愛情崇拝 4

四章〜感染〜

1,死体が三つ、四つ
圦河町。今回この地にやってきたのは、ある事件の取材のためだ。まず一つ目、ストーカー男凍死事件。詳細はわからないが、何の変哲もない主婦をストーキングしていた男がその主婦の家の冷蔵庫の中で凍死していたというものだ。そして二つ目、児童保護施設同時殺人事件。まず一人、その施設に入っていた男の子が同施設の女の子に頭蓋骨を粉砕されて殺されたそうだ。でまた一人、その近くで警官の発砲によって施設で生活していた女の子が殺されたらしい。どうやらその女の子っていうのは同一人物なんじゃないかって話だ。近いうちに三回も人が死ぬ事件が起こったんだ。いくら遠い地であるとはいっても取材に来ないわけには行かない。ちょうど喧嘩した妻と距離を置いときたい時期だったし。事件は少し前からネットの記事やテレビのニュースで取り上げられていたが、今回の事件に関してはなぜか自分自身の足で取材を勧めたいと思い、こうやって現地に赴いたわけだ。さて、じゃあ早速一つ目の現場に行ってみようと思う。
たどり着いたそこは、普通のマンションだった。ただ先の事件のせいか確実にここの住民じゃない人間がちょこちょこいる。ここにいてもなにもなさそうなので、近くの交番に話を聞きに行くことにした。

「あのマンションの事件の話ですか。もう何十回と話しましたけどねえ。あ、いえ、大丈夫ですよ。いくらでもお話しましょう。どうせやることもないんでね。」

直近で人が死んでいるのに呑気なことだ。

「あそこで死んでた男はね、柿谷 猿介っていう名前の男だよ。まさかストーキングまでしてるとは思わなかったけど、ずっと自分のことを愛してくれる人間を探してたよ。不審な行動を取ってたこともあったから職務質問も何回かしたことがあったね。でもやっぱりあの男の行動原理は自分を愛してくれる人を探すことだったみたいだ。あいつは根っからの愛される側だったってことだね。」 

言葉選びに違和感を覚えながらも質問を続ける。

「被害を受けた女性?そうだねぇ。あの人はあの事件から気がおかしくなっちまったみたいでずっと上の空でさ。同僚の方も心配してたよ。あんたも見かけたら声をかけてやってくれ。ああ、話を戻そう。被害者の女は天道 美香って言ってね。この辺にあるドラッグストアの店員さんやってたんだよ。明るくていい人でね。うちもよく訪問販売をしてもらってたな。もう見るからに愛する側の人間だったよ。でもだからこそ、あんな事件にあっちまったんだろうね。」

さっきから話に出てくる、愛する側と愛される側について質問した。 

「おおそうか、あんた外の人だったね。この町ではな、生まれながらにして「愛する側」と「愛される側」が決まってんだ。そして愛する側は生まれたその瞬間から愛される側に溢れんばかりの寵愛を与える必要がある。そして愛される側はその愛に応えるために全力で奉仕を続けるんだ。それは祈りだったり、供物だったりいろいろな形がある。」

ではここの警官である君はどうなのか、と聞いた。

「俺か?俺は当然愛される側だよ。こんなことバカバカしいとは思っているけど、ふとした時に愛を感じないとどうしようもなくなる瞬間があるのさ。それでも俺はまだマシな方だよ。そうだ、愛する側と愛される側の簡単な見分け方を教えてやるよ。愛される側の人間はな、みんなどこかしら頭のネジがおかしくなってんだ。だから正常な判断ができるやつがいたら、そいつは愛する側だってわかる。俺のおかしいところかい?そんなの正直自分自身じゃわかってないね。でもきっと俺にも傍から見ればおかしく見える何かがあるんだろうな。」
「愛はどうやって示すかだって?それはもう人によるよ。それこそ最近あの事件があった施設での愛し方なんてやばかったぜ。なにかってそれは、暴力だよ、暴力。それも理不尽な。俺も初めて見た時止めに入ろうとしたけど、その場にいた子供に「愛をもらってる最中なんです、邪魔しないでください。」とか言われてよ、やっぱりこの町はおかしいって再認識したね。なんで捜査も逮捕もしなかったのかって?したさ。したけど、被害者側が一方的な暴力なんて受けてないっていうんだ。そんなんじゃ罪に問えねえよ。」

