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科学にこそ必要な文系の力:対話

政府が2050年ゼロエミッション方針を出してから、ガソリン車の新車販売の終了洋上風力発電の設置など、様々な施策が提案されています。こうした施策が果たして期待する効果を上げるのか?私たちの生活にどのような影響を与えるのか?そういったことをきちんと知る義務が、市民の側にもあるのです。なぜなら、施策が成功とみなすか失敗と考えるかは、結局はその施策の効果とともに暮らす私たちだからなのです。今回は、科学者と市民が科学的知見に基づいた対話が必要なわけを、最近読んだ本に基づいて書いてみました。

なぜ科学はストーリーを必要としているのか

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この本の特徴は、科学的知見の枝葉を極限まで取っ払って、その中身を「伝えること」に集中することの意味を説いている点です。科学といえば必ずついてくるのが、不確実性です。科学的知見は、詳細な条件設定があり、一つの発見がすべてを説明することはありませんが、その科学的知見が「何のために」「誰のために」必要なのかに焦点を当てながら文脈に乗せて伝えることを推奨しています。

特に面白いのが、ストーリーの伝え方にはテンプレートがあるということ。
著者によると、私たちが何かを伝えたいとき、無意識のうちに事実を並べる
「そして...そして...そして....だ。」というAnd And And (AAA)モデルという語り方になってしまうが、聞き手に訴えかけるには、「そして...しかし...したがって...だ。」というAnd But Therefore (ABT)モデルで語る必要があるそうです。

さらに、伝えたい内容を一言でまとめるテンプレートも紹介されています。「(   )においては何事も(  )の観点から照らしてみなければ意味をなさない」の(  )を埋めることによって、話の本質を端的に表すことができるようになります。しかし、実際にこれを考えるのは、とても難しく、自分の伝えたいことが本当に咀嚼できていないと、カッコ内を埋めるのは至難の業です。だから、人はAAAモデルに陥りがちなんでしょうね。近頃よく耳にする「ナラティブ(語り)」こそ、科学の伝え方に必要な技術なのです。

以下は、私がこの本を参考に大学の宿題で書いたレポートです。締め切り直前に大慌てで書いたのですが、テンプレートを使うと短時間で書き上げることができました。レポートに苦しむ人たちの参考になれば幸いです。

