星くず拾いは丘の上
1・《星くず拾い》が家の中で傘をさした話
コツ、ぱちん。
コツ、コツン、ぱち、ぱちん。
コツン、ぱちん。
何か小さな音がして、コズミキ・コニスは目を覚ましました。薄暗い部屋の中、時計の針は、夜が明けきる少し前を指しています。
コツ、ぱちん。
また音がしました。どうやら窓に何か当たっているようです。うとうとと、再び眠りに落ちそうになったコニスは、ハッと目を開いて、細長い体を起こしました。そして慌てて丸い眼鏡をかけると、勢いよくカーテンを開けました。
真っ暗、と言うには少し明るい、朝焼けの寸前の空から、何かキラキラしたものが、ぽとん、ぽとんと落ちてきます。雨でしょうか? いいえ、違います。コニスは悲鳴のような大声を上げました。
「や、しまった! もう星が降ってる!」
また、コツ、と窓に星の粒が当たって、ぱちん、とはじけました。
コニスが住む町はずれの丘の上には大きな星が降ることはありません。小さくてもろい星の粒が、きらりと輝きながら、あっちの窓、こっちの屋根、と、降ってはぱちん、降ってはぱちん、とはじけて消えてしまうのです。星の粒がはじける時はそれはもう美しく、まるで虹色の火花を散らす線香花火のようでした。
つばが広い山高帽をかぶり、厚手の黒いマントをはおったコニスは、大きなかごを持って外に出ました。
まだ朝になりきらない町には人の影がありません。頭に星が当たると危ないので、町の人たちは家の中に閉じこもっているのです。星が降る中、外にいるのは、コニスのように固い帽子とマントをつけた《星拾い》だけです。
「まずいな、もう星が降る勢いが弱まってる」
コニスは星の粒をよけながら、町を走りました。店が建ち並ぶ大通りを抜け、噴水がある広場を過ぎ、《星の木》のそばを駆けて、ようやく町向こうの原っぱにたどり着いた頃には、もう星はやんでいました。
原っぱには十人ほど先客がいました。みんな、コニスと同じような山高帽とマントをつけています。その内のひとりの男の人がコニスに気付いて、手を上げました。
「やあ、コズミキ・コニス!」
それに続くように、他の人たちもみんな、コニスに向かって手を振ります。コニスも力なく手を振りかえしました。
「やあ……」
「何だ、今日も遅刻か」
「コニスはいつも一足遅いなあ」
「もう、良い星は残ってないぞ」
みんな、ニヤニヤ笑ったり、コニスに寄ってきて肩を叩いたりしました。みんなが持つかごの中には、てのひらくらい大きな星がたくさん、ちかちか、ぴかぴかと光っています。
(ああ、またかあ……)
自分のからっぽのかごを見て、コニスは小さくため息をつきました。他の人たちは「やあ、いい星降りだった」「もう少し降ってくれてもよかったんだがなあ」と言いながら町の方へ歩いていきます。
最初にコニスに話しかけてきた男の人が、ちらり、とコニスを振り返りました。コニスが小さく頭を下げると、男の人は戸惑うように足を止めました。
「どうしたんだい、オドさん」
仲間のひとりのふしぎそうな声がコニスの耳にも届きました。
「い、いや、すまん。今行くよ」
オドさんと呼ばれた男の人は、あわてて仲間たちについて行きました。
コニスはオドさんたちの背中を見ながら、ぐっ、と帽子のつばを下げました。星降りの日はいつもこうなのです。
コニスや、オドさんや、他の人たちは、《星拾い》という仕事をしていました。
月に一度か二度、時にはもっと多く、この原っぱには星が降るのです。すぐに消えてしまう星の粒は町にも降りますが、形が残る星そのものはここにしか降りません。それで、この原っぱは星降りヶ原と呼ばれています。
星は丸かったり、四角かったり、六角柱だったり、とさまざまな形をしています。色もとりどりで、赤、青、紫、黄色に緑。時にはひとつの星なのに、光の具合であらゆる色に見えるものもあります。
星は美しいので、宝石のようにアクセサリーにしたり、きらきら光る星のランプにしたりします。そうそう、食べることもできます。やわらかく煮てスープの具にしたり、カリッと揚げて塩をふるのも美味しいです。桃色の星はしっかり乾かしてから削ると、あまい砂糖にもなります。
なので、星はみんなが欲しがるのです。
《星拾い》の仕事は、星降りヶ原で星を拾って、きれいに加工して、大きな町に売りに行くことです。きれいで大きな星は高く売れるので、今日のような星降りの日は、《星拾い》たちがこぞって星降りヶ原へ来ます。
ですが、コニスはいつも、星降りに乗り遅れてしまうのです。いえ、星降りだけではありません。コニスが皆と足なみを揃えられたことはほとんどありません。どうしてもいつも一歩、遅れてしまうのです。
なので、コニスが星降りヶ原に来る頃には、いつも良い星は他の《星拾い》が拾った後です。残っているのは、形が悪かったり、ひびが入っていたり、光がにぶかったり、さみしい味がしそうな、星くずばかり。なので、コニスは《星拾い》ではなく、みんなから《星くず拾い》と呼ばれていました。
