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2020/02/07 舞台「成り果て」観劇

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公演タイトル:「成り果て」
劇場:紀伊國屋ホール
劇団:ラビット番長
作・演出:井保三兎
出演:井保三兎、村川翔一、藤岡沙也香、渡辺あつし、軽辺るか、浦川拓海(ラッパ屋)他
公演期間:2/7〜2/9
個人評価:★★★★★★☆☆☆☆


【レビュー】


「ギンノベースボール」以来1年半ぶりにラビット番長の舞台を紀伊國屋ホールで観劇できて良かった。
井保さんがとても生き生きと演じられていたので、紀伊國屋ホールで舞台が打てる嬉しさみたいなものも同時に感じられて非常に良かった。
終盤の森とコンピューター棋士の対局で贅沢に機材を使って演出できたのもこのホールのおかげかなと思えた。
しかし、対局時の将棋盤を映したモニターだったり将棋用ホワイトボードマグネットが大きい劇場であるが故に見えづらかったりしたことが残念だった。小劇場で行なっていたことを大劇場でやるとそれは不都合生じるんだなと思った。
今回も王道の現代ヒューマンドラマ演劇で非常に誰もが共感できるテーマだったので、多くの人に見て欲しい作品。

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【鑑賞動機】


以前池袋演劇祭参加作品の「ギンノベースボール」という舞台をシアターグリーンで拝見して、高齢化社会や家族の繋がりといった現代日本社会の課題を通してヒューマンドラマを描くまさに王道といった演劇作品に非常に感銘を受けてラビット番長という劇団が好きになった。
今回は、そのラビット番長が初めて紀伊国屋ホールを使って演出の井保三兎さんが好きな将棋を扱った代表作「成り果て」の上演ということで観劇。



【ストーリー・内容】(※ネタバレあり)


関西の棋士である森(井保三兎)は、将棋道場を開いて多くの弟子たちを抱えていた。中には、船井(渡辺あつし)という真面目で優秀な棋士までいた。
そして以前は天野高志(村川翔一)という子供の頃から将棋が強かった棋士も弟子入りしてプロ棋士を目指していたが、夢破れて将棋を引退していた。その兄の敵を取るべくして妹の天野桂子(軽辺るか)が女流棋士を目指して女流棋士たちを次々と倒していく。

一方、兄の高志は悩んだ末に2年間プログラミングの勉強をして、コンピューターゲームの将棋ソフトを開発することになる。高志は周りの後押しもあって森の妻絹代(A:尾山ねこ)の妹である陽子(藤岡沙也香)にプロポーズし、見事結婚することとなる。
将棋ソフトを完成させ陽子のお腹に赤子を授かった高志だったが、自身が癌にかかってしまったことが発覚する。

一方その頃、将棋ソフトの開発者である山元(浦川拓海)が、大手電機メーカーや自動車メーカーの自動運転などで活躍する人工知能の研究開発を行いたいと、人工知能を使ったコンピューター棋士の開発に乗り出す。その際、高志が開発した将棋ソフト同士を戦わせて強化学習を行わせて最強のコンピューター棋士を作り出したのである。
高志の子供は出産したが彼は癌によってこの世を去った。そして彼の開発した将棋ソフトは、絹代を簡単に打ちのめすほど強い存在になっていた。そんな最強コンピューター棋士に挑むために選ばれたのは、山元、船井、そして羽生(岡村輝之)の次に人気棋士である森だった。

山元はコンピューター棋士が序盤に弱いことを突いて勝利し、船井は敗北し、ついに森とコンピューター棋士との対局となった。
森は、「棋士はなくてもいい商売だ。だからプロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある。」と言って中飛車で攻め入るも敗北する。
その裏では桂子が将棋で奨励会の棋士に勝利して将棋五段を獲得するのだった。

棋士として生きていく上での困難という主軸でストーリーを進め、人間対コンピューターという構図から棋士たちが信念としていることがしっかりと汲み取れる舞台で素晴らしかった。やっぱりラビット番長の舞台は、結婚、出産、死別といったヒューマンドラマを上手く取り入れながら話を進めていくスタイルが個人的に好きで、今回も例外なくヒューマンドラマとして楽しめる作品でよかった。

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【世界観・演出】(※ネタバレあり)


ラビット番長は照明音響も多用しながら、舞台装置も芝居ができるステージが複数箇所あるような作り込んだものを見せてくれるが、今回も紀伊國屋ホールで立派な舞台美術を作り上げていた。

