死にたかった私が、今日も生きてる。
死にたかった私が、今日も生きてる。
今日は仕事以外、何も無い日だった。
まぁ、仕事があるのならば「何も無い日」にはならないし、大抵の大人は、基本的には仕事以外は何も無いものなのだろう。けれども私は、忙しいことが好きだから、"仕事以外何も無い"というのは、私にとって、とっても珍しい気持ちになるものだ。
今日はね、出勤の直前までグダグダして過ごしたんだ。
本当は昼過ぎに起きて、帰ってきたパートナーとお昼ご飯を食べて、余裕を持った出勤をするという、そんな有意義な時間を過ごすつもりだった。まぁ結局、そんなものは夢の中で終わってしまったのだけれど。
急いで支度をして出勤した。
が、なんだか身体がふわふわして浮き足立ってるような感覚がする。脳みそが起きていないような、なんというか、地に足が着いていないような感じ。不安だった。急いで支度していたから気が付かなかっただけで、もしかしたら体調が芳しくなかったのかもしれない。よくよく考えたら、おかしいんだ。だって4:00前には寝たのに、全然起きれずに17:00頃まで寝こけてしまったのだから。体調なんて良いわけがないのだよ。きっと。
とはいえ、出勤してしまった以上、責任持って一生懸命務めを果たしたいと思うのが私という生き物なのだ。お湯を沸かして、買っておいた味噌汁を作って(果たしてこの表現であっているのかは分からないが、)飲んだ。
暖まったら幾分楽になったので、おそらく万全の体調ではなかったのだと思う。身体は暖めた方がいい。大抵の不調は、水分を摂り、飯を喰らい、風呂に入り、しっかりと眠れば治るのだから。
やはり今日は不調だった。
体調だけの話ではなく、パフォーマンスが低かったように思う。接客をしていても、上手く頭がま回らず心ここにあらず。メンタルが不調な訳じゃなかったはずなのだが、会話が楽しく回らなかった。お客さまの話に意識が向かず、ぼんやりと思考にモヤがかかっているようだった。
嫌なことがあったんだ。
いつもたまーにふらっと来ては、短時間でか帰ってしまうお客さまがいる。
今日は久々に会えて嬉しかったのだ。ちょっと見た目が細くない私のことをいじったりはするが、それだけで、人は良いのだ。私以外の女の子にはそういったいじりをすることはないから、きっと私に親しみを抱いてくれているのだろうと、思うことにしている。
まぁ、それ自体は良いのだ。いつもの意地悪が嫌だったわけじゃない。
今日彼は、私が席に着いて、たったの5分で帰ると言い出したのだ。
そのくらい早いこともあるのだが、でもなんだかんだ20分〜30分は居てくれるのだ。でも今日は頑なだった。次に行く約束のお店があったらしい。結局10分ほどで帰ってしまった。
あぁ、楽しくなかったのかなぁ。
いつもちょっとで帰るし、気にしないようにしよう。次の約束もあったようだし。
そうやって気持ちを落ち着けたのに、その後がとどめだった。
これまた久々のお客さまがご来店した。
気分によって扱いが難しいお客さまだ。
とはいえ、付き合い自体はこの店で一番長い。胸をは張って席に着いた。
直後、
「お前かよ!」
「えー、やだー」
完全にダメだった。
そこからはもう、何をい言ってもハマらなかった。会話が全然は弾まない。
そして時間になったので、奇しくもドリンクの1杯も貰うことが出来ずに交代した。
そこまではまだ、なんとかなるほどの落ち込みだったのだ。
その後だった。
私の働いているガールズバーは約30分程で交代するお店で、そのお客さまは延長したので、私が戻るのだと思っていた。が、何故か戻されないまま次のセットに突入した。謎だった。そのまま、また延長交渉の時間になった時に、嫌なことを聞いてしまった。
「次ゆうき来るなら帰る」
「俺あいつつけないで欲しいんだよね」
最悪だ。
もう帰りたかった。
お店は暇なのに、誰も呼べていない。同伴予定は相手都合でキャンセルされ、新たにつけた同伴の約束も、別のお店の女の子と約束をしていたとキャンセルされ、2回も振られていて、連絡して来てくれるようなお客さまもおらず、でも同僚は安定してお客さまを呼んでいて、今日来たお客さま相手にもいつもよりも低いパフォーマンスしか発揮出来ず。踏んだり蹴ったりだった。何も出来ない。2年もこのお店で働いているのに、今日は誰も私のファンのお客さまがいなかった。
