浦島氏の危険な読書
浦島は海辺で小説を読んでいる。
時折ページから目を上げ遠くの水平線を眺める。
どこからか数人の若者が現れる。
そして次々に大量の本を積み上げていく。
浦島はじっとその様子を伺っている。
彼にしてもこれから何が始まろうとしているのかは分からない。
するとある若者がマッチを擦り、
無数に積まれた本の上にそれをかざした。
本を燃やすつもりなのだ。
浦島は静かに立ち上がり、
若者たちの輪に近づいた。
「いまどき焚書なんて流行らないんじゃないか?この本達は私が預かろう」
そう言うと若者たちは顔を見合わせたが、
やがて勝手にしろと言ってどこかへ行ってしまった。
浦島は本達のそばに腰を下ろし、
ページをペラペラとめくり始める。
何ページ読んだかは分からない。
気がつくと女性が横に立っていた。
「私の本達を助けて頂いてありがとうございます。貴方を素敵な場所に招待したいのですが一緒に行きませんか?」
「これは貴女の本でしたか。数ページ読ませてもらいましたが何だか不思議な魅力がありますね。この本達も一緒に連れていっていいのなら」
女性は微笑みながら頷き浦島の手をとる。そして、そのまま海の奥へ少しづつ進んでいった。
浦島は海面に潜っていくのと同時に白昼夢を見ているような感覚に襲われる。
少しづつ少しづつ海の底に引っ張られていることを感じる。引っ張られるにつれてあたりは明るくなっていく。そして感覚はどんどんと研ぎ澄まされて鋭敏になっていく。次第にこれまで考えもしなかった言葉の組み合わせが頭に浮かんで過去や最近の感情が新たに言語化され更新されていく。浦島は次第に恐怖に駆られる。私はそんなことは思ってない。もっと世の中のことを単純に理解してるんだ。そんなことを必要以上に見る必要はないんだ。そっとしておいてくれ。私をこれ以上混乱させないでくれ!
......目が覚めると竜宮城についていた。
竜宮城での生活は何不自由がなかった。
浦島はそこで燃やされそうになった女性の本を好きなだけ読んで過ごした。読み終えそうになると女性は新しい本を書いてくれたので常に新しい本を読めたが、一度読んだ本も何度読んでも飽きることがなく繰り返し読んだりして過ごした。
ある時、浦島は自分もこの女性のように本を書いてみたいという考えが浮かんだ。そしてその想いは頭から離れがたいものとなりついには女性に申し出た。
「私は貴女のように文章を綴りたくなってきました。しかし此処ではいささか題材に限りがある。私は人の世に戻りたいのだ」
女性は悲しそうな表情を見せたが、最初に会った時と同じように小さく頷いた。
「貴方の書いたもの、私も読みたい」
そういって玉手箱を浦島に手渡した。
浦島は玉手箱を脇に抱え竜宮城を後にした。
目が覚めると海辺にいて水平線を眺めていた。浦島はどことなく風景に対し違和感を感じている。世界がよそよそしい。私の身に何か起きたのだろうか?自分が正常ではない状態になっているのか。いや、それではそもそも正常な状態とはどんなものなのか。昔の私はどんな私だったのだろうか。今とは違うのだろうか。知らない方がいいこともある。私は知ってしまったのか。いや、そもそも知ってしまったことは私の中に本来あった考えなのだろうか。
足下に置いてある玉手箱を無造作に開ける。
そこには竜宮城で読んだ女性の書いた本が一冊入っているだけだった。
その本を手にとりページをパラパラとする。
浦島はその本を砂浜で焼いた。
「私は私の本を書かなくちゃならない」
そういって浦島は町に向かって歩いていった。
見慣れた町に戻ったはずだったが、浦島は、はじめて訪れた町だと思い込んでいる。
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