トガノイバラ#76 -4 悲哀の飛沫…17…
御影なにがしたちから少し遅れて門を抜ける。
御木崎側は見事、大混乱に陥っていた。
そりゃそうだろう。とつぜん門を突き破って入ってきたバンが母屋に体当たり、わらわらと侵入してくる道具を持った無法者たち――動揺するなというほうが無理というもの。
それでも、母屋から飛び出してきた黒服たちはさすが警護部隊である。ワケがわからないなりにも対処しようとすでに動き始めていた。侵入者のなだれを堰き止めるべく、二、三名が黒い警棒を手に、ほとんどの者は果敢にも素手で向かっていく。
先陣を切っているのは――その特殊な髪色ですぐにわかる。来海だった。
「なんだテメェら、どこのモンだァ!」
相変わらず堅気とは思えないドスの利かせっぷり。
しかし御影たちも負けていない。
「ギャングや!」
「マフィアや!」
「抵抗勢力やぁあああ!」
と、謎の雄叫びをあげながら向かってくる彼らに、来海は「ハァ!?」と目を剥いた。
しかし戸惑って右往左往するような繊細な神経は持ち合わせていないらしく、また状況把握に勤しむ冷静さも欠片ほどもないようで、襲い掛かってくる御影なにがしたちを片っ端から引きずり倒して武器を奪い、振るい、怒号をあげて暴れはじめた。
一見、奇襲を仕掛けた御影側のほうが有利には見える。
敵を混乱させるという単純な目的。数の利に、武器の有無。
しかし黒服たちも宗家を護るプロ集団。一筋縄ではいかないようだ。
彼らは相手が武器、それも長物を持っているのを逆手に取った。攻撃させ、かわしたところで生まれる隙。その一瞬を突いて巧みに間合いを詰め、無防備になっているところを投げ飛ばす、蹴りつける、殴りつける。奪った武器はぽいぽい遠くに投げてしまう――。
一進一退、というより、激しいわりには押しも押されもせぬ膠着状態といったところか、御影なにがしたちはおきあがりこぼしのように向かっていくし、御木崎側も前述のとおりの奮闘ぶり。
その喧騒の中を、伊明たちは御影佑征に先導される形で抜けていく。
伊明に気づいた黒服が報せに行こうと身をひるがえしたり、捕えようと手を伸ばしてきたりもしたが、容赦のない遠野の拳と御影佑征の竹刀によって助けられた。
「――で、ユリちゃんはどこに?」
「琉里です。たぶんあそこか――」
伊明は池に浮かぶ離れを指さし、
「もしかしたら地下に閉じこめられてるかも」
「地下て。けったいな」
心底けったいそうな顔で呟いてから、御影佑征は、
「伊生さんはどこにおりますかね」
と訊いてきた。
――どこだろうか。ギルワーを閉じこめる場所については聞いているが、父の居場所は皆目見当がつかない。遠野も思案顔である。
「俺も家の中にまで入ったことはねえからなあ」
「訊いてみます?」
柳瀬が言った。
「知ってそうな人、転がってますけど」
ちょいちょいと右を指さす。その先に、なにがしたちに叩きのめされたらしい黒服の若者が、ぐでんとノビていた。
むやみに探すよりもそのほうが確実か――。
伊明が遠野に目を配せ、遠野が頷きを返す。それを見越していたかのように柳瀬が足を緩めて身をひるがえした。落ちていた角材を拾いあげ、軽やかに駆けていく。
「おい待て柳瀬ッ!」
「離れたらあきません!」
遠野と御影佑征の声が重なった。
とっさの急停止につんのめりそうになっている二人を後目に、伊明も慌てて身をひるがえす。急いで柳瀬の後を追った。
「あッ、おい伊明!」
「フォローせぇ!」
周囲に散らばっていた御影なにがしが何人か振り向いた。黒服たちも振り向いた。彼らの瞳は柳瀬ではなく、護る対象、捕える対象として伊明にのみ注がれている。
前方に母屋が見える。
障子のあいた部屋がいくつかある。
正面の部屋には見覚えがあった。昨日、伊明が通された客間だ。
柳瀬の背中を追いかけながら父を探して首を巡らせる。
外廊下にはたすき掛けに長い六尺棒を構えた和服姿の老若の女性が四、五人ばかり立っていたが、それとは違う人影も奥のほうに二つ見えた。
黒いスーツと薄灰色の和服姿――張間と卦伊か――。
目が合った。
と、次の瞬間。
視界の端で柳瀬の細い体が、飛んだ。
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