろい。特に二作目の映画 level 2 の鈴木亮平が呼び止められて振り抜いた刹那,拳銃で目を撃ち抜かれて崩れ落ちるシーンは何度見てもすごい。映画は別のもの)。
小説や朗読から絵が作られているから,映画とぶつかったり,小説にはないことが映画にあると,小説にはあったっけ,なかったっけと思う。そうすると,小説にあって映画にあるその部分が,夢みたいに思えてくる。目を覚まして,ああ,夢だったんだとしばらく夢現の時間があるけど,そんな感じ。小説にはないものが映画にあっても全然いいし,それはそれで別物としていいけど,じゃあ,はじめから別のものでいいんじゃないか。
小説から作られる世界。それはひとそれぞれちがうから難しいと思うけど,小説と同じタイトルをつけるんだったら,小説の世界で起こって違和感のないものにしてほしいな。歴史物で,徳川慶喜が無血開城するとか言って,前言撤回,江戸を火の海にして,主導権を取り戻すというドラマがあったら,やっぱり,「どういうこと?」って思う。徳川慶喜,そんなことしないよって。
小説はとにかくおもしろい。朗読もすごい。
話は,日岡の成長譚。1人前の刑事に日岡はなっていくわけですが,その姿は私たちの思う正しい警官の姿とはちがうようにも思う。では,正しい警官だったら,何か世の中に益するところがあるのかと問われれば,すぐに思い浮かばない。
では日岡のような警官ばかりだったら,それは警察という組織を考えたら,あまりにも情けない姿ではある。いろんなひとがいろんなところで生きていて,善悪の線を簡単に引けないというのは小説のなかだけではなくて,現実の世界のはなし。
そもそも善悪は一体なんのため。わたしには,弱いひとびとの唯一の抵抗のように思える。だから,それはそれで必要なことではあるけれども,なんの力も現実にはもっていないというのはとてもおもしろい。
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