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「兄上」 森がそこかしこで紅く黄色く色づき、葉が落ちて、高く昇り始めた太陽に新緑が眩しくなってきた頃のこと。嗣子として強いられている勉学から逃げるように、こっそり家を抜け出して森へ向かおうとしたリディオを後ろから呼び止める者があった。 ――レゼル。 双子の弟である。背の高さも顔のつくりも翼の色合いやかたちまでもが瓜二つ。違いをあげるならば――体格と表情、だろうか。ほぼ毎日森を翔びまわっているリディオに比べて弟レゼルは少し細い。肩や背中が薄っぺたで――、 「今日は
「あれは――」 遠目からでもわかる異種の容貌。レゼルが戸惑いの声をあげた。 他種族の邑に許可なく足を踏み入れるのは、暗黙の禁忌とされている。しかし弟は固まったまま――動かなかった。動けなかったのだろう。 そのあいだにもゲンランは臆することなく突進してきて、リディオの胴に、ぶつかるように飛びついた。受け止めきれず後ろに倒れそうになる。とっさに翼を広げて、バランスをとった。 「ゲンラン」 なぜここに、いったいなにが――同時に浮かんだ問いがせめぎ合って喉に詰まる。
邑へ帰る途中、サクを調達した。ゲンランが以前使っていた傷薬のもととなる蔓草である。どうすれば傷に好いのかわからなかったから、とりあえず数枚の葉っぱを重ねて、蔓でぐるぐる手に巻きつけた。 邑に着く頃には、陽がずいぶん傾いていた。 家の裏手にひっそり降りたにもかかわらず、父が飛んできた。今か今かと待ち構えていたらしい。空の茜色を受けているのに一目でそれとわかるほど父は顔面蒼白だった。心なしか厳めしい顔がやつれて見える。 レゼルから聞いたのだろう。灰狼(イーニィ)族の