愛情崇拝 3

三章〜教え〜
1、聖母

「お母さん、離婚したから。」

私がまだ四歳だったあの日、その日から突然お父さんは私の前に姿を表さなくなって、私はお母さんと二人で暮らすことになった。別にお父さんに特別な思い入れがあったわけじゃないし悲しさはそんなになかったけど、一度開いたその穴が埋まるのは当分先なんだろうなと子供ながらに感じていた。お母さんとの二人暮らしも、特段面白いこともなければ辛いことがあるわけでもなかった。お母さんの口当たりはすごく強かったけど、暴力は受けなかったしなによりお母さんは私がいるせいで窮屈な思いをしているように見えた。から、口で言われるだけなら私も耐えられた。そして、今私は、車に乗ってる。多分これがお母さんと過ごせる最後の時間だ。なぜって、この車に乗り込む時お母さんが、「アンタととうとう別れられる」って言ってたから。でも、その言葉に憎しみはこもってなかった。そのかわりに、後悔がこもっている気がした。施設に着くと、先生と呼ばれているおばあちゃんが出迎えてくれた。お母さんがこの娘をよろしくお願いしますって言ってる。私がおばあちゃんの側によるとお母さんはなんとも言えない表情でこっちを少し見て、車の方に引き返していった。もう会えないのかなと思うと、私の心の穴がもう一個増えた気がした。施設に入ると、思っていた以上に多くの子供がいた。みんな遊びの準備をしているらしい。遠巻きで少し眺めていると、職員用のドアから同学年くらいの女の子が入ってきた。どうやら先生役のようだ。挨拶くらいしておかないとな。

「橘 あかりです。よろしくお願いします。」

お母さんもいなくなったのに橘を名乗るのに少し違和感はあったが、関係ない。これはお母さんが残してくれた数少ないものの一つだ。すると先生役の女の子はとても普通とは思えない目で、でも怯えながら質問をしてきた。 

「あかりちゃんはどうしてここに?」

どうして、と言われても私にはわからない。親が勝手に離婚して、勝手に育児を諦めただけだ。

「パパとママが離婚したのよ。それでパパはどっか行っちゃったからママと一緒に暮らしてた。けど、今日の朝にママが「アンタととうとう別れられる」って言って、私をここに預けたんだ。」

それが事実だった。しかしそれを伝えた瞬間、目の前の女の子は気持ち悪い笑みを浮かべて、私の脚を思いっきり蹴ってきた。

「な、なにするの!?」

急すぎて意味がわからなかった。ただ彼女は淡々と質問に答える。

「罰だよ、罰。先輩には敬語で話さないと。アンタの出自なんてどうでもいいのよ。」

意味がわからない。敬語だって?そんなことで私に暴力を振るってきたっていうのか。

「え、なによ、その反抗的な目は。」

お母さんは、なにがあっても暴力だけは振るわなかった。それがお母さんの中にある超えちゃいけないラインなんだったんだと思う。どれだけしんどくても、私がなにをやらかしても、怒りはするが暴力は振るわなかった。それを、この女は...
そう思っている間にも彼女は私の髪を掴み、腹を殴ってきた。

「アンタはもう終わったのよ。捨てられたの。もうどうしようもないんだから、大人しく私に従っときなさい。」

なんなんだこいつは一体。たしかに私は捨てられた。でもきっとお母さんは自分の自由を奪われてまで子供に愛情を注げなくて、でもきっとそれが辛くて、苦しんで苦しんで私のことをここに預けたんだ。なのにそれをこいつは私がただ見捨てられたみたいに決めつけて蔑んでくる。許せない。こいつには徹底的に反抗してやると、そう心に誓った。
彼女への反抗心が固まると少し心にも余裕ができてきた。そのまま彼女を見ていると、周囲からなんだか違和感を感じた。あたりを見回すと、そこにいた幼児たちがみんな羨ましがるような目でこっちを見ている。すると、一人の男の子がこっちに近づいてきた。

