[スペシャル鼎談] 俳優 岸井ゆきの×写真家 向後真孝×映画監督 内山拓也 映画『若き見知らぬ者たち』俳優と写真家、双方の目線で語る「劇中写真」
写真家・向後真孝と、監督・内山拓也による対談に、取材を終えたばかりの岸井ゆきのが急きょ参加。被写体、そして俳優の目線で「劇中写真」について語り合いました。
演技の余韻を失わないまま、カメラを見てくれた
岸井ゆきの(以下、岸井)
さきほど内山さんと対談したんですが、もうちょっとお話したくなったので、こちらにもお邪魔させてください。Instagram見ていますが、すごいですよね。なんて言うのかな、向後さんの写真って、ちゃんと劇中というか。
内山拓也(以下、内山)
そうなんです。
向後真孝(以下、向後)
岸井さんの撮影でとても印象に残っているのが、病院で撮った写真です。あのシーンは岸井さんを中心に、役者さんたちは繊細な心情表現を求められるところだったと思います。故に、映画の現場でありながらやり直しがきかない、そんな空気感もあり、カットがかかったら鮮度を失わないうちに撮らなければ、と待機していました。
岸井
はい、覚えています。
向後
本番が終わって歩み寄り、レンズを向けると、岸井さんが瞬時に意を汲んで、すっと入ってきてくれました。感覚で受け止めてくれたというか、その時の日向のまま、カメラを見てくれた。言葉にせずともチューニングが合う感じ。刹那のセッションでした。
岸井
その時に、なにを考えていたのかまでは覚えていないですけれど、でもなんか……私たちは俳優部で、支度部屋で準備して、テストがあって本番。それってすごいありがたいことだと思うんです。映画のスチールって、いつ撮ればいいんだろうと思ってしまいますよね。
内山
「若き」ではテストをしませんでしたが、通常の撮影現場でいうと段取りやテストの時が撮影のタイミングだったりします。あとは本番が終わった後のわずかな時間。それでもカシャっと音が出るから、段取りやテストの時もシーンやタイミングによってはフィルムはなかなか切れなかったりもします。
向後
岸井さんには助けてもらいました。限られた中で日向を撮らせてもらって、あとから見てみると同じ表情の写真が1枚もない。僕はシャッターを押すだけでした。岸井さんは意図していろんな引き出しを披露しているのではなく、きっと無意識に役のままでその場に居てくれました。これは容易なことではないと思います。
撮ってくれている、捉えてくれてるっていう感覚
内山
岸井さんに聞いてみたいことがあって。そもそも被写体になることが僕たちは限りなく少ない。俳優さんが映画のスチールを撮られるときって、どんな心持ちなのかが気になっていて。
岸井
うーん。タイミングっていうのは、すごい大事かも。連写のシャッター音がドゥルルルルってなるときは、役者の心情として、今かぁって思う状況もあるかもしれないので。でも、先のことを考えると、そもそも映画はたくさんの人に観て欲しくてつくっているので、できる限りのことをしたいって思います。
向後さんは、必要だから今を撮ってくれているという感覚がありましたし、それが必ずいいものになると思えました。その瞬間でしかできない顔を撮ってもらってありがたいと思います。後からこの顔してくださいとか、日向の気分でお願いします、なんて言われても、絶対できない。
内山
日向の写真は、目が本物なんですよね。演じている時間の延長線上だとしても、それを持続させることは、誰しもが出来ることではないと思います。
向後
なにかが噛み合って撮れた、と感じる写真がありますよね。
演出する側とされる側、そして瞬間を収める側のプロセス
岸井
ほかのみなさんの撮影はどうでしたか?
向後
役者さんとの向き合い方は最後まで難しかったです。それぞれ役どころも違いますし、ひとりひとりに感じるものがありました。主演の磯村さんは彩人でしかなかった。常に青い闘志のようなものをたぎらせている印象でした。クランクアップした直後に写真を撮った時に初めて”磯村勇斗”としての表情を見せてくれて、同一人物に見えないくらい。福山さんは、センシティブというかカメラを向けることに抵抗があった。応じてくれてはいたけれど、お互いにとって快適な時間ではなかったと思います。
岸井
そうだったんですか。
内山
本人が撮影を終えた後に僕に打ち明けてくれましたが、一年をかけて日々の過ごし方が変わり、食事が変わり、生活をそのものが一変し、元の福山翔大を忘れた、と言っていたようにゼロから作り上げてきた役を、簡単には撮らせないぞ、という想いだったそうです。カメラマンにスチールを撮ってもらうことって、ある種、心をオープンにしていく作業。でも、そういう顔や態度を見せてしまうことは壮平としては出来なくて、壮平ではない嘘の写真が撮られてしまうと。
向後
物理的には撮らせてくれるのだけれど、心がこちらを真っ直ぐ見ていない感覚でした。きっと彼が意図的にそうしていた部分もあっただろうし、内山さんの言うように彼自身の中にも葛藤があったのだろうな、と。
内山
でもそこから生まれていったセッションもあったはずです。福山くんが言ってたのは、それでも逃さないぞ、とただ追いかけてくるんじゃなくて、総合格闘家である壮平に対して、練習をしながら過ごす日々の生活の時間、試合が近づいてきて減量を追い込んでく時間、試合前の計量、そして試合当日、とそれぞれの心情に寄り添いながら、ここぞというタイミングを考えながら表情や肉体を捉えようとしている姿勢を肌で感じたから。一見すると壁をつくっているように見えたとしても、ある時から心は裸の状態だったと。二人にしかわからない、二人だけの距離感があったと思います。
向後
後にその話を本人から聞いて、安堵と理解からなのか涙が止まらなかった。いい大人の年齢だけど、仕事でこんなに本気で人と向き合って泣けるなんて、なんて素晴らしい時間なんだろう、と。これは映画現場で写真を撮るようになってから、折に触れて思うことです。
内山
撮影現場は生もので、毎回違うので正解があるわけではないですが、スチールを撮影していた時間のことを思い返すと、関係性の築き方が良かったのかもしれません。演出する側とされる側、そして、瞬間を収める側。その三者が、それぞれの立場を担いながらどういう過程を踏めば目指すべき写真を残せるのかを考える時間だったのかなって。被写体だけじゃなくて、その目に見えない空気に対してもシャッターを切ってもらえたと思っています。
岸井
俳優部としては映画をたくさんの人に届けるために、できる限りのことはしたいと思っていますが、難しいこともある。それなのに、こんな素晴らしいinstagramができるなんて、もう本当に驚いてますし、こんなに捉えてくれていたんだ、っていう喜びを感じています。公開までの毎日が楽しみです。
取材・編集 峰典子
撮影 向後真孝
■映画『若き見知らぬ者たち』2024年10月11日(金)新宿ピカデリー他で全国公開
オフィシャルサイト:http://youngstrangers.jp
映画公式note:https://note.com/youngstrangers
映画公式X(旧Twitter):https://twitter.com/youngstrangers
映画公式Instagram:https://www.instagram.com/youngstrangers_movie/
原案・脚本・監督:内山拓也
出演:磯村勇斗、岸井ゆきの、福山翔大 他
製作:「若き見知らぬ者たち」製作委員会
企画・製作:カラーバード
企画協力:ハッチ
配給:クロックワークス
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