まずは舞台装置だが、舞台中央には両サイドに大きく開閉する扉のある大きな箱型の空間があり、扉を開くと森が運営する将棋道場になる。
基本的には将棋道場で芝居は進行していくが、舞台中央の大きな箱の上部には将棋盤が置かれていて、終始桂子の対局がそこで行われている。
つまり、将棋道場のステージとその上段にある対局ステージを同時に観る形となっている。非常にラビット番長らしい複数ステージの使い方だと思った、良かった。
また、終盤の森とコンピューター棋士との対局では、上段で行なっている対局を上手側に置かれたモニターで映し出し、全く同じ駒の配置を舞台中央に置かれた将棋のホワイトボードマグネットで再現する演出方法が斬新で新しく思えた。
新たな演出方法を行うのは良いのだが、下手側に座っていた私にとってはモニターは見えないしホワイトボードもちょっと見えづらかったので、ひと工夫が必要かなとは思えた、きっと一番後ろの席の人は何も見えないと思う。将棋の駒の動きを舞台で見せるのはそもそも不可能なのではないかと思った。

照明は今回カッコ良いシーンが多くあった、やはり紀伊國屋ホールで上演したのでその恩恵を受けられた感じに見えた。
特に印象に残っているのは、終盤の森が中飛車で攻め始めた時のカラフルで動的な照明、あそこまでの演出は紀伊国屋ホールだからこそ出来たのではないかと思った。
また、上段の対局シーンに当てられる白い照明も個人的には好きだった。

音響もなかなか迫力あった。桂子が相手を投了させる一手の「ピシャ」っていう駒を打つ音は照明も相まってとても痺れる演出だった。また、終盤のsuperflyの「Wildflower」は自分も好きな曲なので最高だった。終盤どんどんテンションが上がっていく感じだった。またその後にsuperflyの「Roll Over The Rainbow」も流れてsuperfly好きには堪らないだろうなと思った。
以前観劇した「ギンノベースボール」でも終盤にsuperflyが流れた(たしか「やさしい気持ちで」だった気がする)ので、演出の井保さんか音響担当の三木さんがsuperflyファンなのかなと思った。
あまり有名なアーティストの曲をシーン中にかけることは少ないが、ラビット番長はアリだなと思えてしまう。
ただ、他の劇中曲は唐突に音楽が入るシーンがあったりと少しミスマッチなものもあった気がした。

最後に他の演出面に触れておくと、客入れの間の15分間で浦川さんとラビット番長の江崎さんで将棋の初心者講座をやるのは面白かった。そこでは、駒の動かし方や成り方を中心にレクチャーしてくれた。駒の動かし方を知らないと舞台を楽しめない訳ではないが、一般教養として触れられるのはとても良い企画だと思った。
また劇中の話になるが、個人的には羽生さんを劇中に登場させるのは少し違和感を覚えた。羽生さんは実在するプロ棋士で他の設定があまりリアリティがないので、そこは敢えて羽生さんではなく別の名前で一流のプロ棋士を設定で用意して欲しかったと感じた。

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【キャスト・キャラクター】(※ネタバレあり)


今作品は実に30人ものキャストが起用されていてとても多く感じた。
また2/7〜2/9で計4回上演されるがAキャストの公演とBキャストの公演で分かれており一部の役はWキャストとなっている。Aキャスト、Bキャストを合わせると実に37人の役者が本公演に関わっていることになる、物凄い人数の役者が結集していてびっくりした。
私は2/7のソワレでAの回を拝見したので、Bのレビューは書くことができないが、ここではAで出演している役者に注目して何人か印象に残った人をピックアップする。

まずは作・演出と主人公森を演じた井保三兎さん。以前「ギンノベースボール」を観劇した時はそれほど印象には残っていなかったが、今回は力強く笑わせてくれる威勢の良い演技がとても印象的だった。
どこにでもいそうな弟子たちを可愛がる優しいおじさん、でもちょっとずっこけるネタをたまにかましてくるおじさん、井保さん自身の劇団が初めて紀伊國屋ホールという大きな劇場で上演出来たことが嬉しかったのか、非常に生き生きした陽気な棋士という感じがとても人情味があって良かった。

