星くず拾いは丘の上(3話)
3・森の奥に落ちたからっぽの星くずの話
次の星降りの日、やっぱりコニスは一歩出遅れてしまいました。
いつものように、みんないなくなった星降りヶ原でひとり、星くずを拾っていた時のことです。
「コニスさん、コニスさん」
かぼそい、笛の音のような声が聞こえました。
「ん?」
かごを抱えたまま、声がした方を振り向いてみても誰もいません。星降りヶ原の草はコニスの足首ほどの高さしかないので、草に隠れているわけでもなさそうです。
「変だなあ」
コニスは頭をぶるり、と振って、星くず拾いに戻りました。すると……。
「コニスさん、コニスさん」
また、声がしました。コニスは、今度はかごを置いてしっかりと声がする方に体を向けました。
「誰?」
よく晴れた星降りヶ原は、しん、と静まり返っています。コニスはもう一度たずねました。
「誰か、ぼくを呼んだ?」
「呼びました……呼びました……」
やっぱり声がします。しかも、コニスの質問に答える声が!
ぐるりと星降りヶ原を見回してみても、やっぱり誰の姿も見えません。
(気味が悪いなあ)
コニスは、星くずを集めたかごをそっと持ち上げて、町の方へ歩き出しました。いえ、逃げ出そうとした、と言った方がいいかもしれません。すると、変な声がまた聞こえました。
「行かないで……行かないで……」
「行かないで、って言ったって、一体あなたは誰なんですか!」
「行かないで……」
声があ追いかけてきます。コニスの足もだんだん速くなって、そのうち走り出していました。もうすぐ星降りヶ原を抜けて、町の中に入る、その時。
「星が……森の中に星が……」
「えっ?」
星、ということばにコニスの足が止まりました。森の中に星? どういうことでしょう。形が残るような星や星くずは、星降りヶ原にしか降らないのに……。
「それ、どういうこと?」
「こっち……森の中……こっち……」
声はふわふわとただよって、コニスを森の方へ誘います。コニス達が住む町の東には、大きな森があるのです。コニスも時々散歩に行きますが、あまり奥まで入ったことはありません。
「まったく、何なんだよ、もう」
ぶつぶつつぶやきながら、コニスは声のする方へ歩いて行きました。
冬の森には緑の葉をしげらせている木もたくさんありました。それでも、足元では枯葉たちがかさかさと音を立て、落ち葉の乾いたにおいがします。
(もうすぐ雪も降るだろうなあ)
コニスは胸いっぱいに冷たい空気を吸い込んで、白い息を吐きながら森を進みました。
「こっち……こっち……」
ふしぎな声はまだ聞こえています。その声に導かれるように、コニスは道を外れて、木々の間を通り、森の奥へ、奥へと進みました。空気はきりりと冷たいのに、頭が熱にうかされたようにぼおっとしている気分です。
どれだけ進んだでしょうか。ふと、ふしぎな声の調子が変わりました。
「ここだよ……ここだよ……」
「え、ここって……」
そのままコニスは何も言えなくなりました。
たどりついた場所は、森の中にぽかん、とひらけた、小さな原っぱでした。こんな場所があったなんて、コニスは知りませんでした。
「拾ってあげて……拾ってあげて……」
「拾うって、何を?」
「原っぱの……真ん中……拾ってあげて……」
相変わらず、よくわからないことばかり言う声です。仕方なく原っぱの真ん中に行くと、丈の低い草が茂っているばかりで何も落ちていません。
「なんなんだよ、もう!」
むしゃくしゃした気持ちで大股歩きを始めたコニスは、何か固いものを踏みつけました。
「わっ!」
あわてて足をあげても何もありません。おかしいなあ、と思って、コニスはその『何か』があった場所を手で探りました。すると、こつん、とかたいものが指先に当ったのです。それはコニスがよく知っているものに似たかたさでした。
「まさか、これ……星くず?」
拾い上げてみると、それはたしかに星くずでした。てのひらにすっぽり入るくらいの大きさで、触っていないとそこにあることがわからないくらい、透明です。
「拾ってあげて……拾ってあげて……」