「ねえ、どうやったらお姉さんみたいになにもしなくても愛してもらえるの?」

その言葉に呼応するように周囲にいた何人かの子供たちも頷いた。なんだ、なにか変だ。この子の質問の意味がわからないし、私のことを見るこの子達の目がなんだか怖い。

「愛してもらえるって、どういう意味かな?」
「お姉さんがさっきされてたことだよ。こう、足とかお腹をバーって。」

私の理解が追いつかないでいると、一人の女児があの女に話しかけているところが目に入った。

「ねえ、ねえ、未央おねえさん、これみて。」

そう言って彼女が見せていたのは、いまさっき殺したのであろう虫の死骸だった。

「どう?どう?」

彼女は目を輝かせて先生役に手のひらを差し出している。

「どうじゃないわよ気持ち悪いもの見せないで!」

そう言って彼女はその女の子を思いっきり蹴った。

「なにしてるのやめなさいよ!」

私は反射的に駆け出していた。許せない。あんな幼い子にまで容赦なく暴力を振るうなんて。すると彼女がこっちを睨んでくる。

「私に文句つける権利なんてアンタにはないんだけど」
「暴力振るって良い権利だってアンタにはないでしょ!?」
「あるよ。私にはある。だってお前らには自分のことを愛してくれる家族がいないんだ。」

呆然とした。それが理由としてまかり通るとこの女が信じ込んでいるのが不思議でならなかった。ただ不思議と、この女なら殴ってもいいと感じた。

「睨んでんじゃねえよ」

そう言って彼女は私の腹を蹴ってきた。おかしい。絶対におかしい。少しでも仲間が欲しくて、さっき蹴られていた女の子に叫んだ。

「アンタも蹴られたんでしょ!?なんとか言いなさいよ!」

あの娘だって理不尽な暴力に晒されたんだ。怒っているに決まってる。しかしなぜだ?なにも反応がない。そう思って彼女をよく見ると、ハッとした。
彼女の顔に、気持ち悪い笑みが浮かんでいる。

「お姉さん、教えてよ。どうやったら未央おねえちゃんに愛してもらえるの?」

男の子が話しかけてきた。わからない。わからない。あの女がいなくなるまでの間、私はあいつをにらみ続けることしかできなかった。そして何度も何度も蹴られ、なんどもなんども質問された。どうやったらなにも行動を起こさずに愛してもらえるのか、と。最後まで私の脳は理解を拒んだ。
彼女が帰ってからも質問は続いた。この子達はなんでここまであの女の暴力を受けたがるのだろうか。

「ねえ、なんで君たちはそうまでしてあの女に殴られたいの?」

心からの質問だった。

「あの女って未央おねえちゃんのこと?なんでってだって僕たちには家族がいないんだ。だから代わりに未央おねえちゃんに愛を分けてもらうんだよ。そうだ、お姉さんもあそこに連れてってあげるよ。そうすれば分かるかも。」

私は言われるがままに彼について行った。何人か他の子もついてくる。

「ここだよ。」

少し歩いてついたそこは、ここに住むみんなが与えられる個室のうちの一室だった。

「ほら、入って。」

おそるおそるドアを開けるとそこには、異様な光景が広がっていた。部屋自体は、なんの変哲もない個室だ。この施設に入る前に案内してもらった自分の部屋となにも変わらなかった。ただ、ここに訪れている子供が皆目を見開きながら手を天井に掲げている。せいぜい四畳半しかない部屋に二十人ほどの子供がひしめき合って、みんなが天井に手を掲げている。

「これは...なにをしているの?」
「この部屋はね。未央おねえちゃんの部屋のちょうど真下なんだよ。」

中にいる子が、次々と話し出す。

「ほら、お姉さんも。」
「愛を分けてもらおうよ。」
「家族がいないんでしょ?」
「さっき未央おねえちゃんが帰ってくる音がしたんだ。もうすこしだよ。」 

これは、だめだ。もう本当に私が理解できる次元じゃない。ここにいる人はみんなおかしい。家族がいるかいないかで人のランクが決まるなんて、そんなわけない。家族がいる人のもとで暮らせば自分も幸せになれるなんてありえない。私は使命感のまま大部屋の工具箱からトンカチを取り出し、上の部屋へ向かった。私がやらなかったらこの子達は一生このままだ。そんな事あっちゃいけない。覚悟を決めて、階段を登った。
上の部屋のドアは閉まっていたが、中からは異様な雰囲気を感じた。手に汗が滲んでいる。昂る気持ちを抑えて心を決めた。
私は、トンカチを握りしめてドアを開けた。

「なによ、アンタ。今私は取り込み中なの。」

その顔をもう一度見た時、私の中で殺意が溢れた。あの子達のためにも、この施設のためにも、こいつは殺さないと。

「死んでください。」

そう言ってトンカチを振った。トンカチの頭が側頭部に直撃して、この女はゆっくりと倒れていった。なにか心のなかで、初めて感じる新しい感情が生まれた気がした。もう一度トンカチを振った。こんどは頭蓋骨を粉砕してやろうと思った。何度か力を込めて振ったら手応えを感じて、その時には既に彼女の頭部はグロテスクに変形していた。最後に何度か顔面を殴ったらもう私の心は晴れていた。これでこの施設は救われたはずだ。個人的にも、お母さんが大事にしていたものを踏みにじったこいつを殺せてせいせいした。
一息ついてその部屋を見回すと、今さっき殺したこの女以外にもう一人ベッドの上で横たわっている女の子がいた。