でもコニスは気にしていませんでした。実は、コニスは星くずが大好きだったのです。星にくらべると確かに小さくて、形が悪くて、くすんでいますが、時々、大きな星よりもまぶしく光る星くずがあることを、コニスは知っているのです。それに、これは秘密ですが、星くずには時々とてもふしぎなものが混じっているのです。だからコニスは自分が《星くず拾い》であることに満足していました。
ただ、こうやってひとりで原っぱに立っていると、どうにもひんやりとした風が胸の中を吹き抜けていくような気がします。
「さて、拾うか」
コニスはぽつん、とつぶやくと、星くずを拾いはじめました。その頃には空はすっかり朝焼け色に染まり、星降りヶ原に降った星くずたちが、キラリキラリと輝きました。
星は見た目よりも軽いので、コニスは残った星くずたちをどんどん、かごに入れました。
(ああ、これはきれいだけど小さいなあ。こっちは形が崩れてる。これはヒビが入ってる……)
一個一個確認しながら拾っていると、ふと、指先がヒヤリとしました。見ると、透明に近い水色の星くずが落ちています。楕円の先がとがったようないびつな形の星くずです。
「やけに冷たい星くずだなあ」
コニスはその星くずを拾い上げて、てのひらの上にのせました。冷たいだけでなく、なんだか濡れているような気がします。変な星くずだ、と思いながら、コニスは水色の星くずをかごに放り込んで、星くず拾いを続けました。
「はあ、ふう」
いっぱいになったかごを抱えて、コニスはえっちらおっちらと丘を登ります。いくら軽い星くずとはいえ、かごいっぱいに集めるとやっぱり重いのです。
町はずれの丘はなだらかで、やわらかな草でおおわれています。春には花がたくさん咲いて、とても美しい丘です。そのてっぺんにある小さな家が、コニスの家です。
もう秋も終わるというのに、汗びっしょりになったコニスは、家に入る前に井戸の水をくみました。この井戸は地下水をくみ上げる深い深い井戸で、力いっぱい綱を引くと、頭の上で滑車がきしんだ音をたてました。
桶でくみ上げた井戸の水は、ちょっと触るだけで指先がしびれそうなほど冷たくて、顔を洗うとシャッキリ目が覚めます。コニスは顔を拭いて、水を飲んだ後、大きくて底が浅い桶に水を注ぎました。星くずを水にさらすのです。
水にさらした星くずは、お日さまがよく当たる畑の近くにきちんと並べます。こうやっておくと、お日さまの光を吸い込むのか、星くずたちはますます美しく輝くようになるのです。
「これでよし、と」
星くずを並べ終えたコニスは、満足そうにうなずきました。あとはお日さまが沈む夕暮時に、星くずを家の中に移して、どんな風に加工するのか考えなくてはいけません。
この加工は、《星拾い》たちにだけ伝わる秘密の技です。うまく加工できていない星は、アクセサリーにも、食べ物にもできません。
(あれだけ拾ってきたから、明日一日はずっと作業しないとな。明後日はうまくできたものから売りに行こう)
きっと他の《星拾い》たちもそうするはずだ、と思いながら、コニスは大きくのびをしました。
その日、コニスはちゃんと夕暮時に星くずをしまって、どの星くずをどんな風に加工するかを決めた後、ベッドに横になりました。星降りのおかげで朝が早かったので、寝るのも早くしようと思ったのです。
星くずで作ったランプを消して、コニスは目を閉じました。眠りの世界にすべり落ちていくのは、そう遅くはありませんでした。
真夜中のことです。
すっかり夢の中にいたコニスの頬に、何か冷たいものが落ちました。毛布から飛び出した足にも、手にも、ぽつん、ぴちょん……。
「んう?」
寝返りを打ったコニスの逆の頬にも、ぽつん。寝ぼけながらコニスは頬を触りました。濡れています。なんで、寝ている最中に頬が濡れるのでしょう……?
「ん?」
何かが変だ、とコニスはガバッと起き上がりました。毛布もベッドも、しっとりと濡れています。あわててメガネをかけて、ランプを灯して、コニスは叫びました。
「何だこれは!」
ここは確かに、コニスの家の中のはずです。なのに、床も、テーブルも、食器棚も、なにもかもが濡れています。それどころか、天井からぽつん、ぴちょん、と水の粒が落ちて来るのです。まるで雨が降っているかのように……。
(雨漏りか?)
コニスは天井を見上げました。どこにも穴が開いているようには見えません。それに雨漏りだとしても、こんなに部屋中がびしょ濡れになることはないでしょう。
それに窓の外から雨の音が聞こえません。それどころか、近くの森からフクロウの声が響いています。
まさか、とコニスはカーテンを開けました。夜空には雲一つなく、丸い月がぼっかりと浮かんでいます。雨なんか降っていないのです。
(じゃ、じゃあ、どうして僕の部屋が濡れているんだ?)
