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その恋もう一度··· その五
第五章 アサギマダラ
家に帰ってきた。一応自分の家である。こっちの世界が元世界とかなり似ているので、実は学生時代から投資を始めて割と上手いこといってた。元世界では2025年だったので株上がりそうな企業は予想通りで、そこそこの稼ぎもあった。このあたりは陽菜と知り合った後の安定を考えてはいた。
さて一人住まいの家で軽く食事をしているとスマホが鳴った。
見ると陽菜からメールであった。
"コーヒーごちそうさまでした。コーヒーって眠い時に目を覚ますために苦いのいっぱい飲むイメージだったのですが今日ご馳走になったコーヒーは美味しかったです。"
と書かれてた。食事とる手も停めて返信する。
"どういたしまして。手摺り札を安くしてもらってコーヒー代になったのでよかったです。本当に美味しいコーヒーは甘みを感じます。これからアサギマダラの撮影出来そうな所、調べますので決まったら連絡しますね。" と返信した。メールが向こうから来たので普通にうれしかった。
思い返せばアサギマダラは元の世界でも陽菜と蝶の話をするきっかけだったな。それで自分も蝶の撮影が趣味になりいっぱしの蝶屋になったようなものだ。
虫好きのマニアの中でも蝶専門だと蝶屋と自他ともに言ったりする。
アサギマダラは日本では渡りをする唯一の蝶であり、生態も謎が多い。春には南の島から東北の方に渡ってきて夏を過ごす。さらに秋になると南下して冬は南の島戻る。不思議なことに代替わりしているはずだが毎年同じ所に立ち寄りながら渡っていく。
一か所に棲息する蝶とは違い自由に旅する所が好きな蝶でもある。かなりの遠距離を飛行し、日本の中部地方で確認されたアサギマダラが中国の上海で見つかったこともあるらしい。
これはマーキングと言って研究者や協力者がアサギマダラにペンで印を付けるので、その個体と認識出来るのだ。
さて陽菜を誘いたいので撮影候補地を調べないと。ある程度候補はあるけど、うまい具合ににアサギマダラ来てるかなというところだな。また初めて誘うのであまり遠くより、出来れば都内がよさそう。
うん、候補地は目黒の自然教育園がよさそう。元世界にもこちらにも自然教育園は存在する。よかった。今日は水曜日。出来れば今週末。蝶の知り合いのブログ見てみよう。
蝶撮影マニアは自分の写真を公開するためにホームページやブログ持っている人も多い。
主に自然教育園の撮影している人いるのでブログ確認。お、丁度今日、今年初のアサギマダラ撮影と書かれてる。1週間くらいはいること多いのでここにしよう。メールする。
"アサギマダラ撮影の件です。今週の土日のどちらかでいかがでしょうか。場所は目黒の自然教育園です。開園が9時なので間に合うように行きたいと考えてます。" 硬い感じの文章にした。ひょっとして警戒されてると困るのでそうしてみた。
割とすぐ返信が着た。
"土曜日にお願いします。目黒駅に行けばいいでしょうか?朝は早くても大丈夫です。"
すぐ返信。"ありがとうございます。では土曜日の9時で大丈夫ですのでJRの改札でお待ちしています。" 誘えてよかった。
さて待ちに待った土曜日。9時10分前くらいにJR目黒駅で待っていた。9時10分過ぎころに改札を通る陽菜が見えた。手を挙げて振ると自分を認識したようで小さく手を振ってこちらに来た。
「すいません。電車が少し遅れて。大丈夫ですか。」
「多分10時頃が勝負かなと思ってます。行きましょうか。」
陽菜は小振りのデイバックを背負い、白いTシャツに薄いジャケットを羽織りジーンズという軽い姿であった。着る趣味も元世界と同じだなぁ。と思いながら自分もカメラザックを背負った。
「わ。すごい荷物ですね。」と陽菜。「あぁ。レンズ三本とか持つとこれくらいなっちゃいます。」と言いながら歩き出す。
自然教育園は目黒駅から徒歩十分ちょっとの所にある。180cmくらいある自分と比べ陽菜は150cmほどの小柄な子。それでも歩くのが速いのは元世界の陽菜と同じだった。歩調を合わせる必要もなく程なく到着。
