斎藤由多加さん、豊田啓介さんに訊いた“カタイ建築”を楽しく[後編]~まちづくりに必要なゲームのチカラ~
前編では、AIと日本語で対話する新たなテクノロジーの難しさを中心に、開発者の斎藤由多加氏におうかがいしました。後編では、建築にまったく新しいデジタル手法を用いる豊田啓介氏に、建築業界と設計デザインを変えるテクノロジーの可能性について語ってもらいました。
3人の対話が進むにつれ、「ゲーム」のもつ可能性へと視線が一致。真面目に楽しむ、人を夢中にさせるゲームに、建築の未来を変える可能性を秘めていることがみえてきました。
ファシリテーター:山下PMC 取締役 専務執行役員 木下雅幸
ゲームを遊ぶことは人の相互作用の一形態
木下雅幸(以下・木下) 後半は、豊田さんが建築の手法として注目しているゲームを題材に議論を進めます。私もゲームの特性である、敷居の低さ、様々なモデルケースを考える場、何よりも人を熱中させる魅力は、ビジネスにも活用できる可能性を感じます。斎藤さんは、つくり手の視点でゲームの将来像をどう見ていますか。
斎藤由多加さん(以下・斎藤) 約25年前、僕は自作のゲーム「Tower」が、世界的にヒットしていた「シムシティ」のシリーズとして発売され、ゲームが世界を席巻していく渦中にいました。そして今なお、ゲームの人気は衰えません。なぜなのか。
ゲームは、映画のように2時間で物語が終わることもなければ、本のようにいきなりラストを確認することもできません。プレイヤーが自ら進まなければその場を動けない。考えれば奇妙なインターフェイスなのですが、実はプレイヤーにトリガーを引く仕組みがゲームの側にある。それが作用し、プレイヤーはゲームのなかでやり取りし、会話し、夢中になって時間を過ごす。そうしたインタラクション(相互作用)の一形態だと僕はゲームを理解しました。
時には「中毒」と危険視されるほど、人を夢中にさせるそのノウハウは、もっといろいろな分野に応用できるでしょう。
木下 前回、豊田さんは、建築業界は真面目。いやカタイと言われました。たしかにそう思います。本当は楽しいことをやっているのに。
豊田啓介さん(以下・豊田) 僕がゲームに期待するのは、建築業界とは異なる分野との関係のつくり方が学べる点です。真面目にゲームに取り組むことは、ポジティブに遊ぶことでもあり、実はそれがゲームの究極の姿だと思っています。建築業界の新しい試みを、ゲーム化する。そしてポジティブに遊ぶ仕組みをつくることで、様々なエージェントがその試みに参加しやすくなる。
高層ビル経営シミュレーションゲーム「The TOWER 」
プレイヤーがビルの経営者となって、オフィスやテナント、ホテルなどを設置し、人口を増やしビルを拡大させていくゲーム。1994年にオープンブック版が発売されて以来リリースを続け、現在はiPhone等で遊べるビバリウム版がリリースされている。
フィジカルで見る世界をデジタルでも見る
木下 身近な暮らしの視点では、どのような可能性がありますか?
