都市の総合診療医/家庭医の役割ってなに?
お知らせ
都市の総合診療医/家庭医のコンピテンシーリストを明らかにした研究論文が、2023年1月19日にBMC Primary Care誌に掲載されました。
概要
都市化が進む現代において、都市にすむ人たちの健康問題は日本だけでなく世界的なトピックです。都市の医療の担い手の一つである家庭医・総合診療医はどんなことをしているのか、どんな役割を期待されているのかに関する知見は不十分でした。そこで私たち研究チーム(密山、孫、菊川、江頭)は、修正デルファイ法という文献レビューと専門家による意見生成を通した調査方法を通して、「都市の家庭医・総合診療医に必要とされる能力(コンピテンシー)」について18項目のリストを開発しました。2023年1月19日にBMC Primary Careというオンラインジャーナルで掲載されました。
この記事を書いた思い
著者としては、研究結果を広く多くの人に知ってもらいたいと考えています。そのため、ここでは日本語で概要を紹介します。
論文はこちら
下記にて無料で閲覧、ダウンロードしていただけます。
こんな人におすすめ
特に、家庭医・総合診療医には、自身も含めた都市の人々の暮らしと健康に貢献するために、研鑽や学習カリキュラムの設計の道具として使ってもらいたいです。また、このリストが必ずしも正しいわけでなく、ある時ある状況においての暫定解なので、より時代に即したコンピテンシーリストにアップデートするための議論のたたき台になることを望んでいます。(実際に、これはCovid 19流行前の2019年にデータを収集を終えてたという特徴があります。)
一方で、家庭医・総合診療医以外の、医療福祉の専門家にとっては、都市の家庭医・総合診療医がどんなことを得意にしていて、どんな時に利用したり、協働できるのかの参考になると思われます。これは、都市に暮らす人や都市のまちづくりに関心ある人にも同じことが言えるかもしれません。
背景:なぜ都市のプライマリ・ケアが重要なのか
まず、世界的に都市化urbanizationが進行し、都市人口が増加しているという前提があります。
そして、都市に特有の健康問題が注目されてきています。
そのため、都市部の健康問題に取り組む上で、プライマリ・ケアを効果的に実践できる家庭医/総合診療医の育成は、多くの国で重要な課題となります。しかし、どのような家庭医/総合診療医を育成すれば良いのかについての知見は不十分であるという現状がありました。
方法
そこで、修正デルファイ法という、知見が十分でない領域で各領域の専門家の意見を集約してコンセンサスを得るための研究方法を使いました。テーマに関係する629の文献を収集・分析して、適切と判断された34の文献から、研究チームが14項目のコンピテンシーリスト案をつくりました。
続いて、39人の専門家(医師、看護師、教育専門家、患者代表者)に各項目が合意できるかを7段階で評価してもらい、説明文の修正案や新規のコンピテンシー案を出してもらいました。WEBアンケートであるsurveymonkeyを利用しました。この評価を3回繰り返して、最後まで回答した36名の合意を持って、18項目のコンピテンシーを作成しました。
結果(18のコンピテンシー日本語訳)
都市の家庭医・総合診療医の18の能力(コンピテンシー)の内容を日本語で紹介します。コンピテンシー領域は18項目で、コンピテンシーの定義、(コンピテンシーの説明ーここでは省略)を付け加えています。
日本語訳は、今回の英語論文ではなく、(参照:密山, 2020, 都市部の総合診療医・家庭医に必要なコンピテンシーの検討.東京大学学術機関リポジトリ)から引用。
文化的能力:患者の多様な社会経済的状況や文化的背景を理解し、多様な医療ニーズに配慮したケアを提供することができる。
社会的不利にある人々へのケア:健康の社会的決定要因と健康格差について理解し、医療的ケアが十分に提供されていない多種多様な集団に対して多職種と連携して適切なケアを提供できる。
家族志向ケア:家族に対する多様な価値観や関係性に配慮し、必要な関係者と効果的なコミュニケーションを取り、患者本人にとって適切なケアを提供することができる。
診療範囲の調整:患者の多様なニーズと抱える問題に対して、多種多様な周辺医療機関の特徴も踏まえて、提供するケアの範囲を柔軟に調整することができる。
専門医療機関とのケアの調整:多種多様な医療機関の特徴を把握し、患者のニーズと置かれた状況に応じて専門医療機関への適切な紹介、連携を行うことができる。
分断された医療的ケアの統合:ケアの分断の弊害が起きている患者に対して、責任を持って医療的ケアの統合を行うことができる。
多職種とのケアの調整:多種多様な介護福祉サービスや地域社会資源の特徴を把握し、患者のニーズと置かれた状況に応じて多職種と協働しながら適切な紹介、連携を行うことができる。
地域志向ケア-ヘルスプロモーション:地域・コミュニティに特徴的な健康課題を同定し、多種多様な関係者と効果的に協働して取り組むことができる。
地域志向ケア-救急医療:それぞれの地域に特徴的な救急医療の課題に対してプライマリ・ケアの現場レベルで連携し、取り組むことができる。
各論-産業保健:それぞれの診療地域に多い、あるいは特徴的な産業衛生関連の健康問題について適切なケアを提供することができる。
各論-感染症:都市部に頻度の高い感染症を疑うべき患者を同定し、適切な初期対応を行うことができる。
各論-メンタルヘルス:あらゆる世代の患者のメンタルヘルスの問題に対して適切な対応と精神科や関係機関との連携を行うことができる。
各論-認知症:認知症を疑う患者への適切な診断と治療、ケアマネジメントを多職種と連携して行うことができる。
各論-行動変容:生活習慣病の患者に対して行動変容理論を用いた指導を行うことができる。
各論-緩和ケア:がん、あるいは非がん疾患の患者に対して、適切な意思決定支援と緩和ケアを提供できる。
組織運営:それぞれの地域のプライマリ・ケアの役割に基づいた診療所・病院の組織運営に取り組むことができる。
生涯学習:一般的な疾患について、診療機会の頻度に関わらず診療能力を維持するための学習を行うことができる。
教育:学生、研修医教育において、都市部のプライマリ・ケアの特徴や意義を学ぶ機会を提供できる。
考察(結局、何がポイント?)
本研究で得られたコンピテンシーリストは、家庭医/総合診療医 として求められる幅広い能力領域をカバーし、一般的なコンピテンシーと比較して、都市部の特性を反映したコンピテンシーを記述できています。
特に、すでに知られている特徴的な能力である文化的コンピテンシーや都市部の社会的に不利な立場にある人々へのケアに加えて、分断化した様々なケアリソースを調整・統合する能力が都市部では非常に重要であることを新たに明らかにしました。
だれにとって、どんな役に立つの?
・都市ではたらいている家庭医・総合診療医の方とっては、都市型プライマリ・ケアにおける自分の役割を俯瞰し、臨床実践を振り返り、効果的なプライマリ・ケアを提供するための指針を与えてくれるはずです。
・都市と田舎のキャリアチェンジの時期にある家庭医・総合診療医にとっては、役割の共通点と違いを知ることで新しい場所での自身のチューニングに役立てば幸いです。
・都市で家庭医・総合診療医を学びたい研修医や医学生にとっては、都市での学びの特徴を知ることでキャリア選択や研修に役立つと思います。
・都市で暮らす人たちにとっては、都市の家庭医・総合診療医をどんな時に利用したら良いのかを知るヒントになると思います。逆に、このリストにないニーズがあれば、医師らと一緒になって新たなコンピテンシーをつくっていってほしいです。