アクリル板の向こう
僕はディーラーに車の六ヶ月点検に来ていた。
待ちテーブルの上の急ごしらえのアクリル板に、
エアコンの風が正面から当たって、アクリル板は絶えず
揺れていた。
どんなに揺れても、アクリル板の向こうの景色は
揺れることなく佇み、板に映る透けた僕の姿は絶えず揺れ、
視界の中に静止画と動画が混ざっている。
どっちが現実なんだろう。
どっちも現実なんだけど、人生ってきっとこうなんだと
なんの根拠もなく思い、辻褄合わせを始めた。
じっとしてると思っていた自分の心も、誰かの視線や、
何気ない言葉に揺れに揺れる。
ディーラーからの提案はリヤワイパーのゴムが少し切れて
いるので交換しましょうか?女性社員のキラキラした目に
見つめられると、断わりの言葉を探すのに時間がかかる。
三年半ほど乗っている車だけど、リアワイパーを使った
ことは一度もなかったのだった。
「自分で換えます」
偉い!偉いぞ自分。キラキラな誘惑に勝った。
自分で換える方がいくらかは安くつく。
僕の心は動揺してたけど、キラキラした目は揺れること
なく真っすぐに僕を見据えていた。
ひと呼吸置いて彼女は
「わかりました。そのままにしておきます」
よかった。もうひと押しされてたら、お願いしますと
言ってしまっていた。
点検が終わって外に出ると、動かない空に透き通った雲が
ゆっくりと動いていた。