僕はその流れで施設に関連した一連の事件についても聞いた。

「ああそうだ、それについても話さないとな。最近あの施設に新しい子が入ってきたらしいんだよ。で、その子一週間くらいは普通に過ごしてたのに、事件があった日の夜に施設で暮らしてた男の子を一人殴り殺したんだ。この町に来て狂ったのか来る前からおかしかったのか分からんが、少なくとも子供を預ける先にこんな不気味で辺鄙な町を選ぶ親はイカれてるって言っても違和感は無いね。それで、人一人殺して錯乱したのかわからないがそのままそいつは外に出たんだ。そしたら夜のパトロールをしてた俺の同僚と出くわしてな。あいつあの夜めっちゃナイーブでよ、俺も不安になりながら見送ったんだけどまさか一般人に発砲するなんて思わなかったよ。引っ越してそうそう警官に撃ち殺されるなんてあの子も運が悪すぎるぜ、まったく。俺の同僚は今正当防衛だったかどうかを調査されてるところだ。本人曰く血みどろのハンマーを振りかざしてきたらしい。実際あの嬢ちゃんも人を一人殺してるわけだしまあ正当防衛ってことになるだろうがな。しかもこれは最近知った追加の情報なんだが、撃ち殺された嬢ちゃんが引っ越してきたその日から、もともとの施設の「愛する側」だった女の子の行方がしれないんだってよ。もしかしたら俺の同僚は大量殺人鬼を食い止めた英雄なのかもしれんな。」

なるほど。有益な情報を聞けた。どうやらこの町には相当不思議なシステムが組み込まれているようだ。「愛する側」と「愛される側」、この話はどのニュースでも取り上げられていなかった。地元の人間のたわごとだと一蹴されているのだろうか。しかし、まるで神とその信者のような関係は健全ではないように感じる。
その後も例の母親が勤めていたドラッグストアや射殺された彼女が生前通っていた学校に訪れた。少しだけどこの町で過ごして分かったことがある。あの警官が言っていたとおり、この町の人間は大半が狂っているらしい。特に学校はそれが顕著だった。人が多いのもあるせいか、そこかしこで凶行に及ぶ人間がいた。それなのに先生はそれを全く気にもとめない。そして凶行に及んでいる人間は皆瞳孔が開いていて、とても正気には見えなかった。移動時間に「愛する側」「愛される側」のことも調べたが、匿名掲示板で都市伝説のような扱いを受けているくらいしか情報は出てこなかった。他にもドラッグストアにも行ってみたが、店は閉まっていた。関係者の家も家の周りに取材陣が潜伏していて、とても話を聞けそうな状況ではなかった。今から最後に例の児童保護施設に行ってみるつもりだ。
学校からそう遠い距離でもなく、施設にはすぐにたどりついた。どういうわけか周りに取材陣は全くいない。不自然に静かな施設の入口へ進むと、受付には誰も人間はいなかった。事前情報が正しければここの先生をしていた人はもうアルツハイマー病が深刻に進行していて、今は病院にいるはずだ。しかし受け入れている人数的にも施設を閉じるわけにも行かず、今は外部の人間が世話をしているらしい。それでも内部を見てみたくて、私は呼び出しのベルを鳴らした。

「はーい」

出てきたのはなんだか活発そうな女性だった。

「げっ。もしかして取材ですか?大丈夫です間に合ってますよ。そのへんの話私は一切聞かされてないのでわかりません!」

ちゃんと対応をわかっていそうな子だな。せめて子どもと話すだけでもと食い下がっていると、奥から男の子が一人出てきた。

「先生、僕が話してあげよっか?」
「いやいいよ。晩御飯の準備してな?」
「はーい。」

僕は、ちらっと見えた男の子の違和感を見逃さなかった。

「腕に傷があったって?嫌だな、違いますよ。あれはあの子が昨日ころんだときにできた傷です。」

「私はちゃんとここの子達には「愛」を持って接していますから。心配ご無用です。」

そういう彼女の目は、なんだか恍惚としているように見えた。
帰り際、この施設はやっぱり怪しいと思って外側からぐるっと窓を覗いて回った。すると一つだけ、カーテンが閉じられている部屋があった。今回の取材は一泊二日の予定だったから、明日はこの部屋を張ってみようと決め、この日はホテルへ戻ることにした。
次の日の朝、ホテルの朝食バイキングで食べるものを選んでいると、なんだかやつれた男が話しかけてきた。

「おいお前、昨日この辺のこと聞いて回ってただろ。いや、怪しい者じゃない。ただお前、あの児童保護施設に目つけただろ、だから忠告に来たんだ。」

二人で同じ席について、朝食を取り始める。相手さんはなにも取っていないようだった。

「お前、この町で育ってない外部の人間がここに長く滞在するとどうなるか、知ってるか?」 

当然知らなかった。

「狂っちまうんだよ。頭のネジが外れちまう。この町には愛だのなんだの言ってる人間がいっぱいいるだろ?あんな風になっちまうんだ。現に、俺も今幻覚が見えるようになっちまったんだ。昔の友達の幻覚がな。あいつ、俺の事恨んでやがるよ。そんでだ。あの保護施設は特にやばい。昨日まで俺と一緒に来てた同僚があそこを張り込んでたんだけどよ。今日の朝会ったらもうあいつとっくにおかしくなってやがった。兄ちゃんもあそこ行くなら気をつけなよ。」