「あなた、大丈夫?」

こんな女と一緒の部屋にいたんだ、きっとこの子も大変だっただろう。しかし近寄ってみてみると、その女の子ももう死んでいた。しかも今さっき死んだというわけでもなさそうだった。かわいそうに。この子もきっとこの未央とかいう女に殺されたんだ。もう死んでいるって言うのに、優しそうな顔をしている。今日はもう疲れたからその後の処理はまた明日早朝にでもやろうと思い、二つの死体を部屋に押し込んで私は色んな感情が巡るままその部屋をあとにした。
部屋に戻る途中真下のあの部屋が目に入った。子どもたちはまだ、目を見開いたまま手を天井に掲げ続けていた。

2,愛する義務
何日かこの施設で過ごしているうちに、いくつかわかってくるものがあった。まずここの先生。あの人は、とっくにボケきっているみたいだ。この施設のみんなのことを詳しく聞いてみたが、今この施設にいない子の名前を出したり、未央ちゃんは良い子だよなどとのたまったりしたから、私の仲の信頼度がゼロになった。もうあの先生の目にはもう昔の情景しか写っていない。次に施設の子達のあの行動。あれは大体一年前、未央が中学に入学して性格が豹変してから始まったらしい。「家族ができた。家族がいない人間に人権なんてものはない。だから私にはいくらでもお前らを殴って良い権利がある。」そういって、彼女はここの子たちを徹底的にいじめ抜いた。ここの子たちもそれまでに出会ったことのないような圧倒的な支配力に飲み込まれてしまったみたいだ。

「橘さん、どうしたの?」

意識外から来たいきなりの声に私は少しのけぞった。

「あ、ああ、なに?なにか用?」

おかしいな、まだ授業中だったはずだけど。

「いや、呼びかけても返事ないし。ほら、グループワークやろ」

つい一週間前にこの学校に来たばっかりの私にもこの態度だなんて、すごいフレンドリーさだ。このコの名前は...覚えてないけど、これだけフランクだと話しやすくて良い。

「じゃあここの英文からだけど...」

学校はこれから楽しくなる予感がしていた。ただ...
窓の外を見ると、自転車に乗って移動している女の人が見えた。あ、あの人見たことあるな。たしか近くのドラッグストアの店員さんだ。よく先生に薬を売りに来てる。あと、武久くんを預けるためによく家を利用している。そういえば武久くんは唯一あの女に無頓着な子だったな。
…考えまいとしても脳に浮かんでくる。あれは、あの女を殺した次の日からだ。子どもたちのあの行動が終わることはなかったが、子どもたちが奇妙な顔で私のことを見てくるようになった。目を大きく見開いて、キョトンとした顔でこっちを見てくるのだ。そうする子は日に日に増えていって、今はもうほとんどの子が私のことをあの顔で見てくる。やっぱり私があの女を殺したことと関係あるのだろうか。あの女の死体はその日の朝カバンに詰めて山に埋めに行った。その日一日を使ってあの部屋にいた女の子ともども埋めたからあの子達が気づける余地はないはずだ。

「...ちょっと、橘さん!」

ふと、思考が遮られた。

「橘さんボーっとしすぎじゃない?なにか悩み事でもあるの?」

またさっきの子が話しかけてきたみたいだ。

「ご、ごめん。何の話だっけ?」
「もう。ここの英文、なんて訳したら良いと思う?」
「そうだね...」

下校時間になった。今日はさっき英語の時間にも話しかけてくれたコと帰る予定だ。名前は後で聞いたら、香菜ちゃんと言うらしい。

「ごめん、お待たせ。学級委員の仕事が長引いちゃって。」
「全然いいよ。じゃ、帰ろ。」

下校のチャイムが鳴っている。校舎からは吹奏楽部の演奏が聞こえていた。

「橘さんって、あの施設で住んでるんだよね?」
「そうだよ。周りはみんな小さい子ばっかりだけどね。」
「あはは、いいじゃん。私子ども好きだよ。」

まあ、この子は好きだろうなと思った。

「香菜、ちゃんは子供の頃どんな子だったの?」
「そうだね。私はずっと、ごっこ遊びが大好きだったな。」
「ごっこ遊びってどんな?」

ふと、風が私と彼女の間を横切った。

「宗教ごっこだよ。」

すこし、背筋が冷えた気がした。私の脳裏に子どもたちが目を見開いて天井を仰ぐ姿が写る。

「宗教ごっこって、なにをするの?」
「そうだね。まず一人、教祖様を決めるんだ。それは誰だって良い。もちろん私も何回かやったことあるよ。それでその後、信仰する対象を決める。それは空想の神様でもいいし、なにかの現象でもいいし、最近買ってもらったお気に入りのおもちゃだって良い。」

