トガノイバラ #49 -3 異端者たち…12…
「あー、やっぱりこちらに居ましたかァ」
黒いスーツに身を包んだアッシュグレイの髪の青年。 耳に連なるシルバーピアスが室内の蛍光灯に反射して、閃光が、波打つように鋭く、目を射る。
伊明は思わず腰を浮かせた。
「あんた、たしか……」
声が上擦る。勝手に後退ろうとした足がソファにぶつかり、少しよろけた。
青年はおかしそうにくっくと喉を鳴らし、
「ごきげんよう伊明様、約一日ぶりですか。昨夜はよく眠れましたァ?」
ふざけた調子。手を振るように、片手に持っていた携帯電話を軽く揺らして上着の胸ポケットにすべりこませる。
彼の後ろからさらに二人。片方はふくよかすぎるとも思える風船みたいな男で、もう片方は中背ながらも筋肉質な、黒縁眼鏡を掛けた男だった。どちらも黒いスーツを身に纏っている。
「伊明くん、この人たち……」
黒服たちを睨みつけながら、伊明は、うろたえる和佐と彼らの間に入るように位置を変えた。己の体を遮蔽物にするしかなかった。
和佐はギルワーなのだ。
もしも向こうにそれが知れたら――。
巻き込むわけには、いかなかった。
「あんた、張間と一緒にいた奴だよな」
「来海ですよ。ああ、そーいや名乗ってませんでしたッけ? 覚えてくださいね、俺の名前。あの人とセットにされるの嫌なんで」
「名前なんてどうだっていい」
声で、目で、精一杯に威嚇する。
来海が眉を持ちあげた。他人を見下すような、小馬鹿にするような表情だ。
「なんであんたがここに居る。なにしに来たんだよ」
「またまたァ、わかってるくせにィ」
伊明の威嚇などものともせずに、来海は笑って片手を振った。その手をぴたと止めると。
「――先に謝っときますね」
「は?」
「ちょっと手荒にいきますンで」
人差し指を軽く立て、くい、と前方に振った。
とたんに黒縁眼鏡の男がふッと空を切るように、来海の脇から飛びだした。黒い風船のような男もどたどたと――こちらは鈍い動きでその後に続く。
黒縁眼鏡の男が伊明に迫る。襟を掴もうと伸びてきた手。不意を突かれて一瞬反応が遅れたものの、伊明はかろうじてそれを弾いた。
黒風船が横を抜けていく。
その先には、和佐がいる。
まずい、と伊明は小さく舌を打った。腕を伸ばし、黒風船のネクタイを掴もうとする。が、そこを捉えられた。
襟が掴まれる。足が払われる。視界がぐるんと反転したかと思うと、伊明の背中はおもいっきり床に叩きつけられていた。
目の前がはじけ、息がつまった。縮んだ肺が一拍遅れの悲鳴をあげる。空咳となって吐きだされる。
「……く、そ……ッ」
「意外とタフですね。気絶させるつもりで投げたのですが」
傍らに立った黒縁眼鏡が、眉頭を上げて伊明を見下ろしている。
伊明は鈍い瞳を持ちあげて男を睨んだ。が、すぐにはッとして半身を起こす。背中が軋んだがそれどころではなかった。急いで和佐の姿を探す。
和佐も、捕まっていた。
事務机のそばで両手ともに背中にとられ、跪くような格好を強いられている。
背後に片膝をついているのは黒風船だ。その拘束から逃れようと身をよじる和佐を、ちょっと困ったような顔をして抑えこんでいる。
くそ、と伊明はまた毒づいた。
気絶させるつもりだったというだけあって、すぐには、思うようには動けそうにない。
「……あんたらが用があるのは俺だろ。その人は関係ない。離せよ」
黒風船を睨みつける。
「いやあ、そうもいかないんですよねェ――」
答えたのは来海だった。一度しまった携帯電話を胸ポケットから取りだし、画面に指を滑らせ耳に宛がう。
「――来海です。やはり伊明様はこちらにいらっしゃいました。佐伯和佐らしき男も一緒です。どうします?」
はい、はい、と返事をしてから、承知しました、と電話を切る。やけに改まった口調だった。相手は御木崎家の――宗家の誰かか。実那伊か、卦伊か――。
いや、それよりも。
なぜ知っている。なぜわかったのか。和佐のフルネームを、彼がその人であることを。伊明は一度も呼んでいない。和佐だって名乗っていない。先ほど事務所へ電話を掛けてきたのが来海だったとしても、出したのは事務所名だけだったはず。
――まずい。
ふたたびそう思ったときには、もう体が動いていた。よろけるように立ち上がり、意思でというより支えきれない重心が前に傾くのに殆どを任せ、足を動かす。和佐のいるほうへ。黒風船から引きはがすべく。
けれど――。
「伊明くんッ」
二歩も進まぬうちに黒縁眼鏡に足を引っ掛けられ、無様に床に転がった。
失礼、と黒縁眼鏡が言う。昨夜の張間と同じやり方で――腕をねじられ腰に重石のごとく膝を乗せられ――動きを封じられてしまう。
「あンま抵抗しないでくださいよ、伊明様ァ。次期当主様に怪我させるわけにはいかないンですから」
「……よく言う」
あれだけ思くそぶん投げといて――。
「だから最初に謝ったじゃないですか。まァでも安心してください、俺らァプロですからね、骨折させるようなヘマしませんから」
――骨折レベルでようやく怪我、か。
来海が脇を通り抜けていく。うつ伏せを余儀なくされている伊明は、手入れのされていない汚れた革靴が動いていくのを睨むので精一杯だった。
「ただ、それも――あくまで伊明様は、ですがね」
来海の声のトーンが、不穏に落ちる。
緩慢な足取りで、和佐のもとへ歩みを進める。
「御存知のとおり、俺らァギルワーには容赦できねェ性質なんでね、気ィつけねェとダメですよ」
「……どういう……」
意味だ、と問おうとして、言葉を止めた。
来海の後ろ姿は、ぎりぎりとはいえ今や伊明の視界に入っている。少しだけ首をめぐらせたその横顔に、口元に、薄い笑みが乗っていた。
なにか悪寒のするような――。
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*1話めはこちらから🦇🦇
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