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#5『ママ・はは』〜噛み合わない会話と、ある過去についてより〜

去年一年間を通して、やっと自分の読む本の好みがわかってきた気がする。
短編集。
圧倒的に読む時間が早く、それでいて内容も自分の記憶に刻まれている。
2022年最初に読んだ本も、そんな短編集でした。
今回は辻村深月著、「噛み合わない会話と、ある過去について」より「ママ・はは」という一遍を紹介したいと思います。

※多少のネタバレを含んでいますのでご注意ください。
なお、本作は読後感を楽しむ作品だと個人的に思っています。

あらすじ

小学校の教師として働くスミちゃんと私。スミちゃんの引っ越しの手伝い中、スミちゃんの成人式のアルバムを見つける。
写真の中の彼女は、美しい藤色の振袖を見に纏い、優しそうな母親の隣で微笑んでいた。
「スミちゃん、すごくいい着物だね。きれい。」
そう褒めた私に、スミちゃんはこう言った。
「私、この着物、実は着てないんだよね」
この後彼女の口から語られる話は、俄には信じられない内容だった…。

恐ろしい辻村作品

大きく分類すると辻村作品は本当に心温まるお話しと、ゾッとするようなホラー作品に二分されます。(混ざってるのもありますけど)
本作は後者の方で、本のタイトルの通り少しの違和感を感じる会話から段々と恐ろしい事実が浮かび上がります。
「ママ・はは」は、間違いなく藤色の着物を着ているスミちゃんが実はその着物を着ていないという意味不明な状況から彼女の過去が語られます。

本作の主人公

本編の主人公はスミちゃんとスミちゃんの母親です。
彼女の母は厳格な教育方針を掲げており、幼い頃はテレビもおやつも好きな服を着ることも管理されていました。
そんな母が唯一許してくれたことが、成人式の振袖は好きな物を選んでもいい。ということでした。

抑圧された子供時代を過ごしてきたスミちゃんですが、それは彼女にとって普通でした。
理想の"良い子像"を持つ母親に対して、必死に合わせようとする子供。
親の立場は絶対、子どもの立場も絶対。家族の関係性も絶対。
子どもの気持ちが自分から離れることは微塵も疑わない。
そう思っている親は間違いなくいます。
しかし、子供は歳を重ねて周囲との社会性が増す中でギャップに苦しみます。
「他の家は…」
「他の子は…」
だけど、それを言い出せない子どもの苦しみ。
そして、社会に出て抑圧から解放されたとき。子供は何をしていいかわからない。

重なる自分の影

僕もスミちゃんの境遇とまではいきませんが、とにかく真面目な親からの管理が厳しく苦しんだ苦い記憶があります。
もちろん、女手一つで育ててくれたことには大いに感謝しているけれど、幼い頃からその状況を理解していた僕は自分のやりたいことを言い出せませんでした。
だから、すみちゃんが母親に対する分析もすごくよく理解できてめちゃくちゃ後悔に襲われました。
学生時代に、この話に出会っていれば…。
心からそう思います。

真面目な人

スミちゃんの言葉から少し引用します。

「真面目な人って、義務が得意なんだよね。
 すべきことが与えられるとそれは一生懸命、とにかくこなすことを考える。無駄がない質素な生活を心がけて、清く正しく生きることが得意。その逆で、苦手なのが娯楽や贅沢。何かを楽しむってことがすごく苦手」

道徳的には真面目なことが善とされ、不真面目を悪と教わります。
真面目に生きる人を批判しているわけではないですが、この塩梅ってすごく難しい。

終わりに

スミちゃんはなぜ藤色の着物を着ているのに、着ていないのか。
ぜひ手にとって読んでみてください。
他の短編もどれもとても読みやすくて面白いです。
意外と誰もが心当たりのある話が多いのではないでしょうか。

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