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人が倒れてた

おそらく小学1年生くらいの時の記憶である。
登校している、いつもの道である。
女子高生が倒れていた。
わからない。



わからない。
というのは、そもそもこのタイトルである。
私は思いついたものをタイトルとして残しておく癖があるのだけど、そのまま放置する癖もある。
そのため、後から見返した時になんのこっちゃわからない。
本当に何も思い出せない。
今回、消そうかとも思ったけど、なんとなくこのタイトルから想像して、なんとか書いてみようと思う。
だから、これは半フィクション的に書いていく。



倒れている女子高生の周りに人が集まっている。
私は登校中の身であるから、学校に遅れないように先を急ぎたい。
はたと、あることに気がついた。
女子高生のアンダーの下着が丸見えだったのである。
たしか小学生が履くような綿の花柄だったように思う。
だが、誰も気に留めることもなく、ただ女子高生を覗き込んでいる。
早く下着を隠してあげて、救急車を呼ぶのが先決であろう。
いくばくしても誰も声をかけず、覗き込んでいるばかりである。
不思議には思ったが、登校時間に遅れて、朝の会に間に合わないなんてことになったら、私のモラルに反する。
先を急ぐ。


学校にいる最中は、今朝のことなど忘れていた。
帰りの会が終わり、友達と別れ、一人帰路を歩く。
今朝の道に近づくにつれ、妙な違和感が過り、今朝のことを思い出す。
そういえば、どうなったのだろうと女子高生が倒れていた場所を覗き込む。
そこには何もなく、いつもの下校路である。
きっと誰かが救急車を呼んで、なにかしら処置が施されたのであろうと思う。
それなら良かったと思い、家に着く。
親に何を話すでもなく、夕ご飯を食べ、宿題をほんの少しこなして、お風呂に入り、寝る。
明日も早いのである。


次の日も学校に行かなければならない。
小学生というのは大変である。
狭い世界の中で、仲良くもない相手と楽しそうに会話し、つまらない教師の話にも、おいそれと頷き、従順で良い子のフリをする。
私は学校が嫌いだから、行くのも一苦労である。
だが、親は共働きであるから、無理に外に出される。
迷惑をかける訳にも行かないため、渋々登校路を歩く。
憂鬱な気持ちを引きずって歩いていると、また人だかりができていた。
遠目に見ると、女子高生が倒れている。
げっ。
2日連続で女子高生が倒れていることなんてあっていいのか。
ここは倒れやすい場所なのか。
昨日と同じ制服を着ている。
同じ人だろうか。
しかし、昨日は顔が見えなかったから、わからない。
今日もうつ伏せで倒れているし、髪も腰くらいまで長いゆえに、顔がわからない。
また、アンダーの下着が見えている。
誰も隠してあげようとしない。
レディへの気遣いがなってない。
今日は綿ではあるが、真っ白であった。
覗き込んでないで早く救急車を呼べば良いのに。
しかしながら、小学生の私にはなす術などない。
他人のことなど放っておいて、私のモラルに反さぬよう、歩みを進める。


登校すると、誰にも挨拶することなく、自分の席に着く。
他の子は勉強のことや、最近面白かったくだらない話に花を咲かせている。
昼になり、私の唯一仲の良い、Aが話しかけてくる。
Aは明るく、たくさんの子と話せるのに、私に話しかけにきたりもする。
気まぐれなのだろう。
会話が弾むということはないが、係が同じだから、その事務的な会話で乗り切る。


その日もなんてことない帰路につく。
また女子高生はいなかった。
運ばれて元気なら良いなと思う。
しかし、あんな多くの人に下着を見られたのは恥ずかしかろう。
まあ、私には関係ないが。


いつものように親に何を話すでもなく、夕ご飯を食べ、宿題をほんの少しこなして、お風呂に入り、寝る。
こんな生活楽しくもなんともない。
私は早く大人になりたい。


次の日の朝。
また、憂鬱な日の幕開けである。
どうしようとない気怠さと支度を急ぐ親の様子に息切れしそうである。
座っていれば、顔を洗ってもらえて、歯を磨いてもらえて、ご飯が出てきて、着替えも用意されている。
まだ起きていない頭と身体を背中から押されて、外に出る。
私は何をしているのだろうか。


またいつもの登校である。
あと、何時間何年何十年とこれを繰り返さなければならないのだろう。
この何の変哲もない退屈な日々をどのくらい続けていかなければならないのだろう。
はたと、ここ何日か前から、私の日々は少し変わっていると気付く。
あの女子高生である。
いつもの登校路に、突然現れた女子高生。
特に何か変わるでもないが、ここ2日間毎回現れるのである。
彼女たちに関する疑問は絶えないが、私は足を止めることはできない。
登校に遅れると、私のモラルに反するからである。
何がある訳でもないが、今日もいて欲しい、と願う。
別になんてことないことだけれど、いてくれるだけで、私の退屈な日々が特別に思える。
あと、毎回アンダーウェアが変わるところが面白い。
いつもの憂鬱な朝がいくばくか愛おしくなり始めていた。

そして、あの路に差し掛かると、やはり人だかりができていて、その中心には女子高生がいたのである。
良かった。
倒れていてくれて良かった。
私は安堵した。
今日はテカテカと黒光りした黒であった。