次に天野高志を演じた村川翔一さん、実力がものをいう将棋という世界に淘汰されたクールで繊細で心優しい兄貴役が非常によくハマっていたと思った。
幼い頃に父親を亡くしていて父親の声を聞いたことがない、だから自分の子供には父親の声を聞かせたかった、しかし自分が癌にかかったことでその夢は叶わなかった。また序盤で棋士としての実力を持ちながらプロ棋士をバカにしていた男に、高志はあっさりと負けてしまう、それによって棋士としてのプライドはくじかれ引退する。とても辛く悲しい役柄を繊細に演じきっていて良かったと思う。

個人的にとても好きで強い個性で演じきっていたのは船井役の渡辺あつしさん。しっかりスーツを身にまとい、メガネをかけた真面目なその雰囲気が、将棋に対しても恋愛に関しても熱くまっすぐ突き進もうとする姿勢がとても好みだった。そしてこれは個人的に若干感じたことだが、ストーリーが進むにつれてどんどん男らしく芯が強くなっていくように感じた。キャラクターとして大好きだった。

そして女性でいくと印象に残った方は、陽子演じる藤岡沙也香さんと桂子演じる軽辺るかさん。
藤岡さんは元宝塚歌劇団花組ということで、非常に声に特徴のある綺麗な女優さんだった。声色がワンオクターブくらい高く聞こえたので印象に残った。必死に道場の棋士たちを世話する姿が非常によく伝わってきた。
軽辺さんは女子高校生役ということで、かなりしっかりしてはきはきした印象を感じた。これは女流棋士になれる、と思えるくらいしっかりしていて礼儀も正しいところが良かった。

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【舞台の深み】(※ネタバレあり)


作・演出の井保三兎さんがよく将棋を指す方なので今回のような作品を作ったのだと思われるが、ここではプロ棋士としての生き方について考えてみる。

森とコンピューター棋士との対局中に、森は本チラシにも書かれた例の決め台詞を発する。

「棋士は無くてもいい商売だ。だからプロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある」

その後森は自身が考案した戦法のにこにこ中飛車を繰り出してくる。勝敗ではコンピューターに敗れたもののネットユーザーからは面白かったと対局を称賛する声が後を絶たなかった。森は文字通りファンにとって面白い将棋を指すことができたのだ。

プロとコンピューターの対決は昨今は至るところで耳にする。
一番代表的な例は、Alphabetが開発したコンピューター囲碁プログラムのAlphaGoが、中国のプロ囲碁棋士を下してプロの名誉九段を獲得したことだろう。
長年プロとして地道に磨き上げてきたキャリアを人工知能によって一瞬で塗り替えられてしまう。実力だけで論じたら非常に悲しい事実かもしれない。今までAlphaGoのような技術ばかり目がいってしまって「すごいすごい」と思い続けてきたが、プロとしての腕を踏みにじられた方の気持ちはこの作品を観るまで考えたことなかった。

しかし、この作品が提示した「プロはファンにとって面白い将棋を指す義務がある」という言葉は非常に響く。プロは勝つことが全てではない、対局というバトルを通してその生き様や将棋に対する向き合い方が見えてこそ面白いということである。それをこの作品は証明しているような気がする。
これは将棋の世界に限ったことではないと思う。これからの時代は、強いこと・実力だけあることなんて機械によって容易に乗り越えられてしまう。でも機械は人々を楽しませることはできない、ドラマを感じさせることはできない。面白いことを生み出していく、ドラマを見せていく、そういった人間にしか出来ない物事に対して、これからは大きな価値があるのではないだろうか。


【印象に残ったシーン】(※ネタバレあり)


やはり終盤の森とコンピューター棋士との対局、音響照明、そして「88888」などの映像も相まって非常に印象に残るワンシーンだった。あそこまで贅沢に機材を使って演出できたのは紀伊國屋ホールで舞台が打てた大きな強みだろう。
個人的にジーンときたシーンは、高志がプロ棋士の存在をなめたような奴にあっさり負けてしまい、棋士を引退してしまうシーン。棋士はやっぱり勝負に勝ちたいという気持ちが強いのでプライドをくじかれたあそこのシーンは辛く感じた。
また、彼が癌で亡くなるシーンも印象的。その少し前の癌患者を演じている姿はとても演技が素晴らしいと思える瞬間だった。
また、陽子にプロポーズするシーンも好きだった。あの、お互いになかなか気持ちを伝え合わないもどかしさがあってのあのシーンだったのでとても感動した。

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