子供らしからぬ遊びだ。少なくとも私がもっと小さい頃にそんな遊びはなかった。

「それから細かい役職決めとかがある。幹部を作ったり、受付を作ったりね。それからその信仰対象を崇めていくって、そんな感じかな。」
「それって、目的とかないの?」
「ないよ。ただ崇拝を続けるの。そこにいるみんなが飽きるまで。」
「それって、面白い?」
「面白いかどうかは問題じゃないよ。ほらあなたも分かるでしょ?なにかを信仰しているときって、愛されているように感じるの。自分から祈りを捧げることで神からの寵愛を感じるのよ。」

香菜ちゃんの瞳孔がだんだん開いてきた。

「私達人間はね、愛される側と愛する側が決まっているの。それは圧倒的に愛される側のほうが多くて、その人たちは自分のことを愛してくれる人に何かしらの形で報いなければいけない。だから多くの人はそれを祈りだったり捧げ物だったりで形にしていく。もちろんそれを受け取る側もみんなのことを愛さなければいけない義務が発生するから、その人は限りなく大きな寵愛で私達のことを包み込むの。」
「香菜、ちゃん?」
「私達がまだ小さい時、そういう時は自分の中だけで想像したものを信仰し続けるのは難しいでしょう?だからそれができないうちは実際にあるものだったり、みんなで考えて決めた想像を信仰するの。それが宗教ごっこっていうものだよ。」

どうしたんだ。この話題になった途端彼女に落ち着きがなくなった。この子にとって宗教ごっことはそんなにも大事なものだったのか。

「えっと、香菜ちゃん、その...」
「ほら、あなたも愛されたことがあるでしょ?その時どう感じた?きっと心があったかくなって、その人に身を任せたくなったはずよ。そうだ、あなたは今なにを心の拠り所にしているのかしら。誰からの寵愛を求めようとしているのかしら。」

怖いよ香菜ちゃん。目が怖い。香菜ちゃんは、施設の子たちと同じ顔をしていた。なんとかしようとあたりを見回すと、塀の上で悠々と歩いている猫が目に入った。

「あ、ほら香菜ちゃん!猫いるよ、猫!」

かなちゃんが私の指した方向を見ると彼女の瞳孔は少しずつ狭まっていった。

「あ!ほんとだ。猫だね!かわいい!」

ほっと胸をなでおろした。良かった、いつもの雰囲気に戻った。あの猫は、首輪がついていないしおそらく野良猫だろう。助かった。
…それにしても、宗教ごっこか。そんなに小さな頃から信心深くさせようとするこの町は一体どうなっているんだ?今の香菜ちゃんも相当おかしかったし、施設の子たちの様子もおかしい。私には、そのごっこ遊びの楽しさが理解できない。

「じゃあ香菜ちゃん、私はこっちだから。またね。」
「うん。ばいば〜い。あなたもぜひやってみてね。宗教ごっこ。」

香菜ちゃんが見えなくなると、急いで施設まで帰った。

「ただいまです。」 

大部屋に入るといつも通り結構な人数の子どもたちが遊んでいた。ただ、未央がいなくなってからずっとあの女を求めてウロウロしている子たちが一定数いるのが気がかりだ。そして、それを見るたび少し罪悪感が湧いてくる。私は正しいことをしたはずだ。たとえそれが殺人であっても。今日は宿題をさっさと終わらせないといけないし部屋に戻ろう。そう思って寮の方へ足を運ぶ。部屋までの途中、あの部屋を少し覗いてみた。けど、部屋いっぱいに子どもたちが天井を仰いでいる光景は変わらないままだった。
自分の部屋に戻ると、強い安心感とともに睡魔がやってきた。考え事をするつもりだったが、これではまともな思考はできそうにない。少し休ませてもらおう。私は、軽い睡眠を取ることにした。窓の外では、太陽が少しずつその姿を地平線に落としていくところが見えた。

