[インタビュー] 数学者に女性が少ないのはなぜ?アカデミアで活躍する女性数学者・佐々田槙子 さんに聞く
1. はじめに
こんにちは。#YourChoiceProject ライターのSです。今回の記事では、「アカデミアで活躍する女性に話を聞いてみた」というテーマで、数学者の佐々田槙子さんにインタビューを行います。
佐々田さんは現在、東京大学大学院数理科学研究科の教授として、2人の子供を育てながら、確率論を専門に研究しています。また、「数学者に女性が少ない」という問題意識のもと、『数理女子』というWebメディアの運営や、『おいでmath談話会』の立ち上げなどの活動も行なっています。
アカデミアの世界で佐々田さんが感じたジェンダーギャップや、『数理女子』『おいでmath談話会』での活躍を語っていただきました。
目次
はじめに
数学者になるまで
海外での活動、出産を通じて感じた日本と海外のジェンダー意識の違い
佐々田さんの活動『数理女子』『おいでmath談話会』について
女性数学者を増やすには・・・
まとめ
2. 数学者になるまで
佐々田さんは女子学院から東京大学理科一類に合格し、数学科へ進学。修士、博士号を東京大学で取得後に、2011年に慶應義塾大学に助教として就職しました。結婚、出産を経て2015年から東京大学に移り、現在は確率論を研究しています。
ーー数学者を目指そうと思ったのはなぜですか?また、数学者になるまでにどのようなことがありましたか?
中高の頃から数学が好きで、大学でも数学をやりたいとなんとなく思っていたんですが、数学科に入る心理的ハードルは高かったです。きっと周りは数学ができる人だらけで、女性は1人だけだろうなと思っていたので。そういう不安を抱えながら数学科に入りました。入ったら女子はやっぱり1人で、3、4年生の間は友達も全然できませんでした。話す人は1〜2人いても仲良くなっている感じではなくて、厳しい環境だなと。でも数学の勉強は楽しかったです。
修士になると外部からも人が入ってきて、もともと中にいた人たちも含めて、いつも遊ぶメンバーができました。それまでと比べて格段に過ごしやすくなりました。なので、女性が何人いるかというよりは、男女問わず友達ができるかどうかが問題なのかもしれません。とはいえ、3、4年生のとき女子が1人でもいればだいぶ良かったとも思います。女子が2人で話しているところに男子たちが入るのと、女子が1人ポツンといるだけのところに男子たちが話かけるのではやっぱり前者がハードルが低いですよね。
ーー数学科に女性が少ないのはなぜなんでしょう?
私自身も子育てをしていて感じるのですが、小さい頃から折に触れて「やっぱり女の子、男の子だね」といったことを気軽に大人が言ってしまうんですね。例えば、女の子が可愛い服を手に取ったり、男の子が少しやんちゃをしたりしたときとか、本当に些細なことですね。そんな言葉を聞いてるうちに、大人たちのジェンダー観みたいなのが少しずつ子どもにも入ってきてしまう。あるいはマスコミからの情報とかもですね。だから、例えば本人が「私は数学が得意かも」と感じても、大人から「女の子だからやっぱり英語が得意だね」とか言われると「やっぱり私は英語が得意なんだ」と思ってしまう。ひどい場合には「女子が数学なんてやるものではない」とバッサリ言ってしまう人もいるという話は残念ながら聞きます。
あとは、男子と女子の興味の偏りが原因にあるみたいなことも言われますね。例えば、電車とかは男子が興味を惹かれやすい、これもバイアスの一種かもしれませんが、そういう傾向があったと仮定すると、電車を授業の題材に選ぶと興味を持ちやすいのは男子です。そういった色々な要因で高校のときに数学が好きっていう女子はあまりいなかったのかなと。
私の場合は、高校が女子学院だったんですけど、「数学が好き」と言ったらむしろいい意味で「変わってるね」と肯定的に受け入れられる、個性を大事にするような校風だったので、自分から「数学が好き」と周囲に伝えていました。両親の反対とかもなくて、むしろ母親は「時代が違えば私も理系に進みたかった」と言ってました。親や周りからの反対がなかったというのはとてもありがたかったです。
3. 出産で感じた日本と海外のジェンダー意識の違い
数学者として海外での経験も多い佐々田さんが、海外と日本の差異について語ってくれました。
ーー学生の頃、スイスのチューリッヒに行かれたとのことですが、日本との違いを感じたことはありますか?
