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自分という器に愛を注ごう

先日の朗読会にいらしてくれた女性から、こんなLINEを頂きました。

朗読の内容は、死によって自分の大切にしたいことや、自分の生き方に気付く、また世界の全てに感謝する物語であったと感じました。自分の大切な人達には愛を常に注ぐように生きることに努めていますが、自分に愛を注いでいるか?と疑問をもってくれました。

【大切な疑問を抱いたんですね!
人に愛を注ぐためには、自分という器に愛が満たされていてそこから愛が溢れないとなりません。器に愛が満ちていず、傾けて注ぐと、自分の器に愛は空っぽになっていく。注げる愛に限りがでてきてしまうね。自己犠牲の愛ともいえるかもしれませんね。人を大切にするためには、自分を大切にすることが何より大切だなと私はいつからか感じるようになりました。】

私はこのような返信をしました。

そこへまた返信が。

『自己犠牲の愛ゆえ、たまに愛が枯渇してしまう自分がおり、人を困らせてしまっていたので、これからは少しずつ自分を可愛がっていきたいです。』

1つの朗読会で、大切な事がスッと腑に落ちる。
素敵な事だなと思いました。
痛い思い、辛い思いをして、そこに気が付いていく過程を辿るのも大切ですが、スッとそこへ行けてもいいと思います。
私自身も、また満ちていない女性性という器を発見してしまったので、まずは器のヒビや穴を修復して愛を注ごうと思います🐉

TAKUYA🐉




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