コニスの肩に、また水が落ちました。だんだん落ちてくる水の粒の数が増えてきているようです。ぴちょんぴちょん、水が降る音も強くなります。
「わ、わ、わ!」
コニスは大慌てで玄関に走りました。裸足の足とパジャマのすそが濡れるくらい、床には水がたまっています。
ガチャ、とドアを開けて、水が外に流れ出るようにしてから、コニスは黒い傘を手にとりました。家の中で傘をさすなんて変な感じですが、家の中で雨が降っているのですから仕方ありません。
部屋に戻ると、さっきよりも雨が強くなっていました。傘に当たる雨粒の音も、ぴちょんぴちょん、から、しとしと、としっかり雨の降る音です。
コニスは途方に暮れたように天井を見上げました。なんだか灰色にくすんでいるように見えます。
(いや、本当に灰色だぞ)
いつもは白い天井が、くもり空のような色をしているのはどうもおかしい話です。そこで、コニスは傘を閉じて、杖のようにして天井のあたりをかき回すようにしました。
灰色の何かがゆっくりと、動きました。それはまるで風に押し流された雲のような……。
「雨雲だ!」
コニスはもう一度傘を開いて、雨雲の出所を探しました。まさか自然に家の中に雨雲ができるはずがありませんから。
「ん?」
雨の中、コニスの目に薄い、煙のようなものが天井に登っていくのが見えました。それはどうやら、テーブルの上から伸びているようです。
「まさか!」
コニスは傘をさしたままテーブルに走り寄りました。そこには加工を待っている星くずたちを並べてありました。その中に、ありました、ありました。いびつな楕円型をした、水色の星くず。その星くずから、細い細い煙のような雨雲が立ち上っています。
「うわっ!」
コニスは水色の星くずを落としそうになりました。びっくりするほど冷たくなっていたのです。
星くずの中には、まれにふしぎな力を持つものがありました。火の玉のように熱く燃えたり、ふわふわと空を飛んで行こうとしたり。そういうふしぎな力は星くずにしかないので、他の《星拾い》は知りません。《星くず拾い》のコニスだけが知っている秘密なのです。
それにしても、ふしぎな星くずには何度か出会っていますが、雨を降らす星くずなんて初めてです!
「あれ?」
ふと、コニスは顔を上げました。傘をさしているというのに、コニスは雨にぬれ続けているのです。それだけじゃありません。雨の強さもどんどん増しているような……。
あ、と気付きました。傘をさしたコニスが星くずを持っているせいで、星くずから湧き出した雨雲が傘の内側に溜まっているのです。さっきまで天井いっぱいに広がっていた雨雲がこのせまい傘の中だけにあるのですから、そりゃあ雨脚が強いのも当たり前です。
「大変だあ!」
コニスはあわてて家の外に出ました。
そのまま星くずを放り投げようかとも思いましたが、それはマズイぞ、と思って手をとめました。もしこの星くずを投げたら、そのまま雨雲が湧き続けて、このあたりがずっと雨になってしまうかもしれないのです。
どうしたらいいのでしょう?
傘の中の雨はどんどん強くなってきて、もう前が見えないほどです。
「そうだ!」
コニスの頭に名案が浮かびました。
ばしゃばしゃ、と雨を連れて向かったのは、家のそばの井戸でした。
「ここでなら、いっぱい雨を降らせていいからね」
そう言って、コニスは水色の星くずを井戸の中に落としました。キラリと光りながら、まっすぐ暗闇に吸い込まれていった星くずは、ぽちゃん、と小さな音を立てて、そのまま沈んでいきました。
井戸の水の中なら、雨雲が外に湧き出ることもないでしょう。それにどれだけ濡れても大丈夫です。
コニスはようやくホッとして、傘を閉じました。月の光は静かに丘にさし、さっきまでの雨音が嘘のようです。
「さあて、びしょ濡れの部屋を掃除しないと!」
そう言った途端、コニスの口からくしゃん、くしゃん、くしゃん! とクシャミが出ました。
「その前に、お風呂に入って、よーく温まらなくっちゃ」
結局、コニスは部屋の掃除に一日を使ってしまい、他の《星拾い》よりも遅くに星くずを売りに出かけました。町の人たちは、「やっぱりコニスは一歩遅いねえ」と笑いました。コニスも、あの変な星くずを思い出して、ついつい笑ってしまいました。まったく、《星くず拾い》は大変です。
そうそう、ふしぎなことがひとつ。あの星くずを井戸に落としてから、どうも井戸の水がおいしくなったような気がするのです。もともと冷たくてきれいな水でしたが、汲みあげるとキラキラと光がはじけるようになり、飲んでみると、身体も心も洗われるような清々しい味がするようになったのです。
「今日は星くずのお茶でも淹れようかな」
コニスはそうつぶやいて、やかんを火にかけました。やかんに注がれた水の中で、光がぱちん、とはじけました。
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