学生の頃、スイスのチューリッヒという街に行きました。山が綺麗な街で、そこの研究室には色々な人がいましたね。出身国も性別もバラバラな人たちがワイワイしている感じで、いきなり入ってきた新しい人でも溶け込めるオープンな場所でした。男性の研究者2人に山登りに誘われて3人で行ったり、皆で地元の体育館でバドミントンしたり、思い返すと果敢だったなと(笑)。多様性ってこんな感じなんだなって思いました。あんまりお互いを気にしないというか。それと、いい意味で「女性」という括りでは見られていない感じがしました。本当にただの人として、男女同じように接している人が多かった印象でした。
日本との違いというわけではありませんが、初めての海外での一人暮らしは冒険でした。最初にチューリッヒの空港に着いて、どの交通機関に乗ればいいかもわからなくて迷ったり、洗濯料理も大変だったり、苦労も多かったですが面白くもありましたね。
ーーアメリカでお子さんを出産されたとのことですが、何か日本との違いは感じましたか?
夫のアメリカ出向を機に、私もニューヨークで研究しようと思って東大の海外長期研究支援のプログラムに応募したら通って、家族全員でアメリカに2年弱滞在しました。
アメリカで第2子を産んだのですが、無痛分娩がとても良かったです。日本だと「え、無痛なの?」みたいな空気がまだあると思うんですが、アメリカではむしろ無痛分娩が当たり前で、無痛じゃないと「宗教的な理由?」と聞かれるという感じです。そういうことで第2子は無痛分娩にしてみたんですが本当に楽でした。1人目を産んだときは痛みで死んでしまうのではないかと思ったんですが。あと、産んだのがまさにコロナのパンデミックのときだったのですが、その時期は日本だと出産しても父親は立ち会えなかったんですけど、アメリカだとすぐに、立ち会いは父親の権利だ!って市民が訴えを起こし始めました。ニューヨークだと、パンデミックが2020年3月からだったんですが、私が産んだ5月にはもう立ち会い出産OKになってましたね。人の行動も社会も、変わるのが日本に比べて本当に速いと感じました。
4. 佐々田さんの活動「数理女子」「おいでmath談話会」について
ここでは、佐々田さん自身の活動に焦点を当てていきたいと思います。ここでは佐々田さんの多くの活動の中から2つ、Webメディア『数理女子』と『おいでmath 談話会』について語っていただきました。まずは『数理女子』についてです。
ーーなぜ『数理女子』の活動を始められたのですか?
始まりは2013年で、慶應義塾大学理工学部の坂内健一先生と雑談していて、「どうすれば数学分野の女性が増えますかね?」という話題になりました。そこで私が考えていたこととして、以下のようなことを話したんです。
『男子校で数学科に何人も進学する学校だと、先輩や同級生と数学科ってこんな場所だよみたいな話を結構すると思うんですけど、私は女子校出身で、数学が好きな友達があまりいなくて、数学の話をする機会も入ってくる情報も少なかったです。だから、Webでまとまった情報の発信、例えば動画や記事があればいいのかなと思います。女子学生に向けてのものというメッセージ性も含めて出せればいいと思います』
そしたらなんと坂内先生、その翌日にはWebページ作ってくれたんですよ(笑)。とりあえず作ってみましたって。すごいですよね。坂内先生はもともと課題意識があったそうで、すぐに行動したそうです。
とはいえ、当時のページはほぼリンク集みたいなものでした。今の形になったのは、私が東京大学にうつってからです。女性研究者支援の予算の一部を使わせていただけることになったので、『数理女子』のページをプロのデザイナーに依頼して作ってもらおうという話になって、今の形になりました。現在も継続的に少しずつ、新しい記事の執筆を依頼して寄稿いただいています。
ーー『おいでmath座談会』について教えてください。
ジェンダーだけではなく、色々な数学界の話題について話せる場所です。前半1時間で数学の話を、後半1時間で講演者自身の考える数学界の課題や関心のある話題等について話してもらってから、参加者たちでグループディスカッションをするという会で、月1回オンラインでやっています。始めた当時はコロナ禍で人と話す機会が減っているということがあり、分野や大学の垣根を超えた数学関係者の交流の場として談話会的なものがあれば良いなと思って始めました。同時に数学界の課題について話せる機会も作りたいなと。
『数学界の課題を話し合う会』として人を集めても、それに興味ある人しか来ないんですよね。だけど、数学の内容について素晴らしい話が聞ける企画の中の、その一部としてやれば、皆さん参加してくれるし、「色々なことが話せてよかった」という感想もいっぱいいただいています。私自身にも、貴重な出会いや新しい気づきがたくさんありました。
企画を立ち上げたメンバーは私含めて5人だったんですけど、エコーチェンバーになるというか、メンバーが固定化してそこだけで話し合う会になるというのは避けたかったので、あえて1〜2年で世話人を変えるスタイルでいこうとなりました。私も今は世話人ではなく一参加者ですが、毎回新しい視点や考え方を聞くことができて、前半も後半もとても勉強になりますね。
5.女性数学者を増やすには?