科学に対話が必要なわけ
  科学の発展は人間社会の発展に大きく貢献してきた。近代科学の父として知られるガリレオ・ガリレイやアイザック・ニュートンは、今日の自然科学へとつながる定理を多く発見してきた。そして、彼らに続く科学者が、今日も様々な新しい発見を続けている。こうした新たな知見は科学をさらにけん引することを目的としているため、公開される内容は専門家に向けたものとなり、一般市民が理解するには難解な内容になることが多い。しかし、科学者はいったい何のためにそれらの発見を続けるのか?そこに人が存在しなければ、科学的知見は百科事典に追加される事実にしかなりえない。一般市民が科学的知見を正しく効果的に活用するためには、科学者の発見を一般市民の視点から読み解き、伝達し、理解するための仕組みが必要なのである。
  自然科学とは異なる知を人類は構築してきた。それは、言葉とそれを使って語る力、そしてそれを理解する力である。古代ギリシャより人は、人知の及ばない不可解や不条理に言葉で挑んだ。これはひとえに、人々がよりよく生きるため、幸せに生きるためである。個人ではなく集団として発展、進歩していくためには、他者とのかかわりが必要となる。人は、他者との結びつきを強化するために信頼や互酬性を構築し、お互いの知識や経験を共有するためにネットワークを広げてきた。こうして出来上がった現代社会では、既存の繋がりはもはや人々の知識や経験を広げない。あらたなネットワークは、知識を生み出す科学者とその知識を享受する政策決定者や一般市民の間で構築されるべきである。そして、その知識を共有するためには、そのための言葉や語る力、そして理解するする力が求められる。
  ソクラテスは「無知の知」を唱えた。これは、自分が知らないことを自覚し、だからこそ知ることの必要性を自覚し、そしてそのために必要な行動や学習を行うことを示唆する。これは、人が様々な事象と対峙したときに必要な考え方の基礎といえる。ソクラテスは市井の人として、各分野の専門家に自分の疑問をぶつけ続けた。結果、ソクラテスはますます知識を深め、専門家と称する人たちは、自分が思っているほどには知らないことを知ることになった。ソクラテスは、市井の人が専門家に問いかけ、専門家が市井の人の問いに答える過程で、新たな気づきや発見が生まれ、相互に理解が深まることになることを証明している。
  このような対話は、科学的知見の共有にこそ必要である。科学は何事も人の視点を通してみなければ意味をなさない。一般市民は科学に何を求めるのか?科学は一般市民の問いにどう答えるのか?解はあるのか?そのためには、一般市民と科学者が同じ文脈で物事を考えることが必要である。しかし多くの場合、その文脈が双方の間に構築されていないため、一つの事象についてのみ議論が進み、全体としての方向性を見失うことになる。これを回避するためには、あらかじめ、どんな文脈でその科学的知識が必要か、について合意を図ることが重要である。
  時として科学者は、科学的知見を正確に伝えることに注意を払いすぎているのかもしれない。科学には不確実性が伴い、これによって混乱をきたすことが予測されるためであろう。例えば、地震予知の研究によって大きな地震が起こることが予測されたとしても、それを伝えるときには、地震に対する備え―例えば建築物の補強や避難場所の確保など―といった、社会経済による対策の必要性を示唆することになる。万が一、地震が発生しなかった場合、こうした行動は経済的損失となる。しかし、混乱を恐れて知りえた情報を隠したとき、救えたはずの人命や抑えられた被害の責任はどこに行くのか?この決断と責任を科学者のみにゆだねることがあってはならない。正確な知識と情報を科学者が政策決定者と共有し、政策決定者が一般市民に分かりやすく伝え、一般市民はそれを理解し対策することで、科学的知見が初めて人のために活かされるのである。
  語りの力は、科学者と政策決定者や一般市民の間をつなぐ技術となる。科学者が出した詳細な知見を、政策決定者が社会経済の文脈に落とし込み、必要に応じて制度や規制を整える。政策決定者は、科学的に基づいて立てた政策を一般市民にその必要性を日常や文化の文脈に当てはめて知らせる。こうした流れの中で、一貫して必要なのが、情報の伝達力である。情報が上流から下流に流れるにしたがって、詳細は落とされ、根幹のみが残る。情報を発信する側は、科学の不確実性が失われることに対して躊躇するかもしれないが、情報の本質を極限まで突き詰めること、そして文脈を共有することで、誤解は回避できるはずである。そして情報の受け手は、科学には不確実性が伴うことを理解する力を持つことが重要である。AだからBという短絡な考え方にならないよう、自らの知識の限界を認識し、新たな知識を吸収する努力を怠ったまま、科学の不確実性を非難することがあってはならない。
  近年の豪雨や地震の災害により、人々の予報に対する関心が高まっている。気候変動が進む中、気象庁は「自らの命は自らが守る」という前提で、自らの判断で避難行動をとるという文脈に合うよう、警戒レベル見直しを行った。メディアもこの改定を報道し、今までのような「注意報」→「警報」といったシンプルなものではなく、5段階の警戒レベルに合わせて避難行動をとるよう、普及啓発を行った。自治体はこの警戒レベルに応じて、避難指示や避難勧告を区域ごとに出すようになった。2019年に南九州地区で発生した記録的大雨の被害を受けた鹿児島県では、こうした避難指示は一定の効果を上げている。
  一般市民の予報に関する知識も高まってきた。2020年7月、気象庁の緊急地震速報が誤って作動し大地震の発生を伝えたが、メディアや国民には、誤報の発生は精度の向上である、地震の避難訓練になった、など、寛容な態度が見られた。これは、情報の発信者と受信者が「被害を最小限にとどめる」という共通の文脈の下で、ともに理解を深めてきた結果といえるだろう。
  科学的知見は、科学が今後も発展するために専門家が積み上げていくものではなく、今の、そして将来の人々の生活が豊かになるために活用されるものでなくてはならない。そのためには、科学的知見を人々に分かりやすく伝えることが必要であり、さらなる科学の発展のためには市民からの問いが重要なのである。
参考文献
コトバンク ガリレイ (2020年1月5日アクセス, https://kotobank.jp/word/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%A4-47546#E3.83.96.E3.83.AA.E3.82.BF.E3.83.8B.E3.82.AB.E5.9B.BD.E9.9A.9B.E5.A4.A7.E7.99.BE.E7.A7.91.E4.BA.8B.E5.85.B8.20.E5.B0.8F.E9.A0.85.E7.9B.AE.E4.BA.8B.E5.85.B8)
デジタル大辞泉 ニュートン(2020年1月5日アクセス,  https://kotobank.jp/word/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%B3-11722)
コトバンク アリストテレス(2020年1月5日アクセス,  https://kotobank.jp/word/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B9-28031)
R. パットナム (2012) 「孤独なボウリング」柏書房.
石井郁夫 (2016) 「はじめての哲学」あすなろ書房. 
気象庁, 防災気象情報と警戒レベルとの対応について (2020年1月5日アクセス,  https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/alertlevel.html)
池田町 (2019) 警戒レベルを用いた避難勧告等の判断・伝達基準 (2020年1月5日アクセス,  https://www.ikedamachi.net/cmsfiles/contents/0000000/706/keikaireberuhinankankoku.pdf)
岩船 昌起, 2019年7月鹿児島豪雨災害の検証(速報), 日本地理学会発表要旨集, 2019, 2019a 巻, 2019年度日本地理学会秋季学術大会, セッションID 202, p. 124- (https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajg/2019a/0/2019a_124/_article/-char/ja/)
〝空振り〟緊急地震速報は精度改善の途上 226回発表、国内で揺れ観測せずは3回目, Yahoo News 2020/7/30 配信 (https://news.yahoo.co.jp/articles/d35df22a1f1970574a8cfd7a087e16c66213fde6)

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