声はまだ続いています。コニスはかごを地面に置いて、手探りで透明な星くずを探しました。最初に見つけたものの近くに、ありました、ありました。草を少し押しつぶすように、透明な星くずが。
そうしてコニスは全部で五つの透明な星くずを見つけました。いつの間にか、あのふしぎなささやき声は聞こえなくなっていました。
原っぱの近くの道を歩いて森を出たコニスは、目を丸くしました。
「あれ、噴水広場だ」
噴水広場は町の真ん中にある広場です。噴水を中心にして、東西南北とそれぞれの間、八本の道が伸びています。そのうちの東の道は森につながっていましたが、あの原っぱから一番近いのがその道だったようです。
ともあれ、町に着きました。コニスはホッとして広場へ歩くと、噴水の隣に立つ一本の木を見上げました。
(今日も《星の木》は元気がなさそうだな……)
《星の木》とは、噴水広場にある、ふしぎな木です。葉をつけたことはなく、枝も少ないつるりとした木肌の《星の木》は、毎年、年越しの日に、まるでホタルが舞っているかのように、ぽつぽつとやわらかな光をまといます。その光たちはひとつ、またひとつと空へ飛んでいくので、そのあと星になるのだと言われています。
町の人たちはみんな、年越しの夜になると《星の木》の光を見に行きます。《星の木》はこの町だけじゃなく、世界中に生えていて、その近くに住む人たちもやっぱり《星の木》の光を見ながら年を越すのだそうです。
でも、この《星の木》はこのところ、枝が少なくなって、木肌もつやがなくなってきていました。
(どうしたのかな……)
コニスは《星の木》をひと撫でして、歩き出しました。
その道すがら、コニスは大通りのレストランの前を通りました。ショーウィンドウには、いつものメニューだけれなく、豪華なごちそうのコーナーができています。
「うわあ……」
コニスの口から思わず声がもれました。それは年越しの夜にみんなが食べる、年終わりのごちそうでした。このレストランではごちそうの注文を受け付けているのでしょう。
大きな肉のかたまりをあぶり焼きしたものに、こってりとした茶色いソースがかかっているものや、ふかしたじゃがいもをつぶして作ったサラダ、とろみがついたお米入りのスープもあります。それに、砂糖漬けにした星が入ったパウンドケーキも欠かせません。
(いいなあ……)
コニスは、お師匠さんが旅に出て以来、ひとり年越しの夜を過ごしているので、こんなにたくさんのごちそうはいりません。だからついつい、いつもと同じ食事で済ませてしまいます。今年もそのつもりでした。
でも、こうやってごちそうを見ると、やっぱり、食べてみたいなあと思うのもしょうがないのです。
(いやいや、こんな所でよだれを垂らしてる場合じゃない!)
いつの間にかお日さまが高くのぼってきていました。コニスはかごを抱えなおして、家に向かって走り出しました
さて、いつものように井戸の水をくんで、星くずを水にさらにしたコニスは、困ったようにため息をつきました。透明な星くずたちは、水に溶けているかのようで、ますます見ることが難しくなったようです。
「これをどうしたらいいって言うんだ……」
ぶつぶつぼやきながら、星くずを水からあげて、畑のそばに並べました。土がついたら少しは見やすくなるかな、というコニスの思惑は外れました。星くずは土どころか土ぼこりにも汚れずに、かすかにお日さまの光にキラッと光るだけでした。
桶を傾けて水を捨てようとすると、桶の中でこつん、と音がしました。透明な星くずが一個残っていたのです。コニスはあわてて、傷がついていたら大変だと思ったのですが、星くずは透き通ったままです。むしろ傷がついてくれた方が、ちゃんとそこにあることがわかるかもしれない……。
結局、コニスはその透明な星くずたちの使い道を考え付かずに、痛くなりそうな頭を抱えてベッドに入りました。
その夜、コニスは夢を見ました。
それは、今日町で見かけたごちそうの夢でした。どのごちそうも湯気が立っていて、コニスは好きなだけ食べていいのです!