豊田 自分の存在価値を、身体のある場所や所属している場と100%同一視するのではなく、流動化させることを、僕は「個人の量子化」と呼んでいます。個人が複数の学校、複数の場所、複数のコミュニティに同時多発的に存在し、様々な相互作用を起こす。
コロナ禍によってフィジカルな制限がある一方、デジタルでの可能性をポジティブに考える気運が生まれました。まだ、デジタルにリスクを感じ、ボトルネックな部分もありますが、ゲームやエンタメの世界では、社会実装が早い。
斎藤 僕の周りでもそうしたアイデアを聞く機会が増えました。フィジカルな世界にデジタルのプラットフォームを重ね、ゲームをプレイするように建物の設備を使う。その際、建物ごとにAPIが違っていたら使えないので、建物のシステムや企業の組織のさらに上のレイヤーにそうしたAPIをつくるというイメージです。
木下 そのAPIのアイデアは、豊田さんの取り組んでいる「コモングラウンド」に通じますね。
豊田 個人が量子化し流動化する社会では、フィジカルとデジタルは対立するのではなく、共有基盤をもつ必要があります。その技術を僕は「コモングラウンド」と呼んでいます。
フィジカルとデジタルの共有基盤「コモングラウンド」
「2025年 大阪・関西万博誘致活動のための会場計画案 」写真:PARTY
イェール大学のコンピューター科学教授デイヴィッド・ガランターが提唱す
る「ミラーワールド」を、京都大学の西田豊明教授は「モノ(フィジカル)
と情報(デジタル)が重なる“共有基盤”」と再定義し、「コモングラウン
ド」と呼んだ。豊田氏は、その価値を大阪万博で発揮することの重要性を説
いている。豊田さんは、異業種同士が「コモングラウンド」を実装・実証す
る世界初の実験場「コモングラウンド・リビングラボ」(大阪)にも参加
している。
斎藤 実は僕が開発中のAIとも重なる部分があります。AIの進化と聞くとその先にはロボットが人間と会話しているシーンをイメージするでしょう。しかしロボットなど不要です。機能はクラウドに置かれ、施設や空間にマイクとカメラとスピーカーさえあればいい。たとえば僕が大阪万博の会場に行くと、壁から「あれ、斎藤さん。大阪来たの?」と話しかけられる。東京に戻ったら、まちなかで「斎藤さん、お帰り。大阪、どうだった?」と聞かれる。
木下 フィジカルな世界を覆うデジタルなレイヤーをつくることで、より便利で、楽しいものになる。たしかにおふたりの取り組みは重なる部分が多いですね。
豊田 しかし、そのレイヤーは、まだ存在しません。
斎藤 今はまだ存在しないものだらこそ発明する。それが面白い。
木下 展望はありますか。
豊田 ここでも可能性を感じるのはゲームです。フィジカルに見ている空間をデジタルでも「見える」ための空間記述の汎用仕様は、おそらくゲームエンジンになります。空間記述に必要なデータを一番もっているのは建築業界です。
木下 建築業界は、なかなかつくり手側の発想から抜け出せない体質でした。「コモングラウンド」という全く新しいチャレンジに、情報を提供していく。そこを考えて建築のプロセスを見つめ直す機会になるかもしれませんね。言うはやすく、実は難しいことだとは思いますが。
「豊田さんの取り組みと僕のAI研究は重なる。それは、まだ存在しないレイヤーをつくること」(斎藤さん)
「コモングラウンド」を万博で実証する
木下 豊田さんは2025年開催予定の「大阪・関西万博」の誘致や会場計画にも関わっていますが、万博での「コモングラウンド」実現の可能性や課題はどうお考えですか。
豊田 万博は「コモングラウンド」の実証をする上で千載一遇のチャンスです。ただ現状では課題産業領域ごとのレイヤーをつくり、さらに全体最適化のためのシステムを構築しなければ、どの技術も機能しません。様々な技術を組み合わせることが新しい価値を生みます。そしてその機会を設計するのが「コモングラウンド」であり、その機会が万博である。
木下 それは人の理解、それとも製品開発に必要な技術面でもでしょうか。
豊田 技術的な面もまだぜんぜんできていない状況です。いざ社会実装しようとすると、様々な産業領域があり、それぞれの領域に複数のエージェントが参加します。現状の技術は、個々に個別最適化を進めたものなので、たとえば自動走行のサービスが10社参加すれば、互いを調整できず混雑し、全車が「止まれ」を判断し渋滞が解消されないでしょう。
産業領域ごとのレイヤーをつくり、さらに全体最適化のためのシステムを構築しなければ、どの技術も機能しません。様々な技術を組み合わせることが新しい価値を生みます。そしてその機会を設計するのが「コモングラウンド」であり、その機会が万博である。まずはそのスタートラインを理解し共有してもらうことが現状の課題です。
