プール泥棒
ぼくは、吉田雄一郎、大学二年生、中学の同級生、山口哲也から誘われて、この夏、市営プールのアルバイト監視員をしている。ある日、プールの所長から、夜中にプールに侵入している者がいるから、正体を突き止めてほしいとの特命が言い渡された。
そこで、ぼくと山口は、今夜、市営プールが見える木立の中で、山口の軽自動車に乗って監視任務に当たることになった。
★
二人が、うとうとし始めた時、プール一面がすごい光に包まれた。光は夜空からプールに向かってまっすぐに降り注いでいた。
運転席を見ると、山口は気を失っていた。ぼくは、車を降りてプールに近づいた。玄関の朝顔が、朝と間違って咲いていた。
プールの中から、
「おーい、こっちに来て泳がないか。」
と、男の声が聞こえてきた。ぼくは、フェンスを乗り越えて、プールサイドに降り立った。
プールの中では、女性に手を引かれた女の子がバタ足をしていた。男は、プールサイドに手を掛けてこちらを見ていた。
「プールの公開時間は、終わってますよ。」
ぼくが近づくと、
男は、
「ほら、水なんて怖くないぞ。」
と、ぼくの腕を引っ張った。
「やめてください。」
じゃぼーん。
ぼくは、プールに落ちた。そのとたん、ぼくは水着姿になっていた。
「ひざを伸ばして、もっと真っ直ぐに、雄一郎。」
「え、お父さん・・・。」
ぼくは、お父さんに手を引かれていた。
「お兄ちゃんがんばって。」
妹の加奈だ。
★
「泳ぎ疲れたから、みんなで商店街にご飯でも食べに行こう。」
お父さんに連れられて、ぼくたちは商店街に着いた。すべてのお店のシャッターは降りていて、アーケードの照明も消えていた。商店街中、真っ暗だ。
「さて、この店だったかな。」
と、お父さんは、大衆食堂の看板がかかっているお店のシャッターを押し上げた。すると、まわりのお店のシャッターも一斉に開き、アーケードの照明がついて、あたり一面が明るくなった。店の前の朝顔も一斉に咲きだした。
「いらっしゃい。」
店の中は、とてもまぶしかった。
雄一郎はハンバーグ、加奈はオムライス、お母さんは天ぷらうどん、お父さんは焼きそば。
「雄一郎、加奈、いっぱい食べろよ。」
みんな、お腹いっぱいになった。
お店をでると、アーケードの真ん中に笹の葉が飾られていた。
ぼくと加奈は、短冊に願い事を書いた。
「サッカー選手になれますように。」
「バレエがうまくなりますように。」
ぼくは、加奈から短冊を受け取り、二人の短冊を笹の葉の一番高い所に取り付けようと背伸びした。
その瞬間、
ひゅー、ぱあーん、ぱあーん、どーん、どーん。
アーケードの天井が開いて、夜空に何発も花火が上がった。
「お父さん、花火きれいね。」
お母さんは、夜空を見上げて、うれしそうに言った。
しばらくすると、空から霧吹きで吹いたような雨が降ってきた。後ろからは、聞いたこともないお囃子が聞こえる。振り返ると、提灯行列がこちらに迫って来た。みんなキツネの面をつけている。
先頭は花嫁衣裳のキツネだ。キツネは、面をとって言った。
「お兄ちゃん、遅れるわよ。」
加奈だ。
「早くしなさい。」
お母さんだ。
ぼくは、キツネの面をかぶり、行列についていった。
行列は商店街を離れ、中学校に着いた。
中学校の校庭では、盆踊り大会が開催されていた。中学校の同級生、校長先生、自治会長さん、山口も、みんな、音頭に合わせて踊っていた。ぼくたちも、面をはずして踊った。
やがて、ぼくは踊りの円の中心に押し出された。
突然、音頭が止まった。
今度は、みんな、キツネの面をかぶって、くるくる回りながら歌いだした。
「かーごめ、かごめ、かごのなかのとりは・・・。」
お父さんやお母さん、山口までも歌いだした。
「やめてくれー。」
ぼくは、地面に突っ伏し、頭を抱えた。
顔をあげると、みんな、どこかに消えていた。
あたりは、真っ暗だった。
★
ぼくは、怖くなって走り出した。商店街は、照明が消えていて、お店のシャッターも降りていた。アーケードの中は真っ暗だった。
必死の思いでアーケードを抜けると、路面電車の停留所があった。坂の上から光が見えて、だんだん近づいてきた。電車だ。
扉が開いた。
お父さんとお母さん、加奈がいた。
ぼくがお父さんの隣に座ったとき、運転席から、山口の声が聞こえた。
「おーい、吉田、手伝ってくれ。」
ぼくは、運転席に移動して、山口と運転を替わった。おかしなことに、この電車には操縦かんが付いていた。
電車は、海に向けて坂道を下って行った。どんどん、どんどん加速していく、海が近づいてきた。
海だ。
「操縦かんを引け。」
山口の声に合わせて、ぼくは、操縦かんを引いた。海面を滑るように走っていた電車は、空に向かって上昇し始めた。
★
ぷしゅ。
プルタブを引く音がした。
「今夜は、もう来ないだろう、一杯やろう。」
「そうだな。」
ぷしゅ。
朝顔みたいな泡がふきだした。
「泥棒にかんぱーい。」
(おわり)