ドリンクも全然貰いにいけない。
全然役に立っていない。
消えてしまいたかったし、私は何も出来ない人間なのだと思った。
社会に出たとして、稼ぐことも出来ないだろう。能力もないだろう。
芸能の道で花がいつ開くかも分からないし、俳優の仕事だけでお金を稼げる未来が全然見えない。
死んでしまいたかった。
バックヤードで1人、落ち込んでいた。
そのときふと、前店長の言葉が聞こえた。
私はずっと、「今日」の結果が不調だと、自分の必要性に頭を悩ませてしまうようなキャストだった。今日みたいな不調な日は前にもあった。
『◯◯ちゃんはあんなにファンがいるのに、私にはそういうお客さまがいない。』
『◯◯ちゃんは今日こんなに売り上げを立てたのに、私は今日何も貢献出来ていない。』
その時に前店長はこう私に言ってくれました。
「◯◯さんはゆうきちゃんのことしか褒めないよ。」
「◯◯さんは来る度にゆうきちゃん居るか聞いてくるし、◯◯さんはゆうきちゃんだけ名前覚えてるんだよ。」
私はその言葉を聞いた時、確かにそのお客さま方は私に良くしてくれている方々だったと思い出した。同じようにみんなにもそう接しているもんだと思っていたが……
「ゆうきちゃんが好きだって言葉では言わないかもしれないけど、今日は居なかったかもしれないけど、ゆうきちゃんのことを気に入ってるお客さんはたくさんいるんだよ。」
そう言われて、私は自分のことを大事にしてくださるお客さま方の気持ちを、見ないことにしていたんだと気付きました。なんて罪深いのだろう。自分が人気じゃないことを嘆いた自分の思考を強く悔やんだ。
今日あの瞬間に、前店長の声が聞こえたのはなぜだったのだろうか。
彼は私が入店した時からお世話になったボーイさんだった。彼が店長になった時は一緒になってお店を盛り上げていこうと意気込んで、ぶつかったりもしながら切磋琢磨してきたとっても尊敬する人だ。長年の常連さんにも「このお店は店長とゆうきちゃんのお店だから」と言って貰えるほど、ニコイチで頑張ってきたつもりだった。彼が卒業する時も、彼がずっと目標にしていた、月間売上400万を達成したいという想いを、私にだけ明かしてくれて、一緒にブーストをかけて頑張った。
そんな思い出がある。
今までだったら、私はこのまま気持ちが病んで落ち込んでいたかもしれない。
彼との別れがあったから、彼の言葉が今日あの瞬間に思い起こされたのだと思う。別れることによって、彼の言葉を本当の意味で受け取れたのだと思う。
思えば、今日はそんな悪い日ではなかったかもしれない。
同僚と楽しく話せたし、ご飯の差し入れもおすそ分けしていただけたし、今日私を振った同伴予定だったお客さま2人とも「断っちゃって悪いから」とそれぞれ遊びに来てくれて、2杯も飲ませてくれた。
私は今日もまた、この2人のお客さまの好意を蔑ろにするところだった。前店長の言葉が私を絶望の淵から救ってくれて、私を支持してくださるお客さまへの誠実さを取り戻してくれた。
なんなら私を拒んだあのお客さまも、あとから同僚に聞いたら、どうやら私が嫌だったという訳ではなく、別の子を気に入って、その子を替えて欲しくなかっただけのようだった。私が名前を出されて悪く言われたように感じたのは、おそらく気分が落ちた私の聞き間違えだったのだろう。
恐ろしいな。
自分で自分を悪く言う声を作り出してしまっていた。それに気付けなければ、私はあのお客さまのことをきっと嫌いになっていただろう。
それに気付けたことだけでも、大きい。
前店長には感謝せずには居られなかった。
私は軽率に死にたくなる。
ずっとずっと心が疲弊していて、自分への失望から立ち直る力が衰えている。
記憶の中の幼い私は、もっともっと元気だった。
こんなにすぐに死にたくはならなかった。
きっと、疲れてしまっているのだと思う。
生きることに。生き延びて、人と付き合っていくことに。
けれども、こうやって私は、私が過去に付き合ってきた人々によって生かされている。
まだまだ全然心は元気じゃない。
それでも私は今日も生かされている。
私が心から、関わってきた人々に。
死にたかった私が、今日も生きてる
世界が私を知らんぷりするから。
Tue.9.May 2023
伊波悠希
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