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〈事実〉と〈意見〉

※一部,記述に誤りがあったので訂正しました。

【1】「事実と意見の区別」を求める設問

▼2021年度から始まる「大学入学共通テスト」の英語の問題では「事実と意見の区別」をつける問題が出題される可能性があります。これは,2018年に2回行われた試行テストで問われたためで,英文の内容について以下のように問う問題でした(2018年11月実施の第2回試行テストより)。

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▼問4は「このレシピについて(意見ではなく)一つの事実は,それが[  ]ということである」,問5は「このレシピについて(事実ではなく)一つの意見は[  ]ということである」となっていて,初めて見る受験生は困惑したのではないかと思います(2018年2月から3月にかけて行われた第1回の試行テストでも問われてはいましたから,その情報を知っていた生徒さんは準備していた可能性がありますが)。

【2】〈事実〉とは何か。〈意見〉とは何か。

▼では,〈事実〉とは,そして〈意見〉とは何でしょうか。一つ,問題を使って考えてみましょう。次のやり取りを読んでみてください。

子ども「今日,山添先生っていう英語の先生の授業を受けてきたよ!」
親「どんな先生だった?」
子ども「とても太ってて,めっちゃイカツい先生だった」

▼さて問題です。「(山添先生は)とても太ってて,めっちゃイカツい先生だった」というのは,〈事実〉でしょうか,〈意見〉でしょうか?ちなみに私の風貌はこんな感じです。

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▼授業でこのような問いを発すると,半分くらいの生徒さんが〈事実〉,半分くらいの生徒さんが〈意見〉だ,と答えます。しかし,結論から言えば「(山添先生は)とても太ってて,めっちゃイカツい先生だった」は〈意見〉であって〈事実〉ではありません

▼そもそも,「太っている」「イカツい」という表現は,主観的な判断を表す形容詞であって,人によって浮かぶイメージが異なります。逆に,ここでいう〈事実〉とは,「誰が見ても同じイメージが浮かぶ,客観的な描写のこと」と言うことができるでしょう。たとえば,「山添先生は身長〇cm,体重●kgで,龍の刺繍が入ったジーンズをはいていた」という描写ならば,〈事実〉と言えるはずです。

▼ちなみに,ごく端的に言うと,主観的な形容詞や副詞には「度合い」を表す表現をつけることができるのが一つの目安だと言えます。簡単に言えば,"very" がつけられる形容詞や副詞は〈意見〉を表している,と言えるでしょう。

ex-1) Mr. Yamazoe is fat.(山添先生は太っている)
⇒ fat には very をつけることができるので,主観的な形容詞。
ex-2) The dog was dead.(その犬は死んでいた)
⇒ dead には very をつけられないので,客観的な(事実の)描写。
ex-3) He runs fast.(彼は速く走る)
⇒ fast には veryをつけることができるので,主観的な副詞。
ex-4) I saw him yesterday.(私は彼に昨日会った。)
⇒ yesterday には very をつけられないので,客観的な(事実の)描写。

▼また,〈意見〉を表す方法としては「助動詞(法助動詞)」を使ったり,「…と思う」という表現を使うこともあります。たとえば,先ほどの例文のex-2やex-4も,以下のようにすると,全体としては〈事実〉ではなく〈意見〉になります。

ex-5) I think the dog was dead.(その犬は死んでいたと私は思う。)
ex-6) I should have seen him yesterday.(私は昨日彼に会うべきだった。)

▼ここで,先ほどの試行テストの問題のうち,問4をもう一度見てみましょう。

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▼それぞれの選択肢が〈事実〉なのか〈意見〉なのかを区別してみましょう。

① 「そのウェブサイトで高いランクにあった」
⇒ highly は主観的な副詞なので〈意見〉です。
② 「ベジタリアンのために作られた」
⇒ 主観的な〈意見〉を表す表現はありません。
③ 「パーティーに持参するのに完璧な」
⇒ perfect は主観的な形容詞なので〈意見〉です。
④ 「とてもおいしい」
⇒ very がついていることからもわかるように,deliciousは主観的な形容詞なので〈意見〉です。

▼ということで,この問題は本文の内容がなくても選択肢だけで②だと解けそうに見えます。ただ,実はこの選択肢には問題があります。本文を見ると材料に "500g minced beef" と書かれています。ということは,②では誤りということになります。

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▼この問題の正解は①なのですが,それは "one of the top 10 oven-baked dishes" というこの冒頭の表現を指していると考えられます。

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▼③や④のような「意見」は本文中に書かれていないため,①が正解となるのですが,「トップ10の1つ」という客観的な表現を「高くランク付けされている」という主観的な表現に言い換えるべきなのかどうかは疑問の余地が残るところではあります。

▼一方,問5についてはどの選択肢にも〈意見〉を表す主観的な表現が含まれています。

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▼①では many times の many が,②では easy が,③では fun が,④では famous が主観的な表現です(fun は名詞で,それ以外は形容詞です)。ということは,本文をもとにして正しい情報を選ばねばならないということになります。では,実際に本文の該当箇所を見てみましょう。