5時間目、総合。
今日は、先生がやけに真剣な顔をしている。
何か重大なことがあったらしい。
重苦しい空気のあと、
「みなさんに考えてほしいことがあります。このクラスで、Mくんをいじめている人がいます。Mくんはすごく嫌なことをされていると相談してくれました。心当たりのある人は手を挙げてください。」

手を挙げろと言われて、馬鹿正直に手を挙げるのは拳銃を突きつけられた時くらいであろう。
命の危機に晒されていない限りは、絶対に怒られる状況で手を挙げる馬鹿がどこにいるか。

「Mくんお話してくれる?」

「はい。僕は今まで我慢してきたけど、色んな嫌なことをされて、もうやめてほしいと思って、先生に言いました…ぐすんぐすぐす…今までのことはもういいので、もう二度とやらないでください…」

そうか。そうか。
それは大変だったなぁ。
私はあまりその内部については知らないし、彼についても知らないから、何もわからない。
同情の余地はあるが、私がどうできる問題でもない。
ただ同じ箱の中で授業を受けているだけである。
まして、今さら私なんかと仲良くしたいかね。

「みんな、お友達の嫌がることはしてはいけません。今Mくんはこんなに嫌な気持ちになっています。相手の気持ちを考えて行動しましょう。わかりましたか?」

「はい。」

気休めの「はい。」なんか要らないだろうに。
これからの彼の友人関係を思うと心が痛む。
今さら彼とは仲良くもできないし、圧倒的に浮いている私と仲良くしたくもないだろう。
ならば、一人気ままでよいではないか。
解放されたではないか、同士よ。


帰路には、また何もいない。
帰りにもあの女子高生たちに会いたい。


また、いつものように親に何を話すでもなく、夕ご飯を食べ、宿題をほんの少しこなして、お風呂に入り、寝る。
あの女子高生たちに明日も会えるだろうか。
登校への期待が高まり、気持ちが昂ぶって眠れない。
もう横になって4時間は経つ。
このまま起きているほうが良いのかもしれない。
ちょっと早く行けば、女子高生が倒れる瞬間に立ち会えるかもしれない。

外が明るくなり、母が起こしに来る。
いつもより元気に起きる。
いつも親がやってくれていることを自分でやる。
いつもより早く支度が済み、親に背中を押される前に外に出る。
親は当たり前だという顔をしていた。
振り返りはしなかったが、おそらくそんな顔をしていただろう。
意気揚々と登校路を歩く。
今日の足取りは軽い。
あの路が見えてくる。
まだ人だかりがない。
よし、まだ登校まで時間はあるから待機していよう。
近くの空き地の草むらでその路の様子を見ていた。
ちょうどいつも、そこを通る時間になった。
が、誰も通らず、人だかりもできなかった。
もちろん、女子高生もいない。
絶望した。
絶望である。
絶望の中、私のモラルに反さぬよう、登校時間に間に合うために、歩みを進める。
私は考えていた。
何が良くなかったのか。
私の問題であるか、それとも偶然であるのか。
考えても、考えても、小学生の足りない頭じゃ、答なんて出てこない。
自分の至らなさにも絶望してしまった。

その日私は一日中保健室にいた。
絶望が私の心を蝕んだのである。
担任の先生も保健室の先生も心配してくれた。私の絶望には露ほども気付かず、体調ばかりに気を配って。
身体が元気なら大丈夫なんて考えは早く拭い去ってほしい。
そんなことより、今朝の女子高生がいなかったことが片時も頭から離れない。
何故なのか全くわからない。
わからないからと言って、担任や保健室の先生、親、周りの大人、同じ箱で授業を受ける人たちに相談しようなんて思わない。
誰一人として理解を示そうとはしてくれないだろう。
私の頭がおかしくなったか、疲れているのかと思い込んで、また病院にでも連れて行くのだろう。
病院になんて連れて行かれたら二度とあの女子高生には会えない。
会えなくなったら、憂鬱で退屈な日々の繰り返しを一生続けなくてはならない。
それこそ、一巻の終わり。
死ぬこともできないなら、生きている意味がない。
私はとにかくあの女子高生に会いたかった。
下校時間を告げるチャイムが鳴り響き、保健室の先生に帰ることを告げ、いそいそと帰りを急ぐ。


帰り道。
もちろん、いない。
これはまだ良い。
明日だ。
明日。


次の日、いつも通りに登校した。
いつものように親に全てやってもらい、背中を押されて外に出る。
ほんの少しの期待をもって、登校路を歩く。
あの路が見えてきた。
人だかりはなく、女子高生もいなかった。
やっぱりだ。
あの日からもう何もかも変わってしまった。
突然現れて、あの3日間だけ。
私はまたも少しの絶望を抱えて、私のモラルに反さぬよう登校を急ぐ。


───そして、あの日以来女子高生の姿は見られなかった。

それからは退屈な日々の連続であった。
10年間それを続けた。
私はいつ人間をやめても良かった。
でも、少しだけ期待していたのである。
あの女子高生がまた倒れていることを。
私の人生に非日常をもたらしてくれることを。


私もあの女子高生たちと同じくらいの年になった。
あの女子高生が着ていた制服と同じ制服を着ている。
はたと思い出して、登校中あの路に倒れてみた。
登校中の身であることを忘れて、長い時間うつ伏せになっていた。



下着はゼブラにした。


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