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ytksato
好きに理由はいらない。情緒でわかりあえる人といたい。
恋人でも、夫婦でも、友達でも、一緒にいるのに理由が必要なのであれば、いつか一緒にいることはできなくなるように感じます。
好きだから、嫌いだから、という理由は感情的な理由です。
感情は変化します。
変化してしまうものなので、一緒にいる理由が好きとか嫌いという感情である場合、突然一緒にいる理由がわからなくなったりします。
これ、過去に何度か経験があります。
好きだから一緒にいたとしたら、好きじゃなくなった時に一緒にいる理由がなくなる。
一緒にいる理由がなくなり、理由を探さなければいけなくなる。
こうなってしまうと、その関係は一気に論理的になってしまいます。
論理的な関係がダメとは言えません。
考えないとだめな関係って疲れませんか?
損得の場合も同じ。
この人といれば得だから一緒にいる、っていうのも論理的な理由です。
なんで一緒にいるのかわからない、わからないけど気分がいい、という関係が長続きする幸せな関係であると感じます。
相手が子供だろうと大人だろうと男だろうと女だろうと。
なんでも「わかろう」としなくていいのかなって思うのです。
一人でいることも同様ですよね。
理由はないけど、わからないけど、一人がいい、ということだってありえます。
なんでも理解できなくていい。
すべての理由が見つからなくていい。
そんなふうに、思います。
人は情緒でわかり合えるから。
言葉でわかるのはあとでいいし、言葉でわからなくても、わかり合えるのが情緒だと思います。
そういう人と一緒にいたいと思うし、そういうものに触れていたいです。
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