11/27 キングクリムゾン MUSIC IS OUR FRIEND JAPAN 2021
まずい、と思った。
たしかに、国際フォーラムに入る前にトイレには行った。
だが、腹部に違和感があるだけで、なにも出なかったのだ。
(ここでいうトイレとは、もちろん個室、つまりうんこのことである)
そこから入場までに30分以上かかった。
入場待ちの長蛇の列は、建物からはみ出し、寒空の下へ。
ビル風が容赦なく吹き付けてくる。
体はすっかり冷え切ってしまった。
結局、入場できたのは開演時間の18時をとうに過ぎていた。
おかしい。
当初の計画では、17:30には着席しゆっくりとトイレを済ませ、開演へのボルテージを高めていくはずだった。
一応トイレを見てみると、長蛇の列。
20分以上は待たなければならない。
どう考えても、開演に間に合わない。
いや、もう開演時間すぎているのだが。どうなっとるねん。
仕方なく諦めて、席へと向かう。
今回の座席は、最前列から3列目という特等席。
しかも、センターど真ん中だった。
さすが、興業主催者のメンバーシップに入って重課金しただけのことはある。
結局、地獄もチケットの沙汰も金次第なのだよ、ハハハ。
(来月のクレジットの引き落としがコワイ、ハハハハハ)
着席してそう経たないうちに、メンバーの語りのSEが流れ始めた。
「コンサートができるのは久しぶりだね、今日はめっちゃ楽しんでやろうぜ、Yeah!」
とかなんとか言っている、多分(当方、英語検定5級ですが、なにか?)。
こっちはそれどころではないのだ。
これは本当にヤバいな、と思った。
腹が痛い。
うんこが出たがっている。
え、これなんの記事かって?
King Crimsonコンサートツアー『MUSIC IS OUR FRIEND JAPAN 2021』のレビューだよ!!
メンバーが舞台右袖から現れ、各々の定位置にスタンバイする。
会場の拍手が鳴り止み、一瞬の静寂が訪れたあと、ドラムが鳴り響いた。
一曲目は、2015、2018の来日公演と同じ、トリプルドラムによるアンサンブルからスタート。
相も変わらず、一矢乱れぬリズムが観る者を圧倒する。
だが、なにか変だ。
そうか、3列目だとドラムの生音が響いてくるのか。
小さなシンバルやタムの音まで聞き分けられる。
以前、後ろの席で観た時とは全く違う。
よく考えれば、メンバーの表情まで見えるではないか!!
ジャッコ、老けたな……。
全員揃っての演奏は、『Pictures』から。
俺はもう悟っていた。
これは、インターバルまでもたない。絶対にモレる。
だが、セットリスト的に考えれば、次は名曲を演奏し、その次はリズムアンサンブルみたいなのがくるはずだ。
大体そうなのだ、クリムゾンのセットリストは。俺は知っている。
そこを狙って中座しよう。
そこまでもて、俺の腹!
そして『クリムゾンキングの宮殿』。
ドラムのフィルインから、あのメロトロンの音色。
何から何までが完璧だ。
よし、終わった。今だ、席を立とう!
「タ~タララ~タ~タララ~タ~タラララ~」
なんということだ!! 『RED』ではないか!!!
よかった、席を立たなくて。とにかく落ち着け、俺。
いや、落ち着けるか!
俺がどんだけ『RED』を愛しているかを。
大学の卒業ライブや社会人になってからも、もう何回ライブでカバーしていると思って(これだけで本一冊書けるので割愛します)。
間奏の、ロバート・フリップの無機質なリフ。
そこにトニー・レヴィンのベースとメル・コリンズのフルートが絡みつくようにメロディを奏ていく。
『RED』は、2015年の公演では聴けなかった。2回も観に行ったのに、別の日のセットリストには入っていたのを後で知って、愕然としたものだ。
2018年は念願叶ってやっと聞くことができたが、今日はなにもかもが違う。
これが、3列目効果なのか。
もういい、『RED』が聴ければ。今日の公演は終わりだ。もう満足だ。
というか、殺しにかかっているだろう、『宮殿』に『RED』だぜ!?
もういい、とにかくトイレだ。
『ダ~ダ~ダ ダ~ダ~ダ ダダダダ~』
!!!!!!!!!
『再び赤い悪夢』か!!