「様々な技術を組み合わせることが新しい価値を生みます。」(豊田さん)
万博は「コモングラウンド」の実証をする上で千載一遇のチャンス。
既存の領域の外側に新たな仕事が生まれる
木下 私は、豊田さんが実践している「コンピューテーショナルデザイン」にも大きな可能性を感じます。
豊田 「コンピューテーショナルデザイン」は、コンピュータプログラムを活用してデザインや設計、構造、環境性能などをシミュレーションする手法です。「コモングラウンド」は、フィジカルとデジタルの共有基盤として現実を3Dデータ化しますが、「コンピューテーショナルデザイン」は、デジタル上での自由な発想を試すことができます。複雑な意匠の共通項を見つけてパターン化したり、設計の裏側にある遺伝子ともいえる「たが」のひとつを外すだけで、人では発想不可能な新たなデザインを生み出したり、今までにない試行錯誤が可能です。
木下 建築のデータが普遍化され、建築の専門家だけでなく誰もが使えるようになれば、真面目でカタイという建築業界にも楽しく真面目に遊ぶ気風が生まれるのでは。
豊田 そうした時代は必ず来ると思います。よくデジタルやAIに仕事を奪われるという不安を聞きます。たしかに評価の固定した部分ではそうしたこともあるでしょう。しかし「コモングラウンド」が実装された社会では、評価の領域もレイヤーも常に変化します。外側に新たな仕事が広がり、新たな組み合わせも生じます。建築は、もっと楽しくなるでしょう。
木下 皆でやるということが大切ですね。閉じこもった世界で生み出せるものはなくなってきました。山下PMCもおふたりとのプロジェクトをぜひ考えていきたい。
斎藤 先ほど、万博は千載一遇のチャンスという話がありました。前回話した強いフィクションがひっくり返す時代の転換点にもなり得る。普通がない、どことも似ていない、過去へのしがらみもない。振り切ったものを見てみたいね。
木下 それは豊田さんやご自身への期待感ですね。
斎藤 そうです!
コンピューテーショナルデザイン
建築模型を手作りしてデザインや設計するのは、時間と手間、コストが膨大になる。プログラム上では、短時間で数万通りのシミュレーションを行うこともできる。また、設計の背景にある「たが」を外すことで、人では発想しえない新たなデザインを生み出すこともできる。
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斎藤由多加さん(@YootSaito)
ゲームクリエイター。シーマン人工知能研究所所長。1962年、東京都生まれ。リクルートを経て、1994 年、オープンブック株式会社を創業。1994年、高層ビル経営シミュレーションゲームTower」(海外名SimTowr」)を発売し、国内外で高く評価され全米パブリッシャーズ協会賞ほか受賞。1999 年、育成シミュレーションゲーム「シーマン 禁断のペット」を発売。国内外で受賞多数。2015 年、日本語口語の会話エンジンの開発を目指して「シーマン人工知能研究所」を設立。
豊田啓介さん(@toyoda_noiz)
建築家、東京大学生産技術研究所客員教授。1972年千葉県生まれ。1996~ 2000年安藤忠雄建築研究所。2002~2006年SHoP Architects(New York)。2007 年より東京と台北をベースに蔡佳萱・酒井康介と共同でnoizを主宰。建築や都市領域へのデジタル技術の導入と、新しい価値体系の創出に積極的に関わる。2025 年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017~ 2018年)。建築情報学会副会長(2020年~)。大阪コモングラウンド・リビングラボ ディレクター(2020年)。
山下PMC 取締役 専務執行役員 木下雅幸(@kinoshita_massa)
山下設計での設計業務、大手生命保険会社、不動産投資グループでの新規投資・バリューアップ等の投資事業を経て、山下PMCに入社。ビジネスモデル創出型のサービスを展開し、まちづくり、スポーツ、学校、オフィス等、多数の大規模プロジェクトを担当。また、CIO(最高イノベーション責任者)として改革を推進している。著書に 『ムダな努力ゼロで大成長 賢い仕事術』(ダイヤモンド社)がある。
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