おすすめnote詩「たのしい暴力」
今回はこちらの詩の感想を勝手に書かせて頂きました。ありがとうございます。
「愛ほど歪んだ呪いはないよ」この詩を読みながら「呪術廻戦 0」に出てくる台詞を思い出してました。「ありがとう」も「ごめんね」も「好きだよ」も、誰がどういう場面で使うか、どういう背景があって、どういう気持ちで使うかによって全然、意味が変わってしまう。いや、意味は変わらない事もある、でも、受け手がどう感じているかによっても意味合いが全く異なってくる。もっとも普遍的な言葉であり、実はすごく曖昧模糊としている。
言葉のもつ力、受け手への影響力、そういうものを表現した作品だと読みました。
さて、詩の中での気づいた点です。
①独白形式
あらためてじっくり読むと、この詩は誰を対象にしているのでしょう。現実にnoteに詩を書いている作者とは別に「この詩を書いている人物」というものが設定されていると思います。その彼、あるいは彼女が書いたものを、我々noteを見てる読者が覗き見た、そういう設定だと思います。
三連目。「『好きだよ』は/いちばん尖った刃物だから/刺しがいがある・たくさん言っちゃう」のところの「言っちゃう」に感情の揺れがあると思います。言いたくない気持ちがあるのに言ってしまう、そういうことなのかもしれません。
②反復法、押韻
最終連。「好きだよ」を繰り返してます。正しいかどうか分かりませんが技術的に言うと「反復法」「押韻」になるのだと思います。これらの技法を使うことで、この最終連は印象深くなっているのだと思います。私としては、この反復により、「好きだよ」の純度の高さを感じます。そして何より最後に「君だけだよ」というダメ押しがあります。もし「好きだよ」が突き刺している行為であるのなら「君だけだよ」は突き刺した刃物を、そのまま強く押し込んでいる行為のように感じました。
「好きだよ」
普遍性があるものって何だか怖いですね。
今日のメモ ↓