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故郷の空を見上げる

 「コゥコゥコゥ…」
 いつの間にか日が短くなっている。街灯も少ない薄暗い道でその鳴き声に顔を上げると、白い点達がV字型に連なり飛んでいく。

 私の故郷、新潟には、夏が終わり肌寒い日が続くようになると、遥か遠くシベリアから白鳥がやってくる。

 夕方になると気持ちも落ち込んでくるのは私だけだろうか。いや、今はそんなことはないが、高校生の頃の私はそうだった。
 日中は教室で授業を受け、放課後は部活動に励む。一夏を終えた夕方は日の沈みが早く、18時にはもう外は真っ暗だ。体育館の眩しいライトの下で何人もの仲間たちと時間を過ごしていた反動か、汗をかいて熱くなった肌にあたる空気の冷たさのせいか、この時期の帰り道は寂しさや孤独が胸に広がっていく。

 進路のこと。やりたいことってなんだろう。行きたい大学ってどこだろう。
 部活のこと。なんで自分は上手くならないんだろう。来週は練習試合だったっけ。
 友達のこと。なんか誤解されている気がするな。なんでああいう言い方しかできないんだろう。
 好きな人のこと。メールしてみようかな。なんか好きな人いるって言ってたな。
 家族のこと。朝、お母さんと喧嘩して出てきたんだった。まだ怒ってるかな。お父さん上手くフォローしてよ。

 色んな感情が綯い交ぜになって、肌寒くて薄暗い世界と一体になる感覚に包まれる。

 ぐるぐる考えながら自転車のペダルを漕いでいると、頭上から白鳥の鳴き声が聞こえてくる。「もうそんな季節なのか」「もう一年経ったのか」日常の様々なモヤモヤから少し思考が離れて、もっと広い視野で、もっと俯瞰的に一年に思いを馳せた。
 暗く広がる空に綺麗な白い羽を広げながら、エネルギーを温存するために最適な方法で、集団で協力して空を渡っていくその姿をボーッと見ていると
「なんかいろんな感情に飲み込まれそうになったけど、なんとかやっていけるし、なるようになるか〜。」
と心の緊張と翳りが少しずつ姿を消していく。

 大学進学を機に上京して、干支が一周した。
 12年前の10月から、白鳥たちを見ていない。今私が彼らを見上げる時には、どんな気持ちにさせてくれるのだろう。冬を越すために、生きるために場所を変える強さをわけてもらえるだろうか。

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