バレンタイン・デイ
たしか,小学生の高学年の時だった。
放課後。いつも通り僕は友人たちと遊ぶ約束をした。当時の僕は活気に溢れ,人並みに友達もいる普通の少年だった。
その日,僕は自分の家に6人の友人を招く予定だった。彼等を招き入れる準備のため,あるいは給食の牛乳を一気飲みしたことによる腹痛のため,僕は足早に帰路に着いた。
マンションのエントランスで,僕は不意に呼び止められた。振り返るとそこには,クラスメイトの女子が3人いた。
彼女たちは,「今日は,(僕の名前)の家で遊ぶの?」と聞いてきた。僕は馬鹿正直にこの後来る友人たちの名前を告げた。少し,顔が火照るのを感じた。それを悟られないようにエレベーターへ乗り込む。
その日は,バレンタインデーだった。
家に着いて30分もすれば,全員が揃った。
僕たちはいつもと変わらずゲームをしたりして遊んだ。いつもと違ったことと言えば,子ども部屋ではなく,確実にインターホンの音が聞こえるリビングで遊んでいたことくらいだ。
まるで,予定にない来訪者を待っているようだった。
暫くすると,インターホンが鳴った。
僕が応答すると複数の女の子の声が聞こえてきた。僕は『キタッ!!』と思った。
多分,僕以外の6人も同じように思った。僕たちは急いでエントランスに向かい,彼女たちと対面した。
少年は,甘いものに目が無いのだ!!!
数分後,僕らは子供部屋にいた。
クラスの人気者のAや,男前なBは6個ほど,CやDは1,2個の戦利品を。そして,僕含めたそれ以外は羨望の情を携えて。
その日,僕は静かに遊んだ。
哀しい気持ちの時に明るく振る舞うと,余計に哀しくなるということを,当時の僕は既に知っていたから。
友人たちと入れ替わる形で帰ってきた母親に,今日の一部始終を話した。自嘲交じりの僕の話を聞いて,母は声を出して笑ってくれた。そして,デパ地下とかで売っているような少し高いチョコをくれた。
僕は気分が楽になった。
……思えば,いつもそうだった。母は,僕が嫌な気分になった時,それを包み込んでくれるような明るさと温かさがあった。
「他の子はまだ分かるけど,アンタの場合,わざわざ家に来てもらったのに貰えなかったんだねー(笑)。」
僕は嫌な気分になった。
……思えば,いつもそうだった。母は,僕が自分の惨めさや情けなさに気が付いていない時,それをいとも簡単に暴く。
惨めだ。死にたい……
その晩,僕は母から貰ったチョコを口に入れ,再度エントランスへ向かった。
ポストを確認する。何も無い。当然だ。
冬の風がとても寒かった。
別に,彼女たちが憎いわけではない。
ただ,2月の中旬になると必ず,世間の浮かれた空気に誘われてこの哀しい思い出が目を覚ます。