前提として、日本の数学者のうち女性の占める割合は近年やや減っています。佐々田さんと坂内さんが2019年に出したレポート「日本の数学界における男女共同参画の現状と提案」は多くの反響を呼びました。これについても話を聞けました。
ーーこのレポートについて教えてください。
経緯としては、『Women of Mathematics | A Gallery of Portraits』というまずヨーロッパ発の企画がありました。世界中で多様な女性数学者の写真とインタビューの展示を行う企画で、写真もどんどん増えているし、それをきっかけに講演会なども世界各地で行われています。この展示を日本でも開催しようということになって、1回目は日本数学会の会場でやったんですけど、次にEU大使館でやろうという話になって、EU大使や著名な数学者の方々も来てくださることになりました。この機会に日本数学者の女性割合の低さを取り上げようと思って、そのときに何か議論の土台となるデータになるものが欲しいというのが始まりでした。
当時、日本だと「女性は数学が好きじゃない」と平気で言ってしまう人もいたんですね。でも、データを見ることによって、それがバイアスだということがわかります。例えば、韓国は日本より数学分野の博士課程の女性はずっと多いですし、中国でもここにはデータ載ってないですけど、知り合いに聞いてみると日本よりずっと多いみたいです。世界各国と比べて、日本の数学分野の女性割合の低さは突出しています。特にショックだったのが、2004年から2019年で比較すると、日本の数学科の博士課程の学生のうち女性の割合は減ってしまっていることです。日本数学会の賞の受賞者の割合も減っていますね。数学会の各分野での招待講演者の割合も、すべての分野で女性の会員割合より少ないという状況でした。これは何かおかしいことが起きている、つまり女性だからという理由で機会が得にくいということになっているのだと思いました。日本数学会の委員の男女比を見ても、男女共同参画以外は大きな差がありました。
ーー女性の数学者を増やすためにはどのような活動が有効だと考えますか?
大学進学のときも重要なんですけど、学部生のときにもしっかりとアプローチをかけるのが大事だと考えています。坂内さんが発表した『包摂的な教育研究環境の構築と人材育成に向けて』という資料のデータとその考察を見たときから、特にそう思うようになりました。
こうした経緯があり、2024年9月、全国の色々な大学から数理情報系の女子学生を対象に、『数理情報系女子学部生サマーキャンプ』が開催されました。私は当日は参加できなかったのですが、企画段階で少し関わらせていただきました。女性の研究者、社会人、大学院生によるキャリア講演、パネルディスカッションなどの様々な企画が行われました。詳細はレポート『数理情報系女子学部生サマーキャンプ 2024実施レポート』にまとまっています。
女性が研究者になる上で、周りに女性の友達がいないという状況になりがちなので、このような場所で、友達やメンターなどの知り合いを作ってもらうことはとても大切だと思っています。レポートの最後の方に書かれているように、参加した女子学部生の進学やキャリアに対する意識に大きな変化をもたらすことができ、大きな効果があったと実感しています。
研究者になってからも女性の知り合いがいるかは重要です。私には仲のいい女性の数学者がいるんですが、2人とも同じ時期に妊娠したんですよね。そのときは初めてのことばかり起こるので、2人で相談しあってました。講演依頼を受けたものの、直前で悪阻で気持ち悪くなったらどうしようとか……。産休に入るときは、代わりの先生を探してくださいと言われてしまって、そんなコネクションもないし、「産休に入るので代わってほしい」と言えるような人もいなくて、困ってしまいましたね。今は、その友人と共に、同じ状況で困っている方がいたら相談にのりますよ、と声をかけたりしています。結局困った時や迷った時などに相談できる仲間や先輩がいるかどうかというのが大事ですね。
6. まとめ
佐々田さんのお話は、ロールモデルの1つとしても、格差是正に活躍する1人としても、とても参考になるものばかりでした。
個人的に印象に残ったことは、『数理女子』を立ち上げるために真っ先に動いた慶應の坂内健一教授が男性だったという点です。これは自分の意見ですが、格差是正に積極的に動くべきは、本来はマイノリティ側ではなくマジョリティ側の人間だと思います。格差是正は、マイノリティ、マジョリティ関係なく、全ての人にさまざまな恩恵をもたらすはずです。全ての人が開かれた選択肢を持てるような社会を目指していきたいですね。
今回紹介された、数理女子は現在も更新され続けているので、ぜひ覗いてみてください。