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石の華

少年が青いライトを遮って踊った。少年の影が壁をくり抜いて、怪しく大きくなる。 
幻想的で美しい。ここは墓地か葬儀場か、そんな何かに見える気がした。



GWは毎年の母方の祖父母の家でバーベキューをする。
仕事が一件も入らなかったからアルバイトの調整をして帰省をした。
この件に関しては何も書くまい。わたしだけが弾かれた世界での話だ。
兄は看護師、下のいとこは音楽療法士、上のいとこは今年医者になったばかりだ。対してわたしは名目上は個人事業主だが、実際的にはフリーターと変わらない。
飛び交う会話にだんだんと距離を感じる。早々に食べ終えて室内へ戻り、本を読みながら眠った。
今朝も6時ごろまで働いていたんである。眠りに落ちるのは容易かった。

結局わたしは眠っているか本を読んでいるかで、ろくに親戚と会話をしないまま、父と母と実家へ帰った。
親子3人で川の字で眠った。
許された時間の長さと、窓の向こうから聞こえてくるカエルの声に、少し寝にくいと思った。

次の日はのんびりと眠って、昼過ぎから出かけた。
正直どこへ行くのも興味がなくて、文句をつけながら車に乗り込み、うたた寝しているうちに栃木県に着いた。
両親と3人で出かけるのは久々かもしれない。
「大谷石資料館」
資料館、といっても展示物は少し置いてあるだけで、メインは地下採掘場である。

冷たい冷気が漂う。そこは別世界への入口だった。
その無機的な空間に圧倒されて、夢中でスマートフォンのカメラを向け、シャッターを切った。
四角くくり抜かれた岩の穴と目があった。
穴の角に横たわって、この温度と同じになるまで眠ったなら。
危ない。と思った。小さな余白でさえ、飲み込む引力がここにはあるな、と思った。

人工的な洞窟、というとわかりやすいだろうか。父は城のようだと言っていた。わたしは墓地か葬儀場のようだと思った。
巨大な岩の山の中を、人が何年にも渡って切り取って掘り進めた地下空間は、生命を感じない、冷たい眼差しで私たちを迎え入れた。
所々がライティングされていて、それが一層怪しさを増している。いや、怪しいというか、棘のようだと思った。
少年たちの集団のうち、一人が青いライトの前に躍り出た。カメラを向けられた先、青色を少年が遮って、大きな影が壁に映し出される。
適当にポーズを決めただけでちょっとそれっぽい写真が撮れる。
インスピレーションの宝庫だ。
とりあえずわたしは満面の笑みでピースをしてみる。

壁に石の華と看板が下げられている。
見ると、壁の上部に真っ白な花が咲いていた。
冬の間に噴き出した塩分が結晶を作り、夏になれば消えてしまうという。

外に出ると空気が生ぬるくて、すぐに現実に包み込まれた。
なんだか生と死の隙を歩いてきたような気がして、また生きて這い出てしまったと胸の奥が傷んだ。

その日はそのまま買い物をして家へ帰って、映画を二本観た。
存分に映画を観て本を読む。
許された時間はやはり、わたしには長すぎた。
例に倣って川の字で横になる。
眠ってもいいと思うと寝にくい、というか、意志を持って眠るというのが久々だった。
日頃、仕事とアルバイトを掛け持ちしているから、夜遅くか朝方に慌てて家へかえり、シャワーを浴び、30分から2時間眠ればまた仕事へ行かなくてはならない。起きれるかどうかに怯えつつ、横になるだけでもう寝落ちてしまうのである。

明日の朝も、アラームの音を聞かなくていい。
そう思うだけで、何か不安だった。
こんなにも、好きに過ごして、好きに眠っていい。それがかえって不安だった。

次の日ものんびりと目覚め、二度寝をしつつ、昼過ぎに母と二人で出かけた。
昨日二本観た映画の続編をさっそく観にやってきたのだ。
2時間半、シートに座って画面を眺め、終わると感想を言い合ったり、雑談をして、駅まで送ってもらって電車に乗っている。

終わりを告げた休暇と、気力の残っていない握りこぶしの軽さを見つめる。

あ、もうだめかもしんない。

いや、何度目だ、何度目だよ。毎日のようにだめかもって言ってる。
もう少し、もう少しだけ、と祈る。
このもう少しをどれだけ続けたら成せるのかな。何を成せるのかな。
いや、何を成したいのかの方が先な気がする。

もうわからないのなら、東京にいる意味だってきっとない。
涙が溢れる。それもいつものことである。
やめてくれ、こんなことがしたいんじゃない。どこへ行ったらいいか、わからない。帰る場所はあるようでない。わたしが許さない。頑張りたい。頑張れない。くそ。空が綺麗だな。こういう時は決まって空が綺麗なんだ。

車窓の奥に、いつも空を見て、はりつけられたような気になる。
ずっと見ている。空はずっと。じっと。
わたしを見ている。
薄いグレーを纏った水色を、オレンジが遮っていた。
わたしは何度こんな空を見て、何も裏切れないと悟るんだろう。
空の暖かさは、両親がくれた温度に似ている。

もう時期一年になる。正社員を辞めて、飛び出してから。
あの頃、噴き出して、叫んで、結晶みたいなかさぶたを作っていた思いは、どこへいったかしら。まだここにあるんだろうか。
もうすぐやってくる夏に、折れたいと叫んでいる気がした。

やがて田舎の風景が夜の闇の中に消えて、いつの間にか、ビルの灯りが車窓の奥に広がっていた。
電車の揺れに預けてしまおうと、わたしは目を瞑った。

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