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ご褒美 (短編小説)

「すみませーん」
 わたしはいつものように赤羽の駅前で終電が終わった後、駅前広場でぶらぶらしている女性に声をかけた。
 銀縁の横長眼鏡に黒いスーツ、大きめの黒いハンドバッグ。髪はやや茶色に染めていて、肩までのボブヘア。年はだいたい三十前後といったところだろうか。
「はい?」
 後ろを振り返った女性の顔にわたしはカメラを向ける。
「家ついてっていいですかって番組の収録をしてるんですけど」
 すると、いつものように女性の表情が変わった。
「あー、あれですか。テレ〇でやってるやつ」
「そうです。家までのタクシー代お支払いしますんで、家の中とか取材させてもらえませんか?」
「えー、でも散らかってるしなぁ」
「いえ、ちょっとだけで構いませんので」
 押せばいけそうな感じだ。
「家の周辺とか分からないようモザイクかけますんで。あとダメなところは言っていただければ編集でカットするので大丈夫です」
「えー、ほんとですか」
「もちろんです。とりあえず撮るだけ撮らせていただいて、やっぱりってなったらオンエアしないっていうのも、ぶっちゃけアリなんで」
「そうなんですね。あ、じゃあ」
「ありがとうございます。ちなみにおうちってどこですか?」
「大宮です。京浜の終電乗り逃しちゃって」
「お一人暮らしですよね?」
「いえ、実家です。両親と妹と一緒に住んでます」
 そんな感じはした。でも、それだとこっちの都合が悪い。
「あぁ、じゃあ、そういう方用のルームスタジオありますんで、そこにしましょうか」
 女性の眉間に皴が寄る。
「え、なんですか、それ?」
「ですから、そういう一人暮らしっていうテイで、そこでお話をうかがうっていう……」
「え、でもそこわたしの家じゃないんですよね」
「ええ、ルームスタジオです。お風呂とかトイレもついてますし、冷蔵庫とか洗濯物とか干してあったりするので、雰囲気はばっちりです」
「じゃあ、そこでわたしが住んでるふりをして話をするってことですか?」
「ええ、ここから近いですし、全然明日とかまで居られるし、飲み物とかお菓子とかも全然食べちゃってOKなんで」
 表情がどんどん曇っていく。
「え……、あやしくないですか? ちょっと友達近くに住んでるんで、そっち連絡してみます」
 こんなところで引き下がれない。
「そのお友達のところに行かれるんですか?」
「ラインしてみてたぶん大丈夫なんで、そっち行くのでもう大丈夫です」
「じゃあ、そのお友達のところまでタクシー代お支払いしますので、家ついていってもいいですか?」
「いえ、その子そういうのダメな子だし、もうすぐ歩いていける距離なんで大丈夫です」
 両手を胸の前でひらひらさせ、女性は一歩ずつ後退りしていっていた。
「じゃあ、そこまでお送りしますよ。もうこんな時間だし、女の子の一人じゃ危ないんで」
「いや、だいじょうぶ、だいじょうぶ。馴れてるんで大丈夫でーす」
 そう言い残して女性は駅の方に去っていった。
 ちっ、くそ!
 せっかくご褒美をあげようと思っていたのに。
 

[了]
 


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