もう俺、死んだよ。死んでいい。いや、死にたくはない。
なんてこった、もうなにが起きているのかわからない。
アルバム『RED』からのメドレーか。
本気で、ファンを殺しにきている。
いや、悪夢なのは俺の腹なのだが。なんなら、もう出かかっているのだが。
ジャッコの叫ぶ「One More Red Nightmare」が会場に響き渡る。
この時ばかりは、一瞬腹痛のことなど忘れていた。
放心状態で席を立った。背後から、トニー・レヴィンのベースソロが聞こえた。
すまん、トニー。ベーシストとして、あんたのソロを聴けなかったのは一生の不覚だ。
俺は通路に立つ警備員に、「トイレ」と言った。
幼稚園児が先生に言うように。
「ご案内いたします」
彼はものすごく機敏に会場の外に連れ出してくれた。
彼の案内がなければ、きっと間に合っていなかった。彼は絶対にいい奴だ。
間一髪、俺の腹はレッドゾーンを抜け出した。
俺は悟りを開いたかのような表情で会場に戻った。
曲は、『Indiscipline』から『Islands』へ。
メル・コリンズのサックスとジェレミー・ステーシーのピアノが美しく、静かに響き渡る。
なんですか、ここは天国ですか?
ここで第一部が終わる。
一応、またトイレには行っておいた。下腹部の違和感は依然消えなかったからだ。
だが、不思議なもので、トイレに行くと違和感は消えてしまう。
腹の心配をしながら第二部がはじまった。
一部と同様、ドラムアンサンブルから『太陽と戦慄 Part 1』になだれ込む。
ドラムの3人は、やりたい放題。
パット・マステロットなど、マラカスやギロ、なんだかよくわからない楽器を持ち出し、様々な音色を奏ていた。
だってこの曲、リズム隊のためのものだもんね。何をやっても許される。
そこから、『Epitaph』。
ここでもジャッコの物悲しいボーカルが泣かせにかかってくる。
そして最後は『Starless』
この曲は、物静かな語りから徐々にテンションを高め、緊張感が高まり爆発するように展開していく。
緊張が高まり、狂気が支配するような間奏部分。公演がはじまってから初めてスポットライトの色が変わり、真っ赤になる。
自然と、涙ぐんでいた。
高校3年の時、受験勉強と将来への不安に押しつぶされそうになっていた時、クリムゾンの『宮殿』を聴いた。
そして俺は気分的にもっとどん底に叩き落とされた。
しかしいつしか、憂鬱を飼い慣らしていた自分に気がついた。
辛い時に、励ましや勇気が効く時もある。
しかし、それ以上に絶望しているときは、より深い絶望に自分を叩き落としてみるべき。
そう教えてくれたのは、クリムゾンだった。
あれから10年以上の月日が経った。
プログレバンドの大半がメンバーの逝去で活動できなくなったり、全盛期ほどの演奏が披露できなくなったりする中、クリムゾンだけは依然として進化していた。
たしかに、3列目というアドバンテージはあったかもしれない。
音圧や表現が圧倒的に緻密だった。
しかしそれを除いても、クリムゾンは2015年、2018年の自身を凌駕していた。
これは、50年以上音楽に身を投じているリーダー、ロバート・フリップにしかできない芸当である。
このバンドだけは、衰えを知らない。
おそらく、クラシックやジャズなどの他ジャンルを含めても、この歳まで進化し続けるミュージシャンはいないだろう。
正直なところ、昨日のことなのによく覚えていないのだ。
いや、腹痛に耐えていたからではない。
メンバーの表情や降り注ぐ音は覚えている。
だが、ずっと興奮して取り乱していた。
ティーンエイジャーの頃ですら、こんなに何かに興奮して取り乱したことはない。
30代になり、もう感受性が鈍ってしまったと思っていた。
プログレは、過去の思い出だと思い始めていた。
そして、コロナ禍で思うように新しい経験もできず、人生に対する閉塞感を感じ始めていた。
だが、それは違うとクリムゾンに叩きつけられた気がする。
彼らは、コロナ禍でも前身を止めなかった。
俺も、歩みを止めてはいけないのだ。
あっという間の2時間だった。
あと、来週の立川公演が残っている。
もう一度、この体験ができる。そう思うと、今からワクワクしている。
そして、2020年に亡くなったビル・リーフリンに敬意を。
叶うことなら、彼もこの公演にいて欲しかった。
ちなみに、これを書いている俺はいま、強烈な腹痛に襲われている。
腹の中で下痢がこれでもかと暴れている。
よかった、昨日ではなくて。俺はツイている。
今日以降観に行くファンの方、楽しんで。
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