ため息をつく男性に深く礼をした。

「ああ、いいってことよ。俺はもう帰る。三日この町に滞在しただけだぜ。こんなことになるなんて思ってもみなかった。」

彼はフラフラとした足取りでホテルをあとにした。
ならば、私もさっさとこんな場所から離れないと。彼のように幻覚が見えてきてしまったら取り返しがつかない。食事はもう残して、さっさと準備をしてホテルを出た。最悪だ。この場所に長くいたら狂ってしまうなんて、どのニュースにも載ってなかった。狂うなんて絶対に御免だ。私は人間の理性を第一に尊重しているんだぞ。狂気に飲まれて理性を失うなんて絶対に有り得てはいけない。駅に向かいながらスマホで帰りの電車の時刻を調べていると、例の保護施設の横を通った。あの施設も今となっては興味より恐怖が勝ってしまっている。さっさと横切ろうとすると、ふと昨日閉まっていた部屋のカーテンが開いている事に気がついた。その瞬間だけは恐怖を好奇心が上回ってしまって、遠目で中を少し覗いた。それは、見ただけでもこの地を去るのに十分な理由になった。そそくさとその場を離れ、駅に向かう。今日一日はここにいるつもりだったから新幹線の時間までまだまだあるが、まあ電車で行ける範囲でブラブラしておこう。電車に乗り込み、一息ついた。これでこの街から離れられる。窓から圦河町の景色が見えた。今こうして改めて見てみると、なんともおどろおどろしい雰囲気だ。少し怖くなって、スマホに視線を落とした。Xを開くと、今朝のトレンドが目に入る。それを見た瞬間、体が固まった。
トレンドの名前は「圦河町」。
すごく、嫌な予感がした。

2,敗走
トレンドの内容は、圦河町から帰ってきた記者がみんな奇行に走っているというものだった。あるものは自殺を、またあるものは強姦を、まるで理性が失われたような動きをするのだと言う。背筋が冷えた。私はまだ、思考に極端な変化など起きていない。冷静、至って冷静だ。幻覚だって見えていない。そもそも私がこの町にいたのなんてせいぜい一日も経っていないだろう。あの男は三日滞在したと言っていた。忠告に従ってさっさと帰ることにしたわけだし。でももし、万が一...
そんなわけないそんなわけないそんなわけがない。私はただ個人的な趣味で取材に来ていただけだ。決して一部の過激な記者のように強硬手段を使ってそこで得た情報をメディアに流したりしていない。張り込みだって結局やっていないじゃないか。あの町に危害を加えようなど微塵も思っていないんだ。だからきっと、大丈夫なはずだ。いろいろなことに思考を巡らせていると、電車が止まった。知らないうちに終点まで来ていたのだろう。この辺は都市部に当たる駅なためか、結構な人数で賑わっている。人が多くいると言うだけだが、少しホッとした気がした。が、結局私の焦燥は止まらない。体になにか異変がないか探し回り、ネットで少しずつ現れ始めた圦河町に行った者の特徴的な症状もできるだけ確認した。結果として該当する症状は見当たらなかったが、怖い。私も自分の意志が乗っ取られて本能のままに動くようになってしまうのだろうか。このまま画像に写っている記者たちのように狂ってしまえば、家族とまともに会うことができなくなってしまう。もうダメだ、待っていられない。今すぐ乗れる新幹線のチケットを買おう。少しでも早く家に近づかないと手遅れになってしまうような気がした。そうして新幹線が出発する時間まで待った。指定していた席に座ると、安心してか眠気がどっと襲ってきた。目的地まではまだまだある。今日はいろんなことをやって疲れたし、ここは一旦疲れに身を任せてもいいだろう。私はそのまま、睡魔に身を任せた。

睡眠中は、脳が記憶を整理する時間だと言われている。では例えばなにか外部の要因でその機能が狂って、記憶の整理の方法を間違ったとしたら?例えばそれが、人格の形成を狂わせてしまったとしたら?最も、こんな話は私達には関係がない。なぜなら私たちには、脳に介入するような外部の要因など起こり得ないからだ。だからこんな話はなんの意味もない。そう。私達には関係のない話だ。

次に起きた時、私はひどく頭を痛めていた。新幹線の揺れによる痛みではない。頭の内側から侵食してくるような痛みだ。新幹線から電車に乗り換え、一息つける。あとはもういつも知った通りの道だ。もうなにも考えなくてもいい。
気づいたら私は、自宅の前にいた。道中返ってくるまでの記憶はあったが、ほぼ無意識で帰路についていたらしい。家のドアを開けると、心配した様子の妻と無邪気な我が子が待っててくれていた。ああ、無事に何事もなく帰ってこれた。それだけでもう、胸がいっぱいだった。もう体も動かない。

「お父さん、お土産は?お土産は?」
ああ、そうだ。せっかく遠出をしたんだから土産話の一つでもしてやらないとな。

「じゃあ、宗教ごっこって遊びのことを教えてあげよう。」

#創作大賞2024 #ホラー小説部門

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