「秋が好き」 | #シロクマ文芸部
「秋が好き」
懸命に生きた蝉
7年間、眠りの中から外の世界を夢見ていた。
14日間、世界を生きた。
土の中から這い出した朝、目が開かなくて、眩しくて、ただ白くてぼんやりとした世界に目を凝らした。だんだんと空と緑色の葉っぱが見えた時に「おかえり」と聞こえた。
世界はとても暑いので、木に抱きついて泣いた。大きな声で泣いていたら、大丈夫?と、突然やってきた君と恋に落ちた。
世界はどこまでも広いけれど、この木陰が世界のすべてのように思った。永遠を手に入れた。
新しい命を産み落とし、循環の中に埋めた。
7年後の夏はどんなだろうと想いを巡らせ、顔を見ることのない我が子の幸せを願った。
世界はとても暑かった。
暑さしか知らずに死んでいく。
友人のスズムシに秋のことを教えてもらった。
秋に憧れ胸が苦しくなった。
知らない方が幸せだった。
どうしても秋まで生きたかった。
泣くことも、木につかまる力さえ無くなり、根っこを転がって、ひんやりした土の上に寝そべった。翅で大地を感じた。
やさしい秋風が通り過ぎていった。
懸命に生きた蝉の
最後の言葉。
「秋が好き」
(おわり)
🔸#シロクマ文芸部 に参加させていただきました。今週も楽しかったです。
ありがとうございました。
(蝉のこと、少しでも愛おしく思ってもらえたら幸せです…。)