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「鞄」と就活

「選ぶ道がなければ迷うこともない。私は嫌になるほど自由だった。」(安部公房『鞄』)

安部公房の鞄という作品の中でとある不思議な鞄を持った青年が鞄に導かれて主人公の元へ就活の面接を受けにくる。鞄に決められた枠の中で生きる青年の話はとてもシュールであるが青年自体は全くそれに対して疑問を持っていない。

「鞄」はなんかのメタファーだとか色々言われているが、とりあえず自分にとっては初めて意識した「鞄」が就活のときの「なんとなく同級生の中で流れていた就活の雰囲気」であった。

就活初期の自由

東京のそこそこの就職が強い大学に通っていたこともあって周りの就活への意識は高かった。「どこいくの?メガバン?コンサル?それとも商社?えー、メーカーかー」そんな会話が周りであって、いわゆる就職偏差値の高い会社についてみんなで盛り上がっていた。当然のごとく自分もファッションのようにそんな会話に乗っていた。

幸い、当時入っていたゼミは活発にグループでの論文執筆や発表をさせるところであったので、「ゼミでみんなと協力しつつ学業を頑張っていた」という"ガクチカ"も手に入れることができていたし、特に就活に対して焦りなどはなく、むしろ色々な仕事を見ることができるとワクワクしていたのを思い出す。

各々が真っ黒なリクルートスーツを着て将来に心弾ませ自由に色んな説明会に出るためスタバを片手にメトロを縦横無尽に乗り継ぐ。自分にとっての就活初期はそんな大人で自由な活動であって、その高揚した空気感に完全に飲み込まれていた。

「鞄」がなくなった就活中期

話はずれるが細かいことは忘れてしまったが、自分のときの就活は
説明会・インターンシーズン→ESエントリー・選考を兼ねた説明会→面接ラッシュ
のような順番で就活の時期が明確に決まっていたと思う。

そんなプロセスの中で説明会・インターンのシーズンでは、そんな高揚感の中で楽しみながら就活を進めていた自分だったが、ESエントリーが始まる時になって少しづつ自分に対して異変を感じるようになっていった。

どんなに説明会に出て仕事の内容を聞いても全く心に響かないのである。これはおかしいと自己分析の本を買ってやってみても一向にやりたいことがみつからない。

同時にこの頃になるとそれぞれが自分で考えて業界分析をしたりOB訪問をしたり自己分析をする段階に入っていた。そうした時に自分が改めて何をやったらいいのか、何をやりたいのかがわからなくなっていることに気づいたのである。

まさに自分にとっての「鞄」を失った感覚だった。

とりあえず文系だし営業系の職種を探して、とりあえず周りが騒いでいる職種から見てみて、とりあえず大手の説明会に参加して…

自由に自分の行動を決めて過ごしていたのが、実は全部周りの空気に合わせていただけで自分では何も考えていなかっただけであったことに、はたと気づいたのだった。

ハリボテの面接期

そこからハリボテの就活が始まった。
ESを出したのは独立行政法人からIT系、材料メーカー、飲食メーカーに金融系と全く統一感もないただ単にネームバリューだけを追い求めた大企業ばかりであった。1つだけ大手メーカーの子会社を受けたが、最終面接で大手病を発現させ御社が第一志望ではありませんとばっさり言い切ってしまったためお祈りされた。(なんとも傲慢な態度だと反省している)

とりあえずESは書くことができた。自分が何をしたいのかはわからないし、本質的な意味で何をやってる会社なのか全く理解していなかったが、思ってないことをつらつらと書き連ねることでとりあえず通った。あちらで社会貢献がしてみたいと書いたかと思えば、こちらでは物作りに関わりたいと言ってみたり本当に一貫性がなかった。

その後面接に呼ばれ、ハリボテだったESを元に質問が投げかけられ、自分の志望動機の浅さが次々と露呈した。大した業界分析も企業分析もしてない上に、やりたいことも特にないのだから当然である。

「他の同業他社でなくどうして弊社を希望したのですか?」という質問に対して、まさか「どこでも良かったけどネームバリューがあってなんとなくカッコよさそうだから」なんてアホな本音を言うわけにもいかず、表面的なことを述べてはいたが、まあ見透かされる。面接ラッシュが始まり2週間。箸棒な状態で計20社くらいにお祈りをされた。

ここまで書いていてさぞかし決まらなかったんだろうなと思われると思うが、結論から言えば割りと早め(面接解禁から3週間くらい)で今の会社にあっさり内定をもらった。

その会社はやることがはっきりしていて「他の同業他社ではなくてなぜ弊社なのか」と聞いてこなかったし、堅い社風だったのでガクチカを聞かれ、大学の研究内容を語っていたらトントン拍子で進んでしまったため、偶々自分のような、なんか勉強を頑張っていたが主体性のない人間にフィットしてしまったようだった。(そこがなければ就活の沼に延々と嵌って抜け出せなくなってたので満足はできなかったが早々に就活を終えることにした)

とはいえ実際、参加していたゼミの中で内定が出たのが一番遅く、決まった先もそれほどパッとしてないところだったので未だにゼミの同窓会に少し抵抗感があったりもする。
期間こそ短いが自分の主体性のなさが浮き彫りになった自分にとっての立派な挫折経験の1つだ。


また「鞄」を抱えて

社会人になって何年も経つが未だに「何がやりたいか?」という問いに明確に答えることはできていない。多分そんな簡単に出るものでもない気がしている。

やりたいことについては答えは出ないものの、今、そこそこの社会経験を携えて、就活を再度やるとしたら、もう少し会社についてリサーチを行ってから(少なくともどんな部署があって何をやってるのか位は知っておきたい)、営業職ではなく自分の適性にあった専門職に狙いを定めて全力で目指すかなと考えてみたりもした。少なくとも今度は「鞄」から離れて放り出された感覚にはならない気がする。閑話休題。

そんな就活の挫折経験を経て、今は会社に入ってまた新しい「鞄」を持って自由に日々過ごしている。「鞄」がくれる自由は心地よいし楽だから、手放す必要がなければ無理に手放さなくてもいいと思ったりもする。

ただ、ふとしたきっかけでその「鞄」を手放したときのための主体性は必要だと就活の記憶を遡っていて感じた。

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