やまなしフューチャーセンターをつくろう〜その8「箱の話」
前回からの続きです。
「箱」から出る
南アルプス市での地域リーダー養成講座に大きな影響を及ぼしたものがあります。それは、大学COC事業が始まる1年ほど前に遡ります。当時、仕事で悩んでいたときに、1冊の本に出会いました。
『自分の小さな「箱」から脱出する方法』。
なぜ、その時この本のことを思い出したのか?
私たちは、自分に不都合なことに直面すると、自分のことは棚に上げて、人を非難することがあります。たとえ、自分の心のどこかで「間違っている」と思っていたとしても、相手を非難することで自分を正当化しようとしている、つまり、自分自身を欺いているのです。
この本では、電車の中でお年寄りに席を譲らなかったり、子どもが夜泣きしているのに寝たふりをしたり、日常のどこにでもありそうな、また心当たりがありそうな例が挙げられています。
実は、この「箱」について思い出したのは、オランダとLEF Future Centerでインタビューをしていたときのことでした。頂いた資料の中で、”Out of Box(箱から出る、殻を破る)”という表現が使われているのを目にし、それはどういう意味かと質問してみました。
”組織の枠を超えて考える、そのために個人を変えるのです。”
自分たちが日頃当たり前だと思っている価値観、組織や社会のしくみを取り払うためには、自分自身が持つ固定観念という「箱」から出ることが重要だということなのです。
社会では当たり前だと思われていることでも、自分の良心に照らし合わせると、何か違うと感じることがあります。それを私たちは、これまでもそうだったから、上司が言っているから、うちの部署の仕事じゃないからなどなど、といって見過ごしたり諦めたりと、思考停止状態に陥っていることがあるのではないでしょうか。
現実の世界から離れ、自由に考える
LEF Future Centerでは、音と映像により、宇宙空間や砂漠、森の中の景色などを瞬時に創り出せる最先端の対話の場を設けていました。それにより人の脳に刺激を与えることで、自由な発想を生み出そうと試みていたのでした。自分がいる現実から自分自身を解放しその心と向き合うことで、問題の本質は何かを考え、主体的に行動を起こすための場を創ろうとしていたのです。
フューチャーセンターとは、日常の延長として問題に向き合うのではなく、あえて現実の世界と切り離すことによって自分の心と向き合い、自由に問題について議論し解決に向けた新たな発想を得ることができる場だったのです。つまり、自分という「箱」から出る装置が、フューチャーセンターであるということができるかもしれません。
写真:LEF Future Centerのワークショップスペース
このことを、南アルプスの地域リーダー養成講座に当てはめてみると、前回お話しした市民も行政の関係は、それぞれの「箱」に入っていると捉えることができるのではないでしょうか。
サービスの提供者である行政を批判する市民も、もしかすると財政状況が厳しくなっていることは薄々感づいているのかもしれません。一方で、行政も、自分の身を守るために、すべてのニーズを満たすことはできないことを説明しますが、それだけでは根本的な問題の解決にはつながらないでしょう。
地域リーダーを養成することは、リーダーという一人のスーパーマンを生み出すことではなく、私たち一人ひとりの中にある固定観念やそれに基づく価値観や他者との関係を見直していくことなのではないかと思いました。
地域の問題を、行政と市民それぞれが異なる箱に入った状態で議論するのではなく、自分たちの暮らしを少しでも豊かなものにしていくためにその解決に向けて自分たちに何ができるのかを一緒に考えていくことから始めてみようと考えました。
そして、この講座の中心テーマが「箱から出る」こととなったのです。
この記事は、山梨県立大学理事(学生・地方創生担当)である佐藤文昭が書きました。(2018年8月26日)