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シャバは美しい所 風呂


檻の外が、いつも以上に騒がしくて目が覚めた。   廊下にかかっている時計を覗くと、まだ起床時間前である。五日に一度の風呂の時間は、夜では無く朝起きて直ぐの事だった。寝起きでぼんやりとしていると、私達の部屋番号が呼ばれ、同部屋の仕切り役に
「69、風呂だよ!時間無いすぐだよ!」と急かされた。
確かに風呂の時間は短く、五日に一度だというのに前後の着替え含めて二十分が原則である。


ヨレたタオルと自分の石鹸を持ち、ガス室のような外観のドア前に立つ。一回に中に入れる人数は十五人程度。
担当に服やポケットの中をチェックされた後、購入品のシャンプーを渡された。
(ちなみに此れの質は最悪、百均のペット用かな?と思う程の使用感である…)

ドアを開けると、脱衣所、シャワー、ステンレス浴槽が全て同じ空間にある。濡れたロッカーを気にする暇も無く、皆焦って着替えをしていた。

本来心休まるはずの風呂場でさえも、人が時間を気にして急いでいる様子を見て、数秒の間悲しくなる。
しかし、自分ものんびりして居られず、空いているシャワーを確保し、この時は四日ぶりにお湯を浴びた。
嬉しかった。本当に目に見えるんじゃないかという位ハッキリと、ドーパミンがドバドバ出た。
水分と温度の偉大さを、どんな本を読むより、体感として理解した。
三月の檻の中は相当冷えていた事にも気が付いた。
風呂場にまでは担当が入って来ないという解放感も相まって、留置施設の中では、この風呂場という空間が一番良いエネルギーで溢れていたと思う。
そこに居る間はずっと身体が温かくて濡れている。
風呂場から出て、あの寒くて乾いた部屋に戻りたくないと感じた。


顔見知りの被疑者達は担当への不満をここぞとばかりに言い盛り上がっていたり
留置常連のおばさんが
「あぁ シャバに出てえ」と嘆いていたり
裸体の本音があちこちから聞こえてくるのは面白い。普段感情を口に出せない分、風呂場ではダダ漏れという感じで最高だ。
  
銭湯では絶対お目にかかる事の無い、金髪で、日サロ特有の焼け方をしているガリガリの黒ギャルと同じ湯船の中で微笑みあった事を、個人的には絶対に忘れたくない。此処に来て初の風呂、二十分弱、いい時間だった。




万物の根源は水である と、真相はともかく
私は元々、水が異常に好きだ。飲む事も、水に触れる事も浸かる事も。何故か自分を取り戻す感覚になる。それは誰しもか分からないが。
お湯を浴びる行為や入浴は、相当贅沢な行為だと再確認出来た。”よくよく考えると入浴って贅沢♪”って奴だ。

シャバに居れば、自分が好きな時に好きなだけ風呂に入る事が出来るし、入りたい気分じゃない時は入らなくても良い。ただ風呂は、留置所や刑務所内の予定にも組み込まれている時点で人間が健康に生きる為の必須条件だという事がよく分かる。

日本が好きだと胸張って言える時代では無いが、入浴文化には感謝したい。合掌

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