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エジプト旅行記『美しいもの』
「ピラミッドより王家の谷に行け!」という意見が今なら分かる。圧倒的に僕には王家の谷の方が濃く、鮮明に、美しかった。
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歳を取ったせいか人生においてなるべくの時間を美しいものに囲まれて生きていたいと思う。ものは少なくていい。ただ質のいい、美しいものに。
特に青が美しかった。たしか中東イスラム圏において青は神聖な色。サマルカンドで見たモスクのブルーも、モロッコで訪れた青の街も、イランのペルシャ絨毯工房で目の前で紡がれゆく青も、すべてが印象的だった。古代エジプトにおいても青はナイルや空を表す大切な色だったらしい。これは僕の妄想でしかないけど、古代エジプトからイスラム文化へとその青の崇高さが引き継がれていったのかもしれない。
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それにしてもこの王家の谷の壁画・天井画は漏れなくB.C.(紀元前)なのだから、軽く二千年はこの美しさを発色し続けている。まるで昨日「やっと描き終えましたよ」と言わんばかり。職人がすぐ外で徹夜明けのコーヒーを嗜んでいてもおかしくないレベルの保存状態の良さに、ただただ感嘆した。
見るのなら朝一。谷に数十ある王墓の中で、拝みたい墓に目星を付け、混みあう前に是非。
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この美しさは残念ながら持って帰ることはできないけれど、いつか僕が自分の店を開いたり、好きな器を作ったり、インテリアやデザインを依頼したりする時があったら、そういう必要な時にあのときの記憶を引き出されたらと思う。
そう、あのときの青みたいに…と。
数千年も色彩を放ち続ける青を再現する自信はないけれど、理想さえあればそれに近づけることはできると信じて。
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