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▼上の情報をもとに判断すると,It's not at all difficult to make(作るのは全く難しくない)と述べられているので,② it is easy to cook が正解となります。

▼ただ,この問題はある難しい判断を含んでいます。それは,①の a parent made this dish many times(ある親がこの料理を何回も作った)という選択肢をどう扱うべきか,ということです。many times(何回も)というのは,上で述べたように主観的な表現ではあります。many times という表現を見て浮かぶ回数は人によって様々でしょう。10回だけで「何回も」という人もいれば,100回で「何回も」という人もいるはずですから。

▼しかし,本文では I have made it so many times for my kids(私は子どもたちのためにそれを何回も作った)と述べられています。もし,本文で I made it five times for my kids(私は子どものためにそれを5回作った)と書いてあれば,five times を many times とすべきかどうかは主観的な〈意見〉の問題になりますが,本文で so many times と書かれている以上,「ある親が何回もそれを作った」という描写は〈事実〉と判断せざるを得ない,ということになります。

▼このように,〈事実〉と〈意見〉の判断は,ただ単純に「これが主観的な表現で,これが客観的な表現だ」と覚えていればどうにかなる,というものでもありません。その都度その都度考えて判断する必要があるのです。

【3】なぜ〈事実〉と〈意見〉を区別するのか

▼では,事実と意見の区別をつけることがなぜ必要なのでしょうか。私は,『大学入学共通テスト スマート対策』(教学社)を監修・執筆しましたが,その時に大学入学共通テストとセンター試験との違いについて次のように述べました。

▼センター試験:ミクロからマクロまでを問う試験
⇒文を構成する最小要素である単語から始まり,単語と単語のつながり(文法・語句整序),文と文のつながり,段落のつながりなどを経て,文章全体の内容を問うまでの試験。
▼共通テスト:インプットからアウトプットを問う試験
⇒一定の知識・技能があることを前提に,情報をアウトプット(話したり,書いたり,発表したりすること)を念頭に置いて,情報を探したり,情報のつながりを考えたり,推測したりすることが求められる試験。

▼共通テストはマーク式ですから「書く,話す,発表する」といった「アウトプット」を明示的に問うことはできません。しかし「読む,聞く」という活動を,その先にある「書く,話す,発表する」といった活動と結びつけようとしているのではないか,と考えられるのです。

▼その一つがこの〈事実〉と〈意見〉の区別をつける問題です。ライティング(自由英作文)でも,小論文でも,そして,大学で書くレポートや論文でも,〈事実〉と〈意見〉の区別をつけることが求められています。

▼以下の文章は,木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書・Kindle版)からの一節です。この本では「第7章 事実と意見」でまるまる1章を割いて事実と意見の区別の重要性について論じています(ちなみに,この本は大学でレポートの書き方を学ぶ基礎文献としてよく紹介されている定番の本です)。

 主張のあるパラグラフ,主張のある文書の結論は〈意見〉である.筆者の気持として,結論である意見を手っ取り早く書きたいのは当然だが,意見だけを書いたのでは読者は納得しない.事実の裏打ちがあってはじめて意見に説得力が生まれる.
 事実の記述は,一般的でなく特定的であるほど,また漠然とした記述でなくはっきりしているほど,抽象的でなく具体的であるほど,情報としての価値が高い.また読者に訴える力が強い.たとえば「実験は超高真空下でおこなった」と書くより「108Paの真空で」と書くほうがいい.

▼人を納得させようとすれば,〈意見〉だけをいくら言ってもダメなのです。〈事実〉をもって語らしめること,これこそが重要なのですね。私も小論文対策講演で次のように話しています。

 小論文で最も大切なことは〈説得力〉である。説得力のある小論文には,説得力のある〈事実〉が使われている。受験生はそうした〈事実=ネタ〉を探さねばならない。知識がなければ発想でカバーすればいいと甘い考えを持っている人がいるが,客観的事実の蓄積,つまり,知識がなければ発想も生まれないのだ。
 だからこそ,小論文で受験する人は,1科目多く受験するつもりで,〈ものを調べる〉プロセスをおろそかにしないでほしい。説得力のある〈事実〉が1つでも書かれていれば,それだけで他の受験生と大きく差がつく答案になるし,その課題に取り組んでいることが採点者に伝わることで〈主体的に学ぶ能力がある〉ことの証明にもなる。

▼先日紹介した神戸大学病院の岩田健太郎医師のブログの記事のタイトルは「事実に誠意を」というものでした。

▼とりわけ,こうした科学的な問題は,複雑でわかりにくい分だけ,憶測で好き勝手な〈意見〉が飛び交います(原発事故の時もそうでしたが)。まず,客観的な事実に目を向けること,その重要性を岩田医師は説いているわけです。

▼共通テストにおける〈事実〉と〈意見〉の区別を問う問題は,私自身は非常に良い問題だと考えています。また,modality(モダリティ,法性,様相性)という区分にかかわることでもあり,英語の学習においても重要な意味を持っています。こうした問題をきっかけにして,〈事実〉と〈意見〉の区別について考える動きが広まることを願います。


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