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観覧車が見える。#原稿用紙二枚分の感覚

夏のある晴れた日、私たちは、丘の上の観覧車に乗った。木立の中から、空中自転車がこちらに向かってくる。ジェットコースターがゆっくりと昇っていく。木々に覆われた遊園地が、地図のように見えた。

「まぶしいね。」

と、娘が言う。

「まぶしいね。」

と、妻が返す。

私は、太陽と反対側の窓に目を向けた。

そこには、昭和の時代に建てれられた白い4階建てのアパートが、何列も規則正しく並んでいて、夏の日差しを全力で反射させていた。

「今度、あのアパートに引っ越すんだ。」

と、私が言うと、

「3階のあの部屋がいいわ。」

と、妻が指さす。娘は、妻の指先を目で追った。

太陽が、観覧車の影をアパートの列に映し出す。左カーブに孤を描く影。

私たちの乗ったゴンドラの影が、春から住むことになるだろう部屋の窓に差し掛かった時、娘が妻に向かって言った。

「カーテンがないと、中が見えちゃうね。」

春になった。

私たちは、観覧車から見えたアパートのあの部屋に引っ越した。

冷蔵庫やテレビ、大きな家具がしかるべき場所に収まった後、フロアーの上に積み重ねられた段ボールの中から、妻は、白いカーテンを引っ張り出してきた。

「カーテンを付けましょう。」

私と妻は、丸椅子に乗って、カーテンをレールに引っ掛けていった。下から、見上げる娘。

カーテンのすき間からは、平たい街と緑の丘が見えた。

新調したカーテンは、ちょうどいい大きさだ。

「ぴったしだね。」

と、娘が言う。

「ぴったしだね。」

と、妻が返す。

私が両手でカーテンを開くと、夕陽が部屋に差し込んできた。

三人でベランダへ。私と妻は、手すりに肘をかけ、娘は、両手で手すりをつかんで、あごをのせた。

丘の上に観覧車が見える。

止まったままの観覧車。

誰もいない観覧車。

「観覧車、また、乗りたいね。」

「そうだね。」

「乗ろうね。」

丘の上から吹いてきた風が、私たちの間をすり抜けて、カーテンを少し揺らした。

(おわり)

この記事は、「原稿用紙二枚分の感覚」に応募するものです。伊藤緑さん、素敵な企画をありがとうございます。


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