「ここは初めて?」と訊く。「はい、初めてです。」顔を見ると不安そうな顔。元世界の陽菜もそうだった。あまり楽しそうな顔しないのだ。でも後でメールとかで、楽しかった、って言ってくるので、何気に神秘性感じてたかもしれない。その雰囲気はこちらの陽菜も同じ。影が言うには所謂魂が同じなので、そりゃ同じだよなと納得しておく。
入園料だけど自分は年間パス持っているので陽菜用に窓口で年間パスを買って渡す。国立の施設でもあるので利用料は安いし月一回来るくらいでトントンになってしまうので年間のほうが特なのだ。
「え。いいんですか。」陽菜が少し恐縮するように言った。やはり大人びている。「撮影つきあってもらえるからプレゼント。」と言って入り口から建物に入る。そこは事務所、売店、休憩用の椅子などがあるホールになっている。
そこの椅子でザックを開けてカメラを出しレンズを付ける。レンズは200mm F2.8なのでかなりでかい。
「すごいカメラで撮るんですね。」
「野鳥撮るほどのじゃないけどね。」
カメラを持って園内の方へと建物から出る。ちょっと曇ではあるが概ねいい天気。アサギマダラはフジバカマという花に良く来るのだがここにはない。それでもほぼ毎年園内のアザミに良く来るようだ。
「フジバカマあるんですか?」陽菜が訊く。さすがに良く知っている。
「いや。フジバカマないけどアザミにくるよ。」
「あぁ、アザミとかにも良く来ますよね。」
しばらく歩くと前方にカメラ持った集団がいる。蝶撮影の人達なのはすぐわかる。全員顔見知りだ。
昨夜調べたブログの主もいるので声を掛ける。
「永井さん、久しぶり。」「お、津久田さん、来たね。もう少し待てばアサギ来ると思うよ。」
「おや、詠一くんじゃないか。元気だった?」
「佐藤さん、お久しぶりです。何とか生きてます。」
とひと通りみんなに挨拶。陽菜を見てもアサギマダラ見物に来る人はそこそこいるので特に注視されたりもしない。
「みんなアサギマダラ待ってるんですか?」と陽菜が訊く。うん、と答えると丁度木々の向こうから、水色っぽい蝶が飛んでくる。そして目の前のアザミにとまる。
パシャパシャ、パシャパシャ。ほぼ全員がシャッターを切る。どこに蝶がとまったかで、偶然いいポジションにいるとラッキーである。蝶撮影家は野鳥撮影家たちよりはフレンドリーだと思っている。主観かもしれないが。
撮影家になる前は捕獲者だった人が多く、その時は1頭の蝶を争って獲ったが撮影ならみんなで共有出来る。その心持ちが変わったからだっていう説もある。なので自分みたいに捕獲経験もなく撮影から入った者には居心地もいい。
しばらく撮影していたが佐藤さんが「詠一くん。こっちから撮る?」と場所交換する。こうやってみんなで色々なアングルから撮影する。蝶撮影互助会みたいなのが出来上がる。
陽菜もスマホのカメラで撮影しようとする。佐藤さんがすぐ彼女をみとめて「スマホでとるならもっと前においでよ。」と陽菜に声をかける。そう蝶が好きな人はみんな仲間的な所がある。
「いえ。皆さんにわるいですから。」と遠慮がちに。
「詠一くんの知り合いなんでしょ。前に行ってもいいって言わないと。」と笑いながら言う。
「みんなある程度撮ったから大丈夫だよ。グッと寄って撮ってごらん。」と場所を空ける。「近寄ったら逃げちゃうかも。」と陽菜。「逃げてもまた来るから大丈夫だよ。」他の人も場所を空けてくれたりした。
陽菜も声に押されてか前の方に行ってスマホで撮影していた。それは、嬉しかったみたいだった。
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アサギマダラは近寄っても割と逃げない。まるで自分は守られていることがわかっているようだ。
そうこう賑やかにしていると、もう1頭のアサギマダラがやってきて撮影会の様相が再び訪れる。
1時間近くアザミのところで撮影していたけど、さすがに終了になってバラバラと帰る者、別の場所に移動する者と別々になった。
「そろそろ撮影も終了ですね。」陽菜に声をかけた。
「楽しかったです。アサギマダラ、とてもかわいかった。と言う。」普通だと綺麗だったというけど、虫めづる姫君にはやはり、かわいい、と目に映るらしい。元世界の陽菜もアサギマダラの幼虫がかわいいって言ってたな。
ここの園が初めてだと陽菜がいうので園内をひと通り案内して出ることにした。
続く