白い京都
ここは、京都のとある料亭の離れの一室。会長に呼び出された経理部長の私は、秘書課の京子と、この部屋にいる。上座には、会長の席が用意され、こちらの膳に、私たち二人が並んで座っている。
「会長は遅れて来られるそうだ。先にやってくれとのことなので、そろそろ、いただくことにしようか。」
誘いかけたが、京子は前を向いたままで、箸を取ろうとしない。
「それじゃ、はじめているよ。」
と、いいながら、私は、手酌で、まず一口、喉を潤した。
「かーっ、こういうところの酒はちがうね。京子くん。」
京子に、とっくりを差し向けるが、微動だにしない。
「京子くん、会長がベンチャーズをお好きなことは、知っているかね。」
と、話を向けると、
「はい、存じております。特に京都を歌った曲が好きだとおっしゃっていました。」
京子は、お堅い答弁で返してきた。
「そうだね。京都の恋、京都慕情、雨の御堂筋などの曲があるが、京子くん、私はね、京都の恋が好きなんだ。」
私は知ったかぶりして続けた。
「京都の恋には、『白い京都』という歌詞がでてくるのだが、白は雪ではないんだよ。『白い京都に雨が降る。』と歌っているんだ。雪じゃないよね。」
私は、刺身の皿に盛りつけられた切り身を、箸で少し横にずらし、剣(けん)を京子に見せた。
「京子くん、私は、お刺身の剣は全部いただくんだよ。きれいだろう、光が降り注いでいるようだ。刺身の剣の白は本当にきれいだ。でもね、剣は、こうして刺身を下から支えてるんだ。刺身は、白に支えられてるんだよ。」
といいながら、私はしょうゆにつけた剣を口の中に入れた。
「京都は、一般に黒のイメージが強いと思う。町屋の格子や寺院の門、瓦屋根、三十三間堂や清水寺も中に入ると黒の世界が広がっているね。黒は、緊縛の色だ。京都は、黒で縛り付けられている。」
一息ついて、
「京子くん、君は、白か黒か、どっちかね。」
突然の問いに、京子は思わず、聞き返した。
「何の話でございましょう。」
私は話を続けた。
「京子くん、私は、『白い京都』の白は、刺身の剣のように下支えする白だと思う。光の白は、自由の白、下支えする白なんだ。京都の街を歩いてみたまえ、石畳み、町屋の格子の下の白い土台、白い塀、寺院の白い庭。白は、街を支えているが、白によって、京都の街が、まるで、光に浮かんでいるようにさえ見えてくる。舞妓さんをみたまえ、黒い髪を、おしろいを塗った首が支えているし、きれいな振り袖も、白い足袋が支えている。『白い京都』の白は、こうした下支えする光のような白を言っているんだ。」
独演に近い感じで私はまくしたてた。
「京子くん、君は、白か黒か、どっちかね。」
ふたたびの問いに、京子は、戸惑った。
「どちらかとおっしゃいましても、なんとお答えすれば。」
私は、まだ、わからないのかといった感じで、
「自由の白か、緊縛の黒か、どちらが好きかと聞いているんだよ。」
と、問い直すと、しぶしぶ京子は、
「白が自由なら、白の方が好きでございます。」
と答えた。京子の顔をうかがいながら私は、
「だが、京子くん。白は黒を支えなければならない。わかっているね。」
と、念を押すように言うと、京子は、
「いったい何がおっしゃいたいのですか。」
と、逆に問い詰めてきた。
「京子くん、もう、ネタはあがってるんだよ。経理部長の私が、君の不正を見抜けないとでも思っているのかね。さあ、白状したまえ。」
迫らせた京子は、驚いたように、
「いったい何の話ですか。私が不正をしたとでもおっしゃるのですか。」
と、私の目を見ながら答えた。
「会長は、御存じだと思う。だから、今日、この席を設けて、君に白状させようと思われたに違いない。正直に告白すれば、罪は軽くなる。私を信じて、包み隠さず、すべてを言ってみたまえ。悪いようにしないから。」
私は、京子の目をじっと見つめた。
「部長、信じてください。私は、なにも。」
そう言う京子をさえぎって、
「京子くん、私にすべてをまかせなさい。悪いようにしないから、私を信じなさい。」
私は、だいぶ酔いがまわってきたようだ。
「京子くん、今日のパンティーの色は何色かね。」
突拍子もない問いに驚く京子に、続けて私は、
「下支えする白か、緊縛の黒かどちらかと聞いている。さあ、どうなんだね。」
と、畳みかけるようにいうと、京子は、席を立ちあがり逃げようとした。私は、腕をつかみ、
「白か黒か、はっきりさせようじゃないか。会長は、まだ来ない。さあ、こっちに来たまえ。」
といって、京子を抱きかかえ、上座の後ろのふすまを開けた。中は暗かったが、そこには、豪華な布団が並んで敷いてあった。明かりを付けると、会長が、舞妓の振り袖のような模様の半纏を羽織り、布団の上にあぐらをかいて座っていた。会長は、そのハゲ頭に、白いパンティーをかぶり、両手で押さえながら、私をにらみつけて言った。
「吉田君、京子くんは白だ。」
「おれの人生、お先真っ暗だ。」
(おわり)