サウナ徒然草〜葛の湯と大人動物園〜
横浜市泉区。
矢口真里と板野友美を生んだ街。
その街を人々はただただ通り過ぎる。
藤沢から横浜の中心部へ。
そんな私もその1人だった。
長く続く長後街道の直線をひたすらに走っては横浜市営地下鉄の立場駅、中田駅、踊場駅を通り過ぎ、矢沢交差点を左に曲がる。
そして国道1号線に乗り横浜中心部へと車を走らせる。
それは今もなお続く長年のルーチンだ。
そんな私はちょうど中田駅と踊場駅の中間に位置する「葛の湯」の看板が気になっていた。
その看板には「露天・サウナetc…37の各種風呂 湯あそびひろば葛の湯」と書いてあり、可愛い猫だか狸だか判別不可能なキャラクターが手招きをしていた。
長年通り過ぎるだけのその看板だったが、私はある日、何かに吸い込まれる様にその看板のある山神社入口を右折した。
住宅街を慎重に運転しては5分も経つと葛の湯に到着する。
葛の湯の敷地内には居酒屋やラーメン屋があり、駐車場はコンクリートではなく鉄板だった。
施設の階段を下ればコインランドリー、階段を上ればインコ達が出迎えてくれる。
心を踊らせながら入館した私は券売機でサウナ料金込みのロイヤルコース700円のチケットを買った。
葛の湯では男性奇数日がソルティーサウナの純和風「美都波の泉」、偶数日では高音サウナの西洋風「アフロスの泉」を楽しめる。
今日は偶数日だ。
受付のおばちゃんがロッカーキーとプラスチックの鍵をくれる。
服を脱ぎ明るい浴室に目を細めながら辺りを見渡すとシャンプーetcはなかった。
事前の下調べによるとロイヤルコースにはシャンプーetcがあるとのことだったが、この階の洗い場にはどうやらないようだ。
私はまるで上京したての若者の如く上を眺めては辺りをきょろきょろと見渡した。
常連のお爺さんは私に言った。
「下だよ下。シャンリンシャンは下にあるよ!!行ってきな。」
常連のお爺さんは私の腕に巻かれているロッカーキーとプラスチックの鍵を見て私がロイヤルな人間であることを見極めた様だ。
私は腕に巻かれているプラスチックの鍵を手に取り前方にある扉を目指した。
そしてプラスチックの鍵を鍵穴にはめ扉を開けると、そこには地下に続く階段があった。
私の気分はまるでRPG。
BGMはドラゴンクエスト「序曲」。
ここでのポイントはしっかりとBGMを単音にすることだ。
決して壮大に、ましてやオーケストラなどにしてはいけない。
あくまで単音で「序曲」を脳内で流そう。
リスペクトすぎやまこういち氏。
競馬好きの私にはすぎやまこういち氏のメロディーは身近だ。東京競馬場、中山競馬場のG1で流れるファンファーレも故すぎやまこういち氏による作品だ。
私はこのダンジョンへと続く階段を時に「序曲」を流し、時に「ファンファーレ」を流しながら盛大にゆっくりと階段を降り立った。
このBGMを脳内で流すか流さないかによって、高揚感が全然違うので賢明な読者の方々には上記の事項だけは忘れないで頂きたい。
2023年度の大学入学共通テストの必須問題だと専らの噂だ。
地下に辿り着くと、いつの間にゴーレムが仲間になっていた。
私はまず露天スペースにあるゲルマニウム温泉に浸かった。お湯の色は黄色い。
そこには泉温泉の温泉分析書と「20分の入浴でエアロビクス2時間のダイエット効果」という黙示録が掲示されていた。
「20分の入浴でエアロビクス2時間のダイエット効果」と謳うだけあり、サウナ前にはいささかヘビーな温泉だが私はその神の啓示を信じることにした。
その間には庭園のソテツに話しかけてみたり泉温泉の温泉分析書を眺め時間を潰したものだ。
分析書の掲示にはこう記されている。
中央温泉研究所
甘露寺泰雄
崇高な名前に思わず会釈をした。
サウナ前にも関わらず既に足元が覚束ない私は外気浴をしてからサウナへ向かう。