じゅるじゅると肉汁があふれる炙り肉はかめばかむほど味がします。薄いトーストの上にたっぷりじゃがいもサラダをのせて食べると、さくさくととろとろのふたつの食感で、口の中が楽しくなりました。琥珀色のスープはとろんとしていて、飲むとおなかの中がぽかぽかになりました。星入りのケーキも甘くて、ほんのり洋酒のかおりがします。
夢の中のコニスは、とてもあたたかい場所で、おなか一杯になるまでごちそうを食べました。
目を覚ますと、もう窓から朝日が差し込んでいます。コニスはのろのろとベッドから出ました。
変な夢でした。夢の中で食べたごちそうの味が、まだ口に残っているような気がします。
(ああ、おいしいものが食べたいなあ)
あのごちそうに負けないくらい、おいしいものが食べたい。コニスのおなかがきゅうきゅう鳴りました。
仕方がないので、早く朝ごはんを食べよう……。台所へ向かおうとしたコニスは、ふと作業机の上を見て、目を丸くしました。
「えっ」
透明な星くずのひとつが、きらきらと黄金色に光っているのです。まるで、透き通ったはちみつを、いっぱいいっぱい詰め込んだように……。
「な、な、なんで?」
たしかに昨日まで透明だった星くずが、机の上でぷるぷると震えています。コニスはそっと、星くずを両手ですくいあげました。間違いありません、これは食べられる星くずです。
星を食べる加工をするときは、ちょうどかたく閉じた貝殻をこじあけるように、星の殻を割らなければいけません。でもこの星くずはその殻がもう外れていて、もう、すぐにでも食べられそうです。
(どうしよう、どうしよう)
どうしようと言っても、こんなふしぎな星くずを売りに出すわけにはいきません。コニスはごくりとつばを呑みました。答えはひとつです。
コニスはお鍋に水を注ぎ、火にかけました。お湯が沸く間に野菜を切って、例の黄金色の星くずと一緒にお鍋に入れました。そして塩コショウを少々。あとはじっくり煮込むだけです。
くつくつくつ……、とお鍋の中で空気がはじける音がします。部屋の中にあたたかな、いいにおいがただよってきました。
少し深いお皿に、煮込まれて柔らかくなった星くずを取り出し、その上に野菜とスープをたっぷりかけます。黄金色の星くずのポトフが出来上がりました。
「いただきます」
コニスは手を合わせて、ひとくち、スプーンを口に運びました。
「おいしい!」
それはもう、ほっぺたがとろけるような味でした。星くずの身をかむと、じゅわじゅわと汁があふれて、口中にうまみが広がります。スープもいい出汁が出ているのか、塩気と深みがあるやさしい味で、いくらでも飲んでしまいそうです。キャベツやジャガイモも、ほっくりとした甘さで、星くずとぴったりの味わいです。
食べながら、コニスはごちそうの夢を思い出しました。
(何か関係があるのかな?)
考えても、考えても、答えは出ません。結局コニスは、考えるのをやめて、星くずのポトフのおかわりをよそいました。
その日の夜、コニスはまた夢をみました。
それは暗い暗い夜の夢です。コニスは大勢の人と一緒に、闇の中にぽつんと立つ木を見つめています。それは噴水広場にある《星の木》でした。
ふわ、と何か、雪のように軽いものがコニスのほっぺたをかすめて飛んで行きました。それはあちこちから飛んでくる、光の粒でした。
光はどんどん《星の木》に集まってきます。《星の木》はまるでお月様のように明るく輝きました。その光は桔梗色や黄金色、しろがね色に色を変えて、ふくらんだり、波打ったり……。
こんなに見事な《星の木》の光を、コニスは今まで見たことがありませんでした。
(きれいだなあ)夢の中のコニスは思いました。(こんな光を、もっと見られたらいいのに……)
しとしとと降る雨の音で、コニスは目を覚ましました。雨降りのせいで外は薄暗く、朝が来たような気がしません。そう、まるでまだ夜の闇の中で、《星の木》の光を見ているような……。
「んん?」
コニスは眉を寄せて、部屋をぐるりと見回しました。部屋の壁に、ふわふわとした光の粒が映っているのです。桃色や水色、山吹色にうすい緑色……やわらかな色の光たちが、蛍が舞うように、ただよっては消えていきます。なんて美しいのでしょう。
(《星の木》の光みたいだ……)
いえ、それは《星の木》の光そのものでした。光の舞いはしばらくすると、すう、と消えて、終わりました。
コニスはハッとして、作業机の方を見ました。
「やっぱり!」
そうです。また、透明の星くずの内のひとつが、キラキラと光っているのです。今の光の舞いも、この星くずのふしぎに違いありません。
(でも、どうして?)