軽い、夢を見た。未央を殺したあの場面の夢だ。最初の一発は完全に憎しみと正義感からくる攻撃だった。だけど、その後のは。あれはただただ憎しみとか使命感とかに突き動かされてやったわけじゃない。人を殺すことを、人を殴った手応えを感じることを目的としていた。あの女を殺した時、今までにない達成感が溢れ出てきたんだ。わかってる。あのときの私はおかしかった。でも、あの瞬間を思い出すことがやめられないんだ。だからそれを正当化するためにあの子達を救うために動いてる。

「ねえ、お姉さん。」

突然、声が響いた。

「未央おねえちゃんのこと、殺した?」

急に目が覚めてベッドから飛び上がった。部屋を見回しても誰もいない。夢、か。

「殺したの?」

後ろから声がした。振り返ると、ベッドの上にあの日最初に話しかけてきた男の子がいた。

「ころして...ないよ。」
「嘘だ」

男の子の目が、大きく開いた。

「お姉さんをあの部屋に連れて行ったあの日から、未央おねえさんは大部屋に来なくなったよ。部屋をこっそり覗いたけど誰もいなかった。お姉さん、未央おねえちゃんになんかしたよね?」
「違うよ。私は」
「お姉さんは!!!未央おねえちゃんを見る目が一人だけ違ってた!!!僕らはみんな、あの人の愛を受け取るために動いてたんだ!!でもお姉さんは、未央おねえちゃんのことをとっても怖い目で見てた!!!」
「それは、だって」
「でも愛を受けてたから!未央おねえちゃんからの愛を!きっとわかってくれるはずだって、そう思ってたのに!!!」
「待ってよ!私があの女...未央ちゃんを殺したっていうのはどこから来たの?証拠がないでしょ!?」
「これが未央おねえちゃんの部屋にあった!ほら!!」

彼が見せてきたのは、目玉だった。嘘だ。そんなはずはない。だいいちあの女を殺した直接的な原因は頭蓋骨を割ったからで、目玉なんて飛び出る余地がない。そもそも山で最後に見た死体には目がちゃんと二つともついてたはずだ。

「未央おねえちゃん、僕は、敵を取るよ。僕はまた、僕に愛をくれるような素敵な人を探しに行かなくちゃいけないから。」

そう言って彼は包丁を取り出した。
私はとっさに、枕元においてあったトンカチを握った。そして彼が攻撃的な意思を見せた瞬間、そのトンカチを振るった。あのときと同じように側頭部へ一撃。そのまままたあのときと同じように頭蓋骨を割りにかかった。この感情はなんだろう。つい夢中になってしまう。頭を殴ってその内側にある丈夫な骨に少しずつヒビを入れていく感覚。こんなことをしてはだめだ。ダメなはずだ。
気づけば私のことを襲ってきたこの男の子は、完全に死んでいた。達成感で脳がおかしくなりそうだ。でもそれと同時に私の理性が罪悪感を訴えてくる。もうどうにかなりそうで、私はそのまま外へ逃げ出した。外はもう真っ暗だった。街灯しか明かりがない中で走る、走る。このどうしようもない感情を風で押し流したくて、ひたすら走った。

「ちょっとそこの君、こんな夜中に危ないでしょ。」

警察が私のことを追ってきた。でも私の手にはトンカチがあった。今なら何でもできそうだと、とんでもない万能感が私の中で満ちていた。

「大人だって...やれるはずだ。」

私は警官に襲いかかった。しかし最初の一振り、避けられた。

「襲われ...た。」

警官が独り言を放った。

「襲われた襲われた襲われた襲われた襲われた襲われた襲われたっ!!!」

そう言って警官はホルスターに手をかけ、私めがけて引き金を引いた。胸を銃弾が突き抜ける痛みを感じた。痛い。脳裏に、お母さんの姿が映った。お母さん。決して私に暴力は振るわなかった、理性あるお母さん。また私の脳裏に、かつてあったはずの幸せが浮かび来る。お父さんが嬉しそうに私のことを抱き、その後ろでお母さんがやりきった顔で私達のことを見ている。その後も私が四歳になるまで仮初の幸せだった光景がフラッシュバックしてくる。特別なにかされたことはなかったけどずっと確かな愛を感じていた。ああ、お母さん、痛いね。そりゃあこんなことしちゃダメだよ。ごめんね。あくつくん。ごめんなさい、未央さん。ねえお母さん、行かないで。お願いだから、私を捨てないでよ...
  




その日の夜圦河町で、警官が一般市民に対して発砲する事件が起きた。また同時刻、とある児童保護施設で男児が一人頭蓋骨を粉砕されたことで殺害されている事件も起きていた。

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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