そして高温サウナ室の扉を開けた私の目の前には刺青の入った漢達だけがいた。
こんな未来は想像していなかった。
おおうっ。
完全に気を抜いていたぞ。
甘露寺泰雄大先生の名に感動している場合じゃなかった。
この日本では刺青のない私は圧倒的多数派である。
しかしどうだ、今このサウナ室の中には私含め7人の漢達がいる。
私はいま確実に少数派だ。
このサウナ室の中ではこの国のマジョリティとマイノリティの割合が確実に逆転していた。
私は空いていた上段に少し顔をこわばらせながら座ると下段の漢達の背中には獅子、虎、馬、麒麟が描かれていた。
これはまさに大人の動物園。
迫力がホントにホントにホントにホントにライオンだ。
近すぎちゃってどうしよう。
私は98℃のサウナ室の中で思わず。
「富士サファリパーク!!」と無意識に呟いては口を手で覆った。
その瞬間だ。
伝説上の動物である麒麟を背中に飼育する漢がそんな私に気付き顔を後ろに向けては上段の私に話かけてきた。
「兄ちゃんここは初めてか?ここは俺等みたいなもんの憩いの場なんだ。他の施設には入れないから知らないけどよ。兄ちゃんみたいな身体に何も飼ってない人間でも楽しめる様に俺らはマナーだけはきっちりしてんだ。だから兄ちゃんみたいな奴もまた来てくれる。それがまた嬉しかったりするんだよ。」
ここはやはり大人の動物園だった。
大人とは常に人の模範であるものだ。
漢達は無言でただただ汗を流しては険しい表情を浮かべながらサウナ室から出て行く。
私の緊張の糸はいつの間か切れ、目の前の動物達は気にならなくなっていた。
外気浴をしていても周りは刺青の入った漢達ばかりだったが、それがまた心地良かった。
そして時はチクタクと過ぎていく。
やっと現れた動物を飼っていない3人組。
彼らははしゃいでいた。
汗すらも流さずに水風呂に浸かっていた。
私は少しだけ時を巻き戻したかった。
あの頃は良かった。サウナ室には私と刺青の入った曲がったことが大嫌いな漢達だけ。
ピンと糸が張ったテンションと静寂だけが私を包むが、たまに新参者の私に配慮しては小声で話かけてくれた。
脱衣所では、また麒麟を背中に飼ったピクチャーパイセンが話かけてくれた。
どうやら感想が気になって仕方がない様だ。
「どうだった俺等のアンダーグラウンドは?」
私は言った。
「最初は少し緊張しましたが最高でした。規律がしっかりと保たれていて、程よい緊張感が気持ち良さを助長する様な初めての感覚でした。」
漢は言った。
「兄ちゃん良い目してるよ。純粋な目だ。自分自身で見た世界だけを信じろ。約束だぞ。また逢おうな。」
私は20代の頃カナダに住んでいた。
今思えば刺青の人達に囲まれた体験なんて、あの時以来だった。
でも今日出逢った人達はそれとは違った。
漢達はファッションで刺青を入れてはいない。その背中に人生を背負っていた。
覚悟が違う。私なんかでは到底太刀打ち出来ない漢達だ。
私はまたここに来るだろう。
その時は絶対にまた漢達とサウナを楽しみたい。
漢とは常に背中で語るものだ。
因みにだが私は葛の湯のことをKZNYと呼ぶことにした。
横浜の外れにあるKZNYはまるでNYのブロンクス。そうここは漢達が集まる葛ニューヨーク。
私は歌った。
ニューヨーク♪(入浴)
この歌はJay-Zが地元NYについて歌った全米No. 1ヒットソングEmpire state of mind。
私はこれからもKZNYというニューヨークでEmpire state of mindを歌い続けるだろう。
プロパガンダに惑わされるな。
そして、この国の借金にだけは絶対に騙されてはいけない。
私はKZNYで物事の本質を学んだのだ。
P.S
私は現在奇数日の塩サウナに夢中だ。
それについてはまたいつか書き記そうと思う。
One Love.