昨日はごちそうの夢を見たら、ごちそうと同じくらい美味しい星くずになりました。今度は《星の木》の夢を見たら、《星の木》の光を放つ星くずに……。
「まさか、ぼくの願い事に反応してるのか?」
間違いない、とコニスは思いました。この透明な星くずたちは、人の願いを吸いこむ星くずなのです! 透明なのはまだ願いが入っていないからっぽの星くずなのでしょう。
そんな星くずがあるなんて、コニスは聞いた事もありません。
(でも、そうとしか思えない……)
コニスは震える指先で星くずに触れました。星くずはほっとするような桃色の、ごく当たり前の星くずになっていました。
次の日も、その次の日も、コニスは夢を見ては、その夢で願ったことを星くずに叶えてもらいました。
楽しい音楽会に行った夢を見ると、レコードのようなつややかな黒に染まった星くずがオーケストラの音色を奏でました。
海の中を泳ぐ夢を見ると、星くずは鮮やかな群青色になって、部屋の中を海の色に染め上げます。時折、赤い光が魚のように群青の部屋を泳いでいくのがとってもきれいでした。
そしてふしぎが終わるとからっぽの星くずたちは、ただの星くずになって、あとはうんともすんとも言いません。
(売ったらすごい値段になるだろうな)
願いを叶えてもらいながら、コニスは何度もそう思いました。でもコニスはからっぽの星くずを売りに出しませんでした。少し不安があったのです。
そしてコニスがからっぽの星くずを見つけてから五日目の夜に、コニスの不安通りのことが起こりました。
その夜の夢の中、コニスは小さい子どもになっていました。あたりは真っ暗で、コニスはひとりぼっちで立ち尽くしています。
コニスの前を、町のみんなが歩いています。にぎやかに、楽しそうに。その中にはミーティア師匠も、オドさんもいます。
そしてみんな、コニスを指さして笑うのです。
「やーい、いつも出遅れの《星くず拾い》!」
「おれたちは先に行くからなあ!」
「ま、待って!」
熱くなった目元をぬぐいながら、コニスは走りました。でも、いくら走ってもコニスはみんなに追いつけません。それどころか、走れば走るほど遅れてしまうのです。
歩き出すのが一歩遅かったからだ、とコニスは思いました。そして、みんなと足なみをそろえられない自分に腹が立ちました。
(どうして、ぼくはみんなより遅いんだろう。どうして、みんなぼくを置いていくんだろう。どうしてぼくは、ひとりぼっちなんだろう……)
楽しそうなみんなの声がはるか遠くから聞こえます。その声を聞いた時、コニスは自分の胸の中が、ひどく熱くなりました。
「みんな……」
口から炎を吐き出すように、叫びました。
「みんないなくなっちゃえ!」
ハッとコニスが目を覚ますと、ほっぺたが濡れていました。いつの間にか泣いていたようです。冷たい水を一気に飲んだように、心臓がドキドキしています。ガタガタガタ、と音がするほど体が震えます。
いえ、ガタガタという音は、違うところから聞こえます。どうやら作業机の方からです。コニスはぼんやりと体を起こして、ギョッと目を見開きました。
まだ暗い部屋の中、作業机の上で星くずが光っています。それも、真っ赤に、燃えるように。
その星くずがガタガタガタガタ震えているのです。
「な、なにこれ……」
コニスは作業机にかけよりました。それは確かに、あのからっぽの星くずの最後のひとつでした。
「熱っ!」
星くずに手を伸ばしたコニスは叫びました。赤い星くずは触れないほど熱かったのです。星くずの震えはどんどん激しくなって、今にも爆発しそうです。
(この星くずが爆発したら、どうなっちゃうんだろう……?)
『みんないなくなっちゃえ!』
夢で叫んだことばが頭の中で響きます。コニスの腕にゾクッと鳥肌が立ちました。
「やめて! そんなの、願ってないよ!」
星くずの震えが、ピタリ、と止まりました。そして、すう、と赤い色も、熱も消えて、元の透明なからっぽの星くずに戻りました。
これがコニスの不安でした。空っぽの星くずはどんな願いだって吸い込んでしまうのです。それが悪夢の願いだって……。
コニスははあはあ、と荒く息をして、カーテンを開けました。朝焼けの中の町は、いつもの通り、静かなままでした。
その日、コニスは空っぽの星くずをマントの胸ポケットに入れて、森へ向かいました。また悪夢を吸い込まないように、捨ててしまおうと思ったのです。
《星の木》がある噴水広場を東に進み、森へ分け入っていくと、あの小さな原っぱがありました。空っぽの星くずを拾った場所です。
コニスは胸ポケットから星くずを取り出しました。手のひらにのせているというのに、見えない星くず。それをぐっと握りしめて、ふりかぶりました。
が、どうにも、腕が動きません。
コニスがこの星くずに気付いたのはふしぎなささやき声のおかげです。ここでコニスが星くずを捨ててしまったら、誰がこの星くずに気付くでしょう。それに、こんな所に捨ててしまったら、いつ、誰の、どんな願いを吸い込むかわかりません。もしそれが、コニスの夢と同じような怖い願い事だったら……。
コニスは、もう一度星くずをぎゅっ、と握りしめると、元通り胸ポケットにしまいました。
その時、コニスはマントのえりに何か白いものがくっついていることに気付きました。見覚えがある小さな押し花……それは、お師匠さんがふしぎな花だと言って送ってきた、《ささやき花》でした。封筒から落としたものが、どういうわけかマントにくっついていたようです。
「もしかしてあの声は……」
風が吹いて、森の木がざあ、と揺れました。その中に鈴の音のようなささやき声がしたような気がしましたが、コニスには聞き取ることができませんでした。
からっぽの星くずは、その後、コニスのどんな願いも吸い込むことはありませんでした。なので、今もコニスのマントの胸ポケットには、透明な星くずが入っているのです。
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